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マルセイユは「安楽園」…そして明日は巴里へ=「航西日乗」21(第一部完)

成島柳北の「航西日乗」シリーズは、本日を以て「第一部」の終了といたします。かねて申した通り、日記の全文掲載は仏蘭西に到着するまで。しかしながら、このあと当初は印象的なシーンを抜粋するつもりでしたが、正味な話いい加減、読者諸氏も倦んだことでしょう。ここらで一旦、「航西日乗」シリーズは幕を閉じた方がよさそうです。根気強く学習を継続するためには、気分転換も必要ですよ。

二十八日、木曜、晴。午前六時馬耳塞に達す。万檣林立し、港は大なりと雖も其狭小なるを覚ゆ。東洋諸港の企て及ぶ可き所に非ず。舟を倩ふて上陸す。一望すれば市街の楼閣空に聳へ、繁華の景況、人をして先づ喫驚せしむ。税館に入り1)コウリの検査を受く。其の2)を査するのみ。馬車に乗り、十二時グランドホテルに投じ、四十三号の室を借る。該館の3)コウレイ驚く可し。門前の列樹、4)カエデの如きもの5)ツイヨウ蕭条として、印度地方の草木青々たりしとは別天地の看あり。食後市街を散歩す。女子の多く花を売るを見る。夜に入り、又鶴田・名村・沼間諸子と出遊す。瓦斯灯夜を照らし白昼に異ならず。真に安楽園なり。

 望馬耳塞港作    馬耳塞港を望む作

四旬経過怒濤間    四旬経過す、怒濤の間。
報道今宵入海関    報道す、今宵海関に入ると。
雲際遥看灯万点    雲際遥かに看る、灯万点。
満船無客不開顔    満船、客の顔を開かざる無し。

 夜歩街上口占    夜、街上を歩きて口占す

枕海楼台十万家    海に枕む楼台、十万家。
西来始是認豪華    西来、始めて是れ豪華を認む。
気灯照路明於月    気灯路を照らして、月よりも明らかなり。
■■争馳幾輛車    6)カレイ争ひて馳す、幾輛の車。





1) コウリ=行李。旅行の荷物、belongings。とくに日本では「竹や柳で編んでつくった長方形の入れ物、衣類などを入れる」。「税館」が「税関」でない点に注意。

2) 概=おおむね。でこぼこをならして全体として云うと。全体をならしてみた分量。表外訓みとして留意しましょう。ここは「ガイ」とは読まない。「おもむき」の意味もあり、「勝概」(ショウガイ=よい景色)。

3) コウレイ=宏麗。「弘麗」も可。大きくて美しい。「広麗」とも。

4) カエデ=楓。マンサク科フウ属の落葉高木。中国に自生する。葉は三裂し、秋に紅葉する。果実には翼がある。楓葉樹。楓宸(フウシン=天子のいる宮殿、漢代には宮殿に楓を植えたことから)。「槭」も可だが、これだと「イロハモミジ」。

5) ツイヨウ=墜葉。おちば、落葉。「墜」は「おちる」とも訓む。墜景(ツイケイ=入り日、落日)、墜岸(ツイガン=切り立ったがけ、断岸)、墜言(ツイゲン=口を滑らすこと、失言)、墜緒(ツイショ=衰えた事業)、墜地(ツイチ・チにおつ=権威などがおとろえてなくなる)、墜典(ツイテン=すでに行われなくなった制度や儀式)、墜粉(ツイフン=こぼれ落ちる花粉)。

6) カレイ=佳麗。けしきや顔かたちがととのって美しいこと。人間なら「美人」。ここは「車、馬車」の壮麗なさまをいう。白居易の長恨歌には「後宮佳麗三千人」がありました。≠華麗(ま、これでもいいっちゃいいですがね、柳北は佳麗と使っている)、嘉例、嘉礼、苛礼、遐齢、加齢。



「万檣林立」とは、マリーナに停泊した船の帆柱の数が多く密集しているさまを言っている。「檣」は「ほばしら」。港を覆い尽くしている。東洋の港ではありえない光景だと言います。街中には高い塔が聳えている。スカイスクレイパー。「女子の多く花を売るを見る」とありますが、「春」の間違いじゃないっすよね~、柳北はん?最後に仏蘭西の街を称して「安楽園」だとしているのが印象的です。これは一ヵ月半近くも船旅を続けてきたからこそ迸る「実感」でしょう。

彼はこれまで幾つもの詩を詠じてきますが、詩題を設けたのは初めて。「居住まい」を正したと言っていいのではないか。新たなる土地に対して敬意を表し、正面から対坐しようとしたかのようです。詩に題がないのがそもそも「異端」ですから。柳北の詩人としての気持ちが清々としたのでしょう。余裕と言い換えてもいいかもしれません。これまでが適当だったとまでは言いませんが、改めて未知なる土地を気持ちをゼロにして見据えようとしたのです。

二首目の「口占」(コウセン)とは、草稿を練らずに詩を作ることです。頭の中で練った文案を推敲せずに一気に口述して書き取ること。彼が観た夜の街がそのまま表出されています。港街・マルセイユは建物が林立し、夜になっても人や車の往来がやまずに、ガス灯の灯りはまるで月よりも明るい不夜城のごとき賑やかさだ。「豪華」という陳腐なフレーズでしか言いようがない。そして、これまでお金が心配で現地に投宿はしなかった柳北ですが、初めてホテルに泊まります。グランドホテルの四十三号の室。翌日も「タウンウオッチ」に邁進します。まずは公園から。


