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コイツは投げるのか?打つのか?=「航西日乗」14

成島柳北の「航西日乗」の14回目です。印度洋から亜剌比亜海に入ります。しばらくはまた単調な風景ばかり。一日一日の日記も書くことがないのか毎日短めで内容は薄い。そんな単調な航海の唯一のお楽しみは海路の距離です。途中からお気づきのことと思いますが、柳北の日記には毎日の最高気温と航行距離が書かれています。退屈凌ぎの一環として、舟側が毎日、何処くらい航行したかを紙に書いて張り出しているのです。例えば、錫狼(セイロン)からアラビア半島の亜丁(アデン)までは2432里、すなわち1里が約4キロですから8000キロをはるかにオーバー。一日の航行距離は300里としても8日かかる計算。でも、本当にそうなんです。

八日、金曜、晴。午前八時、舟港口を発して、西に馳す。波上に魚の多く飛ぶを見る。錫狼より亜丁に航する海路は二千四百三十二里。

九日、土曜、晴。昨朝より今午に至る迄、航路三百二十五里、此日和蘭の旅客、1)モタラす所の古銀貨を余に贈る。之に報ゆるに本邦の新金貨を以てす。

十日、日曜、晴。風微かに浪平なる席の如し。昨午より舟行二百八十八里、夜間月明。

十一日、月曜、晴。風起り舟動く。衆客房に入て臥す者多し。航路三百里。此日、印度航客の2)キッパンを観るに、皆箸を用ひず3)手攫して食らへり。

十二日、火曜、晴。風止み波穏なり。暑気亦酷ならず。舟行三百零八里。

十三日、水曜、晴。三、四日間、舟中一髪の山をも見ず。亜拉比海の4)曠闊なる、驚く可し。此日順風、舟行三百十八里。昨来5)ブリョウ、和蘭人とコイツの戯を為す。6)ヘンキュウを盤上に投じて7)シュエイを争ふ。蓋し8)ダキュウの類なり。日暮右辺に9)モコたる島嶼の如き者を見る。蓋し亜拉比の大陸なるか。此夜月色昼の如し。

十四日、木曜、天晴、風涼し。寒暑針八十四度。此夕同舟の印度人にて婆羅門教を奉ずる者の神を拝するの状を窺ふに、宛も我が仏教の僧侶の礼拝に異ならず。立拝・坐拝の両種あり。本日舟行三百三十三里。




1) モタラす=齎す。持って来て、または持って行って人に与える。「齎」は音読みで「セイ・シ」。齎志(セイシ・こころざしをもたらす=志をあの世まで持ち続けること、志を果さないで死ぬこと)、齎送(セイソウ=持って行く、届け送る、シソウ=葬式の時死者の遺体と共に墓に埋める物品)、齎用(セイヨウ=日常用いる品物や金銭)、齎糧(セイリョウ=旅に食糧を持って行く、またその携行食)。

2) キッパン=喫飯。飯を食うこと。喫虧(キッキ=損をする、他人にしてやられる)、喫茶(キッサ=嫁入り先を決めること)。

3) 手攫=てづかみ。手掴みとも。「攫」は「つかむ」「さらう」とも訓み、「カク」が音読み。攫取(カクシュ=つかみとる)、一攫千金(イッカクセンキン=ひとつかみで千金を手に入れる)、攫噬(カクゼイ=つかんでかみつく)、攫鳥(カクチョウ=ほかの鳥をつめでつかみ殺す強い鳥、鷙鳥=シチョウ=とも)、攫搏(カクハク=つめでつかんで、翼でうつ、鳥獣が爪や翼で獲物をとらえること)。

4) 曠闊=コウカツ。広くがらんと開けている。「曠しい」は「むなしい」。開曠(カイコウ)とも。曠然(コウゼン=広々としていて何もないさま)、曠達(コウタツ=心が広々していて物事にこだわらないこと)、曠遠(コウエン=がらんとして遠い)。

