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失礼しました!「里」は「浬(カイリ)」で「1里」は1・86キロ也=「航西日乗」17

成島柳北の「航西日乗」シリーズの17回目です。仏郵船「メーコン号」は、開通してまだ日が浅い蘇士運河をゆっくりと航行します。寒暖計はなんと華氏77度、摂氏にすると25度です。なんとまあ涼しいことでしょう。日本と変わりません。地中海が迫っていることを温度で知ります。ところが運河に入ると基本はぐんぐん上昇。華氏87度。再び摂氏30度を超えます。


二十日、水曜、晴。海峡益狭し。朝起、1)ビリョウを覚ゆ。寒暑針を検すれば七十七度なり。漸く地中海に近きが故なり。九時三十分蘇士に達す。舟陸を距る一里余の処に2)カビョウす。此港亜丁に比すれば頗る繁華なるに似たり。白沙湾々、3)チョウカン亦佳なり。土人来り4)土耳其の赤帽及び写真を売る。午下一時港を発し新航渠に入る。両岸赤地渺茫として寸草を見ず。時に駱駝の沙上に臥すを認む。沙漠の熱気人に迫り寒暑針八十七度に及ぶ。此渠は広さ二十弓或は三十弓許り、長さは八十七里、5)ソサクの労を想ふ可し。此夜一湖に入りて停泊す。衝突を畏るる故なり。此湖は『西洋見聞録』に云ふ苦湖即ち是れならんか。舟人に問ふに湖名ミッツルと答へり。本日二絶を得たり。

一道新渠両海通    一道の新渠、両海通ず。
当知神禹譲其功    当に知るべし、神禹其の功を譲るを。
熱埃■■涼風■    熱埃6)タイリ、涼風7)ホトバシり。
巨艦往来沙漠中    巨艦往来す、沙漠の中。

■■黄沙幾万重    ソサクす、黄沙幾万重。
風潮洗熱碧溶々    風潮熱を洗ひて、碧溶々。
千帆直向欧洲去    千帆、直ちに欧洲に向かひて去る。
■■南洋喜望峰    8)カンキャクす、南洋の喜望峰。




1) ビリョウ=微涼。なんとなく涼しい、かすかな涼しさ。≠微量、鼻梁。

2) カビョウ=下錨。いかりを下ろすこと、停泊(碇泊)、投錨。対義語は「抜錨」。

3) チョウカン=眺観。景色を眺め見ること。眺矚(チョウショク=遠くをじっとながめる)。

4) 土耳其=トルコ。土耳古の方がポピュラー。

5) ソサク=疏鑿。水を通してひらくこと。「疏」は「疎」と同義で「とおす、とおる」とも訓み、「ふさがった所を、わけ離してとおす、水をわけて引く」。疏水(ソスイ=土地を切り開いて、たまった水を通すこと、また、その水路、運河)。「鑿」は「うがつ」と訓み、「切り開くこと」。「孟子」に「禹疏九河」が見え、洪水治水の名帝、禹帝があちこちの河の治水をしたことが書かれています。鑿漑(サクガイ=溝を掘って田に水を入れること)、鑿空(サククウ=穴を穿って道を通す、トンネルを掘る)、鑿井(サクセイ=井戸を掘る)、鑿掘(サックツ=うがち掘る、掘り出すこと)。

6) タイリ=堆裏。うずたかく積み上がったものの中。「堆」は「うずたかい」。

7) ホトバシり=迸り。「迸る」は「ほとばしる」。一斉に噴き出すこと。音読みは「ホウ」。迸散(ホウサン=光や水がほとばしり散る、いっせいに飛び散る)、迸出(ホウシュツ=ほとばしり出る、水などが勢いよくわき出ること)。

8) カンキャク=閑却。いいかげんにしてほったらかしにしておく、等閑にすること。ここは比喩的な表現で、蘇士運河が開通していなければ遠く南アフリカの喜望峰を回って大西洋経由でフランスまで行かなければならないところ。ああ、蘇士が開通してよかったよかった。でもちょっとだけ喜望峰を回ってみたかったけどね。。。といったややおどけたニュアンスをこの「閑却」に込めていると言えるでしょう。



蘇士運河の幅と長さの解説が見えます。「広さ二十弓或は三十弓許り、長さは八十七里」だという。岩波文庫「幕末維新パリ見聞録」(P186)によると、「弓」は古代中国の土地を測量する単位。一弓は六尺(五尺説も)。周代の一尺は22・5センチ。1870年現在、底幅20メートル、堤防間54乃至100メートルの狭さです。87里は約162キロ。あれれ1里は4キロじゃないのか?単純に割ると1・86キロだ。今までの計算も間違っていたのか?ああ、これは浬(カイリ)だ。そうか、これまで「里」と称していたのはみな「浬」のことだったのか。間違っていました。したがって、例えば、舟行二百七十五里というのは511キロです。失礼しました。

蘇士運河は幅がとても狭いので船同士がすれちがうのも困難。衝突の危険性を回避するために、待機場の如く湖があるようです。柳北の船が入ったのは「苦湖」。ビター湖。「西洋見聞録」についてはここに記述が見えました。

引用

解説)広島藩士の村田文夫が英国から帰国してのち、英国を中心とした西洋の政治・経済・社会・文化・風俗各般を紹介したもの。尾佐竹猛は著書『維新史叢説』のなかで、「記事詳密を極め、しかも大体正鵠を得て居るのは此時代の著書としては白眉である」と述べている。本書は、前編・後編各4冊として刊行されたものだが、本学所蔵本は後編の巻之1と巻之2と合冊しているため、後編は3冊となっている。『明治文化全集』第7巻「外国文化篇」に所収。



本編は(ここ)。舟人によれば、ミッツル湖ともいうが、別の湖を指しているようです。

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