二十九日、金曜、晴和。諸子と公園に遊ぶ。7)バクフあり、極めて爽快なり。又油絵の館を観る。精巧を尽くせり。8)中に9)有り象有り、珍禽奇獣其数を知らず。車を転じてブラドー博物館に赴く。地太だ10)ユウゼツ、館は海に面し眺望太だ佳なり。園内樹木11)インエイ愛す可し。聞く、一富商此の家屋を造り、死後之を官に納る。其人の像、現に館内に存す。埃及・希臘・羅馬の古器物・金石累々陳列し、人をして12)リュウゼン三尺ならしむ。千六百年前の13)セッカクあり。厚七寸強、内に14)ドクロを安ぜり。羅馬の火葬骨を15)むる柩あり。方形にて四方三尺許り、其孔の大一尺五寸、其他16)ルキす可からず。路を海岸に取て、五時旅亭に帰る。明日将に巴里に赴かんとす。衆皆其用意を為す。





7) バクフ=瀑布。たき。瀑泉(バクセン)・瀑流(バクリュウ)ともいう。「瀑」は「たき」「にわかあめ」とも訓む。≠幕府。

8) 囿=ユウ。垣で囲んだ庭園。かつては、その中に鳥獣を閉じ込めて飼った。今の御苑に当たる。苑囿(園囿=エンユウ)=囿苑(ユウエン=むかし、鳥や獣を飼うための庭園)、囿人(ユウジン=「周礼」の官名、宮中の動物を飼育する、庭番、園丁)、囿游(ユウユウ=周代、宮中の庭園内に、その一部を仕切って設けられた御殿)。

9) 麟=キリン。麒麟の雌。麟趾(リンシ=りっぱな子孫たちによって、王室や一族が栄えていることのたとえ)、麟経(リンケイ=「春秋」のこと)、麟筆(リンピツ=歴史家、史官)、麟鳳(リンポウ=麒麟と鳳凰、転じて、滅多にないもの、すぐれた人物のたとえ)、麟霊(リンレイ=神聖な獣とされる麒麟のこと)。

10) ユウゼツ=幽絶。人里離れた静かなところ。

11) インエイ=陰翳。かげる、うすぐらいかげ。ここは樹木の木陰を指す。谷崎潤一郎に「陰翳礼讃」がある。「翳」は「かげ、かげり」の意。

12) リュウゼン=流涎。よだれをたらすこと、ひどくほしがること。「リュウセン」とも読む。垂涎ともいう。「流涎三尺」(リュウゼンサンジャク)で「やたらと人の物を欲しがるたとえ」。「垂涎三尺」の方がポピュラーかもしれません。垂涎万丈(スイゼンバンジョウ)という言い方も見かけたことがあります。美味しそうな物をみて、よだれがびろ~んと三尺もの長さになって垂れているというのです。「涎」は「よだれ」。涎沫(センマツ=よだれや、つばき)。≠劉禅、竜髯。

13) セッカク=石椁(石槨)。石でつくった、棺の外枠。「椁(槨)」は「うわひつぎ」。外椁とも。「石画」(セッカク)ならば「石のようにしっかりした計画」。≠折角。

14) ドクロ=髑髏。風雨にさらされて、他の小骨や肉が落ちて残る頭の骨のこと。「されこうべ、しゃれこうべ」とも訓む。

15) 埋むる=うずむる。「埋める」は「うずめる」。地中に入れて見えなくする。「うめる」だけではなくて「うずめる」と訓めるようにしましょう。「うずめる」はほかに、「堙める、塡める、殪める」。埋滅(マイメツ=土の中にうずまって見えなくなってしまう、才能や業績が世の人に知られない、埋没)、埋玉(マイギョク=玉を地にうめる、才能ある人や美人が人に知らされないでいることのたとえ、残念だというニュアンスで用いる)。

16) ルキ=縷記。こまごまとことばをつらねて記すこと。詳述、列記、絮説(ジョセツ)。「縷」は「いと」とも訓み、「いとのように細長くつらなるさま、どちらかというとくどくどとしたニュアンスが強い」。縷説(ルセツ=こまごまとことばをつらねて述べる、縷述=ルジュツ=、縷言=ルゲン=、縷陳=ルチン=)、縷切(ルセツ=肉などを糸のように細かく切ること、臠=レン=)、縷縷(ルル=こまごまと話すさま)。



柳北は、馬耳塞で全身を目に、耳に、鼻にして、観るもの、聞くもの、嗅ぐものすべてを貪欲に吸収しようとしています。美術館、動物園、博物館をめぐります。ボルドー博物館の描写は仔細を尽くしており、書くことが多すぎて書ききれないと筆が止まらない自分を感じます。そして、あすはいよいよメインのパリ行きです。一日余りの短い汽車の旅です。

さて、ご好評?の「航西日乗」シリーズですが、その「第二部」はまた日を改めることといたします。フランス滞在における柳北の観察眼は爛爛と鋭さを増します。そして、伊太利、英吉利へとわたり、冴え渡ることとなるのですが、又いつの日にか……。とはいえ、ご心配なく。柳北の文章はもうしばらく味わうことといたしますので御期待下さい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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