5) ブリョウ=無聊。味気なさ、たいくつであること。「ムリョウ」とも。気持ちの晴れないさま。

6) ヘンキュウ=扁球。平らな玉、円盤様のもの。一見矛盾しているかのような形状ですが、ホッケーの「パック」みたいなものでしょう。「扁」は「たいらか」「うすい」と訓む。扁平足(ヘンペイソク=平らな足の裏)。

7) シュエイ=輸贏。まけることとかつこと。勝敗。「輸」は「シュ」と読む(「ユ」は慣用読み)。輸入・輸出も中国読みでは「シュニュウ・シュシュツ」。輸籌(シュチュウ=まけること)。

8) ダキュウ=打毬。まりをつえで打って飛ばす遊戯。ポロ(polo)。

9) モコ=模糊。物事の状態がぼんやりしてあいまいなさま、ぼんやりとしてはっきり見えないさま。「模」は「ぼんやりしてよく見えない」の意。糢糊とも。




単調な船旅に閉口する柳北。友達になった和蘭人から「古銀貨」を貰います。そのお礼が「本邦の新金貨」。要はトレードですな。彼は心底、古銭マニアです。印度人が箸を使わずに手づかみでご飯を食べるさまを間近で見て驚くやら惘れるやら。。。やや蔑み気味の描写ですね。

(十月)十三日の記述が興味深い。和蘭人と「コイツ」を楽しんだという。「Quoits。枡目に点数を記した盤上に円盤を投げて点数を競う遊戯」(岩波文庫「幕末維新パリ見聞記」P186)とある。よく分かりませんが、輪投げの輪じゃないヴァージョン。Quoits (koits, kwoits) is a traditional game which involves the throwing of metal, rope or rubber rings over a set distance, usually to land over or near a spike (sometimes called a hob, mott or pin). The sport of Quoits encompasses several distinct variations.やはり、輪投げの一種です。しかしながら、柳北は「打毬」、ポロの類だとも言っており、投げるのではなくスティックで打つようです。あ、でも、「扁球を盤上に投じ」とも言っているぞ。どっちなんだぉ~、打つのか?投げるのか??あるいはその両方なのか???

はたまた、印度人のヒンズー教礼拝の様も興味深げに観察する柳北。仏教とも似ているという。いや~それにしても退屈感がありあり。観察眼も聊か持て余し気味です。一日約300里進んでいます。1200キロかぁ?え?そんなに進むの?そんなに石炭蒸気船って速いの?スピードが一定だと仮定すれば、時速にすると50キロか。そんなもんか。結構進みますね。波が穏やかであるお陰ですね。

いやいやこのblogも少し変化がなくて停滞気味ですな~。皆さんも飽き気味ではないですかね。ここまでで横浜を出てほぼ一カ月です。印度洋から亜剌比亜海に差し掛かっています。あとは紅海をとおって蘇士運河から地中海。そして仏蘭西・マルセイユ。ここらで申し添えておきますが、もう少しと言えば少しではあるものの、それでも全体のヴォリュームは文庫本で130頁ある中、ここまでで20頁かかっています。単純計算であと6倍強。真面目にやっていたら十月いっぱい、いや十一月初旬までかかります。実は、「航西日乗」シリーズは最後まで全部やるつもりは端からありませんでした。全文掲載は仏蘭西・巴里に到着するまでです。そして、それ以降は目についたシーンを「抜粋」しようと考えています。日本からパリまでどのくらいの「時間軸」が必要なのかを読者諸氏にも味わっていただこうと考えました。当時の日本から巴里の「距離感」すね。今なら一日もかからないのをえっちらおっちら、それでも命がけの船旅ですよ。明治維新期の日本人の「バイタリティー」を実感しようというのが狙いだったんです。あんなにも海外に対する燃える思いがあった時代もあったのだと。。。。

あともうしばらく、今月いっぱいはお付き合いください。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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