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韓愈と諾亜のエピソードもさらりと詠んじゃうよ!このおっさん!!=「航西日乗」7

成島柳北の「航西日乗」シリーズの7回目です。香港滞在のシーンが続きます。当時の香港の風俗の一端を知ることができ、なかなか興味深い描写ですよ。

二十一日、水曜、晴。朝起、旅筐を理し、別船に遷るの用意を為す。午前復た諸子と上陸し、太平山水月宮に至る。即ち観音の廟なり。押巴顚街第十二号に寓する本邦人六名に面す。愛知の水野遵、鹿児島の小牧昌業・伊地知季方・高橋新吉、高知の桑原戒平、島根の井上訥郎なり。英華書院に過ぎ書籍を1)ひ、種字局を観る。途上一劇場有り、昇平戯園と掲題す。入て観るに頗る荘麗なり。其の2)オントは頗る3)ショウキュウにして演ずる所は正本、忠孝烈、★=「齒+勾」頭、孤鬼相闘、成套、連下なり。解す可く解す可からざるの間に在り。又福興居と云ふ割烹楼に上ぼり、鴨肉羹、白★=「火+合」4)石斑魚を食ひ、5)糯米酒を飲み、菓及び飯を喫す。其の値、七名にして四元半なり。斯楼の屋山上に厠あり、一驚を喫せり。支那人の不潔なる、概ね此類なり。日暮、本船に還り、郵船メーコン号に遷る。ゴタベリイ号に比すれば其の壮大殆ど倍にして、三餐亦極めて6)ホウビなり。





1) 購ひ=あがなひ。「購う」は「あがなう」。代金を払って物を買う。表外訓み。贖、貲も「あがなう」。

2)オント=音吐。ものをいう声、発声、声の出し方。音吐朗々(オントロウロウ=音声が豊かではっきりしている)。

3) ショウキュウ=峭急。とぎすましたようにけわしいさま。これは難語で、この音でこの漢字は浮かばないでしょう。「峭」は「けわしい」「きびしい」の意。刃物や寒さなどが鋭く研ぎ澄まされたイメージです。春寒料峭(シュンカンリョウショウ=春先の寒さの厳しいさま)、峭覈(ショウカク=性質が厳しくて細かいところまで徹底している)、峭刻(ショウコク=厳しく酷い)、峭峻(ショウシュン=山などが険しい)、峭絶(ショウゼツ=とぎしましたようにけわしい)、峭直(ショウチョク=性質が厳しく一途なこと)、峭壁(ショウヘキ=峭しく聳えた崖)、峭(ショウレイ=厳しく激しい)。

4) 石斑魚=うぐい。コイ科の淡水魚。本邦では「鯎」「鯏」とも書き、「アカハラ、ハヤ」の別名ですが、香港料理でも同じ意味かどうかは判然としません。

5) 糯米酒=もちごめざけ。老酒(ラオチュウ)のこと。「糯」は一字で「もちごめ」とも訓む。音読みは「ダ」。

6) ホウビ=豊美。ゆたかでおいしい。




「旅筐を理す」とは「旅の身支度をすること」。「筐」は「(四角い)はこ」で柳北が好んで用いる言葉です。横浜―香港間の「ゴタベリイ号」から今度は、仏蘭西の極東航路を就航する「メーコン号」に転船するため、荷物を移すのです。もちろん、「一万三千両」も。。。

「押巴顚」は「アバディーン」と読む。英華書院は九竜地区にある男子高の名。1818年に英国の宣教師モリソンが創立しました。現存しているそうで、活版印刷所を併設して、「英華字典」「新約聖書」などの出版も手掛けている。芝居見物の描写はよく分かりません。★=「齒+勾」は辞書に掲載がないですが恐らく「齣」(コウ、こま)の異体字ではないかと思われます。★=「火+合」も掲載がない。恐らく「炒」(いためる)に近い意味ではないでしょうか。岩波文庫「幕末維新パリ見聞記」(井田進也校注)の「注」欄には、この料理について「石斑魚(ハタ)の香草炒め。細切りにした魚肉を強火でさっと湯がいて、刻んだキクラゲほか香草・ショウガ・ニンニクなどと一緒に手早く炒め、片栗粉でとろみをつける」との解説が見えます。

