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「モーセの十戒」と「紅海」と「灼熱の太陽」の意外な三角関係?=「航西日乗」16

成島柳北の「航西日乗」の16回目です。舟は亜丁を出港し、亜剌比亜と阿弗利加に挟まれた紅海に入ります。一路目指すは1869年に開通したばかりの蘇士運河。そこまでは1308里の航海です。まずは紅海の名の由来らしきものが記されています。誰かから聞いたのでしょう。

十六日、土曜、此日、風起り舟少しく動く。進んで紅海に入る。右には亜剌比亜の山を望み、左には時々遠く阿弗利加の峰巒を望む。舟の亜剌比亜の岸に沿て行くを知る可し。亜丁港より蘇斯に到る航路一千三百八里、昨宵より二百十五里を走る。此日寒暑針八十四度、夜に入り炎熱殊に甚し。洋史に云ふ、上古神人1)摩西海を渡て難を避く、2)埃及王之を追ひ全軍尽く溺れ、血紅波を湧かす、紅海の名其時にると。余想ふに、両岸沙漠、日光砂礫を射て海色自から赤し。故に名づけしならんと。姑く史に拠て一絶を賦す。

摩西仙去幾千秋    摩西、仙し去つて幾千秋。
回首興亡事似漚    首を回らせば、興亡、事3)に似たり。
誰識当年紅海水    誰か識らん、当年紅海の水。
■■猶画両洲流    4)オウヨウ、猶お両洲を画して流る。





1) 摩西=モーセ。BC14世紀のヘブライ人指導者。シナイ半島において神と民との契約を仲保し、律法を民に与え、約束の地に導いた。文中にある「洋史」とは「旧約聖書・出エジプト記二〇章」を指す。モーセの十戒は、そのときの神が与えた掟。「わたしをおいてほかに神があってはならない」以下、殺人・姦淫・盗み・偽証・貪欲などの「十誡」。

2) 埃及=エジプト。

3) 漚=あわ。音読みは「オウ」。浮漚(フオウ=水中に浮かんでいる水泡)。「カモメ」の意もある。そう言えば「鷗」と旁は同じ。

4) オウヨウ=汪洋。広い海、水の深く広々としているさま。「汪」は「水が深く広がるさま」の意。汪溢(オウイツ=水や体力・気力があふれるさま)、汪汪(オウオウ=水が広く深いさま)、汪然(オウゼン=深く広いさま、涙が溢れるさま)、汪浪(オウロウ=涙がとめどもなく流れるさま)。


「る」は「はじまる」と訓む。「紅海」の名は、モーセを追ったエジプト軍の兵士が溺れ死に血で染まったことからいう。しかし、柳北は両岸の砂漠が太陽の日で赤くなり、海を赤く照らしている。これを称して「紅海」と言うようになったのではないかと類推しています。そのモーセの故事と自分の目で見た類推とを織り混ぜて漢詩を詠んでいる。実にチャレンジング。源平合戦の古戦場を詠じているかのような巧みさです。

船は紅海も淡淡と進みます。山すら見えない。意外に広いと感嘆します。と、トラブル発生です。火事だぁア。

十七日、日曜、晴。此日舟行二百八十二里。亭午、寒暑針八十六度、午後小雨一過、連夕月明。

十八日、月曜、晴。風波殊に平なり。舟行二百七十七里。寒暑針八十八度、昨来一髪の山を見ず。紅海の闊き驚く可し。晩に及び山岳の獣歯に類する者を左辺に望めり。此日午下三時、汽筒の噴火飛散して甲板の布幕を焦し、5)闔船6)ソウジョウなりしが、7)シュユにして火8)み人々皆安んぜり。此夜、英客水夫と争論し水夫罰を受けて囚はる。事、英客の喫煙に起こると云ふ。衆皆英客を直しとせず。





5) 闔船=コウセン。船じゅう。「闔」は「とびら」や「とじる」が一般的な意味ですが、「すべてあわせて、みんなふくめて」の意もあり、ここはこの意。闔郷(コウキョウ=村じゅうみんな)、闔境(コウキョウ=国境内すべて、領内残らず)、闔郡(コウグン=郡内全部)、闔扇(コウセン=門のとびら)、闔闢(コウヘキ=とじることと、開くこと、開閉)、闔門(コウモン=門を閉める、一家残らずあわせて、一門・一族ぜんぶ)、闔廬(コウリョ・コウロ=家屋)。

6) ソウジョウ=騒擾。事件などが起こって世の中が乱れること、事件などを起こして世の中を乱すこと。搔擾でも正解。「擾」は「みだす」「みだれる」「わずらわしい」とも訓む。擾乱(ジョウラン=みだれ騒ぐ)、擾擾(ジョウジョウ=ごたごたとみだれるさま)、擾攘(ジョウジョウ=騒ぎみだれるさま)。「ならす」の意味もあり、擾化(ジョウカ=ならして感化を与える)、擾民(ジョウミン=民衆をならして従える)。

