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要衝の狭いカナルを抜けると地中海であった=「航西日乗」18

成島柳北の「航西日乗」シリーズの18回目です。蘇士運河(Suez Canal)が続きますが、あたりの景色は明かに変化が。運河の両岸は沙漠ではない風景が広がっています。獣が棲んでいるようですが姿は見えない。樹木や草も生えていますが枯れた風。所々に人家らしき物は見えます。地中海は近い。

二十一日、木曜、晴。九時二十分湖を発し又航渠に入る。両岸渺茫、唯獣跡を印するを見るのみ。樹有り檉の如く、草有り菅の如きもの処々に1)ソウセイす。其他は2)ボウカを見るのみ。岸上に電信線を設け相報じて舟の衝突を防ぐ。罕に人家あり。皆航渠落成の後移住せし者なり。須臾にして又一湖に入る。名をテムザと云ふ。頗る曠闊にして港の如き処有り。イスマリアと云ふ。船舶多く泊す。本日甲板上の3)マンマクを徹す。舟人云ふ、明日は気候頓に変ず、復た暑日を避くるに及ばず。人々宜く衣服を換へて寒を禦ぐの用意有る可しと。余久くマンマクの下に4)ユウケイしたれば、今日之を徹し去るは太だ愛惜の情有るなり。




1) ソウセイ=叢生。むらがりはえる。「叢」は「むらがる」「くさむら」とも訓む。叢竹(ソウチク・むらたけ=むらがりはえている竹、竹藪)、叢莽(ソウモウ・ソウボウ=くさむら)。

2) ボウカ=芒花。すすきのはな。「芒」は「すすき」「のぎ」とも訓む。

3) マンマク=幔幕。長く張り巡らす幕。「幔」は「上からたらして物をおおい隠す長い幕」。幔城(マンジョウ=長い幕を張ってつくった仮の城)。「マンマク」って意外と書けないと思いません?結構貴重な書き取り問題だと自負しています。「とばり」とも訓む。

4) ユウケイ=遊憩。ゆっくりと憩うこと、ほっとしてくつろぐこと。意外に難語。辞書にも掲載がない。幽逕や有形ではない。憩息(ケイソク=ひと息ついて休むこと、憩休=ケイキュウ=)、憩泊(ケイハク=ひと息ついてそこに宿泊する)。



檉(テイ=ぎょりゅう)は「落葉小高木、枝は糸のようにたれ、葉は針状で密生する、春・夏に淡紅色の花をつける」。檉柳(テイリュウ=やなぎ)。後半のくだり。蘇士運河は距離はさほどではないが狭いし浅いため速度はかなりゆっくりのようです。したがって、途中、テムザ湖にて停泊し夜を明かします。イスマリア湖というのも近くに見えるようです。幔幕を「徹す」「徹し去る」とあるから、「撤去」するのだろうと思いました。だったら、字が違うじゃん。柳北はん、お間違いでっせと思いきや、辞書を見ると、「徹」は「とる」とも訓み「すっと抜き取る、取り去る、場にある物を取り去る」の意があるとして、「撤」と同義だと見えました。失礼しやした~。これでもいいんですね。撤去は徹去と書いでもいいんですね(でも、学校教育、あるいは漢字検定2級以下では「×」がつく可能性がありお勧めしません)。明日の天候は今一で寒くなることが予想されるので幔幕を撤去するという。憩いの場としていた柳北にとっては「愛惜の情」があると惜しんでいます。


二十二日、金曜、晴。昨日午後三時又大湖に入る。湖バラアと名づく。四時二十分停泊す。今朝寒暑針六十七度。早起両岸を観るに、復た沙漠に非ず皆5)デイドなり。地中海遠からざるを知る。又一湖に入る。メンザレと云ふ。其大6)ど海の如し。中に水鳥多し。九時ポルサイトの新港に達す。埃及所轄の地なり。到る処頗る清潔なり。多く百果を売る。グランドホテルに投じ一酌す。路上一樹のニサルプと名づくるを観る。葉は槐に類して7)トゲあり。枝幹は柳に似たり。土人8)を牽き旅客をして乗らしむ。

新埔頭開海色■    新埔頭開きて、海色9)ケンなり。
南来北去万帆懸    南来北去、万帆懸かる。
千年■■無人地    千年の10)サセキ、無人の地。
築起楼台数百■    築起す、楼台数百11)テン