7) シュユ=須臾。たちどころに。ごくごく短い時間のうちに。

8) 熄み=やみ。「熄む」は「やむ」。火が消える。音読みは「ソク」。熄滅(ソクメツ=滅びてなくなる、物事がやむ)、熄灯(ソクトウ=ともし火がきえる、消灯する)。


火事の原因はイギリス人の煙草の火。ところが、水夫の過失に転嫁されてしまう。力関係か。それを知った他の乗客はかのイギリス人の非難します。いや~な空気が漂ったことでしょう。退屈な船旅は人の心を荒ませす。さっさと着けばいいのにとも思いますが、いやいやまだまだなんですよ。蘇士運河を越えねばならんのです。北緯26度。夜になっていよいよ海の幅は狭くなっています。モーセが十戒を受けたシナイ半島が見えます。

十九日、火曜、晴。十二時。両巌の礟台に類する者を左方に見る。本日舟行二百七十五里、北緯二十六度の地にて蘇士を距る二百五十九里と云ふ。晩に及び左に阿弗利加の山岳を望み、右に亜剌比亜の島嶼を9)る。夜に入り海峡広さ十里許の処を過ぐ。峡口漸く10)キョウサクになりし地に灯台あり。既にして月輪11)り上り風景極めて奇なり。舟人云ふ、右にシナイ山を望む、即ち摩西の十戒を受けし処なりと。烟靄12)ソウボウとして分明に看るを得ず。此日和蘭人ラドマクルより泰西の古貨数品を購ふ。

電光夜掣万重山    電光夜掣す、万重の山。
■■砕紅波浪間    13)ランラン紅を砕く、波浪の間。
毒熱侵人烈於火    毒熱、人を侵して火よりも烈し。
行舟正過鬼門関    行舟正に過ぐ、鬼門の関。

■熱蒸空月亦紅    14)ジョクネツ空を蒸して、月も亦紅なり。
■■万頃夜無風    15)シラン万頃、夜、風無し。
昨来艙裏人如酔    昨来艙裏、人酔へるが如し。
不識舟行埃及東    識らず、舟は行く埃及の東。



9) 瞻る=みる。目をあげてみる、見あげる。対義語は「瞰」(みおろす)。音読みは「セン」。瞻依(センイ=尊敬してつき従うこと)、瞻仰(センギョウ=みあげること、人を尊敬すること)、瞻視(センシ=目をあげてみる、また、その目つき)、瞻前(センゼン=前方をみる、今後に行うべき事柄についてよく考えること)、瞻慕(センボ=人を尊敬して慕う)、瞻望(センボウ=はるかにあおぎみる、尊敬して慕う、瞻望咨嗟=センボウシサ=)。

10) キョウサク=狭窄。間がせまくすぼまっていること。視野狭窄(シヤキョウサク=視野の狭いこと)、狭隘(キョウアイ=せまくてきゅうくつ、手狭)、狭斜(キョウシャ=色街、遊里、もと長安の遊里の道がななめでせまく、車も通れなかったことから)、狭中(キョウチュウ=心がせまく他人とおりあわない)、狭陋(キョウロウ=せまく、きたない)。

11) 輾り=にじり。「輾る」は「にじる」。車のわだちが物を平らにひきつぶすこと。輾転(テンテン=ねがえりをうつ、ごろごろとひく、輾転反側=テンテンハンソク、眠れずに寝がえりを何度も打つこと)。

12) ソウボウ=蒼茫。空・海・平原などがあおあおとして広がっているさま。蒼旻(ソウビン=あおぞら)、蒼頭(ソウトウ=兵士、下男)、蒼潤(ソウジュン=うるおいのあるあお黒さ)、蒼老(ソウロウ=年を経てひなびたさま、年老いたさま)。

13) ランラン=爛々。ぎらぎらと輝くさま。

14) 溽熱=ジョクネツ。湿度が高くて蒸し暑いさま。また、その暑さ。溽暑(ジョクショ)ともいう。料理の味がこってりしていることも「溽」という。

15) シラン=紫瀾。むらさきがかった大波。紫霄(シショウ=おおぞら、転じて王宮)、紫髯(シゼン=西方異民族の赤黒いひげ)、紫駝(シダ=赤栗毛のラクダ、その肉は上等とされる)、紫陌(シハク=都の道路)、紫冥(シメイ=おおぞら、紫虚=シキョ=、紫空=シクウ=、紫穹=シキュウ=)、紫鱗(シリン=むらさき色の魚)。

「蘭人ラドマクルより泰西の古貨数品を購ふ」。やっぱり古銭マニアの柳北でした。ラドマクルという名は初めて見えますが、コイツも一緒に楽しんだ、例の仲好くなった和蘭人なのでしょうか。言葉は通じているのか?それともオランダ語を猛勉強したのでしょうか?
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2006.6  2級合格
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