5) デイド=泥土。どろ状のつち。泥沙(デイサ=どろとすな)、泥滓(デイシ=どろと、かす、けがれてきたないもの)、泥塗(デイト=泥みち、ぬかるみ)、泥濘(デイネイ=泥の深いところ)、泥首銜玉(デイシュカンギョク=頭を泥につけ、口に玉をふくむ、謝罪降伏の作法)、泥障(あおり=馬具の名、どろよけ)、泥行(デイコウ=泥の道をゆく旅)。

6) 幾ど=ほとんど。まるで~のよう、あたかも~のよう、さながら~のよう。「~にちかし」と訓読してもOK。幾殆(キタイ・ほとんどあやうし=もう少しで危険な立場・状態であること、危機一髪の状態)、幾希(キキ・ほとんどまれなり=ほとんどない、たいへん少ない)。

7) トゲ=刺。ほそくとがったとげや、はり。刺口(シコウ・くちにとげす=とげのある言い方をする)、刺針(シシン=とげ、からたち)。「とげ」はほかに、「朿、棘、蔕」。

8) 驢=ロ。「ろば」「うさぎうま」でも正解。小型の馬で労役に用いる。驢馬とも書く。驢鳴犬吠(ロメイケンバイ)、驢鳴狗吠(ロメイクバイ)は「きくにたえないもの、へたくそな文章」。ロバの鳴き声ってそんなにひどいの?ひひぃ~んという馬の嘶きとは違うのでしょうか。

9) ケン=妍(姸)。うつくしさ、みがきのかかった容色。一般には女性が「妍を競う」などと用います。女性の艶やかさを形容する言葉ですが、妍和(ケンワ)と言えば、「けしきなどがうつくしくなごんでいるさま」の意で、このように景色にも用います。

10) サセキ=砂磧(沙磧)。すなの原。砂漠(沙漠)。「磧」は「さばく」「かわら」とも訓む。磧沙(セキサ=川原の砂)、磧中(セキチュウ=小石の重なった沙漠のなか)、磧歴(セキレキ=浅い水中につらなる小石、磧礫=セキレキ=とも)。

11) テン=椽。たるき。ここは、材木を数える単位として比喩的に使用。何もなかったこの地に運河を築き、長大な楼閣を建てるのに何百もの材木が必要だったろうという。椽大之筆(テンダイノフデ=堂々とした立派な文章)は必須成句です。




63度とはいかにも寒い。舟人の予報通りです。きれいな港・ポルサイトに上陸です。エジプト領。ニサルプと呼ぶ、葉は槐に、枝は柳にそれぞれ似た木が印象的ですが、やはりここでも登場する「土人」。ロバを牽いて観光客を連れている。


四時三十分、港を発し地中海に入る。風急に浪大なり。晩餐を喫せずして寐ぬ。新港より馬耳塞に至る千五百零三里と云ふ。

客舟忽入大濤間    客舟忽ち入る、大濤の間。
凛々■■吹裂顔    凛々たる12)サクフウ、吹きて顔を裂く。
千古誰呼地中海    千古誰か呼ぶ、地中海。
四辺杳渺不看山    四辺杳渺、山を看ず。




12) サクフウ=朔風。北風。胡馬北風(コバホクフウ)は「故郷を懐かしむ」。「胡」の地は中国・北方にあるので、その地方から連れてきた「胡馬」は、北風が吹くと故郷を思い出し哀しげに嘶くのです。朔気(サッキ=北方のつめたい空気)、朔漠(サクバク=北方の沙漠の地)も併せて覚えておきましょう。



突然開けた大海。波も高い。こころなしか風も冷たい。やっと来ました。地中海です。柳北の素朴な感動が漢詩で表現されています。結句の「四辺杳渺不看山」。いいですね。これ。いままで狭い狭い運河をゆっくりゆっくり航行してきたからこそ自然と出たフレーズでしょう。あたりは陸地が見えないほど広い海が広がっていたのです。そして、それが仏蘭西への道なのです。もう少しです。お浚いしておきましょう。「馬耳塞に至る千五百零三里」。マルセイユまではあと2800キロ(1里=1浬=1・86キロ)。いや~まだまだ遠いわ。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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