最後の厠(かわや=トイレ)のシーンはいかにも中国らしい。清潔好きの日本人からすれば不潔この上なく強烈なもの。恐らくトイレのドアがない丸見えなのでしょう。とても安心して用は足せない。何も出せない。

二十二日、木曜、天晴、風大。十二時開帆。香港に泊する両夕、地に盗児多しと聞き客館に投宿せず。今日発せんとするに臨み頗る7)ケンレンの意有る也。8)トウショ数百を経過して大洋に出づ。晩餐9)氷糕を喫す。10)美なり。且つ炎熱甚しきを以て、厨奴代る代る縄を引き、風扇を舞はして席を扇ぐ。快、言ふ可からず。此日得る所二首。

昌黎駆鱷已千秋    昌黎鱷を駆る、已に千秋。
驚見巨魚波上浮    驚き見る、巨魚の波上に浮ぶを。
回首洋雲渺無際    首を回らせば、洋雲渺として際無し。
天辺何処是潮州    天辺何れの処か、是れ潮州。

亜剌羅山在那辺    亜剌羅山は那辺に在る。
風濤漫碧涵天    風濤漫、碧、天を11)す。
艙間併載牛羊豕    艙間併せ載す、牛羊豕。
彷彿千秋諾亜船    彷彿たり千秋、12)諾亜の船。



7) ケンレン=眷恋。思い慕う。心に思っていつも忘れない。拳攣とも書く。「眷」は「かえりみる」。首を回して振り返る。眷焉(ケンエン=いつまでも気にしてかえりみるさま、眷然=ケンゼン=)、眷遇(ケングウ=特別に目を掛ける、眷接=ケンセツ=)、眷眷(ケンケン=いつも心にとめて回顧するさま)、眷顧(ケンコ=ふりかえりみる、情を掛けてひいきする)、眷想(ケンソウ=かえりみえ思う)、眷属(ケンゾク=一族、親族、眷族)、眷眄(ケンベン=目をかける)、眷命(ケンメイ=天子などが人民のために、いつくしんでいたわりのことばを下す)。

8) トウショ=島嶼。島、大小の島々。「嶼」は「しま」とも訓み、「とくに海中に小山があつまってできた小さい島」をいう。

9) 氷糕=ヒョウコウ。「糕」は、「こってりした、むしもちの類、米粉を蒸したもの」。本邦で言えば外郎(ういろう)。「氷」とあるので、仏蘭西料理ならばアイスクリームかシャーベットか。

10) 太=はなはだ。とても。

11) 涵す=ひたす。たっぷりと水の中につける、たっぷりとうるおす。音読みは「カン」。涵泳(カンエイ=水にひたって泳ぐ、転じて、恩恵を受けること)、涵煦(カンク=水でうるおし、日差しであたため、たいせつに養う、恩恵を施して養うこと)、涵濡(カンジュ=たっぷりとひたしうるおす、恩恵を施す)、涵咀(カンソ・カンショ=よくかみこなして味わう、文章の意味をよく味わう)、涵蓄(ガンチク=心の中に含み蓄える、含蓄)、涵養(カンヨウ=学問や教えにひたして養成する、恩恵を施す)。

12) 諾亜=ノア。「Noah(ノア)の方舟」の「ノア」。旧約聖書創世記六章以下の洪水伝説中の主人公。人類の堕落がもとで起きた大洪水に、方舟に乗って難を逃れるように神に命ぜられ、新しい契約を授かって、アダムにつぐ人類の第二の祖先になったという。家族や各動物種一番いを乗せた。そして、トルコ東部、イラン・アルメニアとの国境近くにある高峰、アララト山に漂着した。アララット山ともいう。



第一首は中唐詩人の韓愈がモチーフ。第一句冒頭の「昌黎」(ショウレイ)とは韓愈の別名。河北省昌黎出身からこの名を名乗りました。「鱷」(ガク)とは「わに」。韓愈が819年、現在の広東省潮州の刺史に左遷された折、その地の悪渓にあって人畜に害を為す「鱷魚」を「鱷魚の文」を書いて駆逐した故事を踏まえています。以前、韓愈が潮州に流された折に、亜熱帯の奇奇怪怪の海産物に目を白黒させながら詠んだ詩をご紹介したのを思い出しました(ここ)。柳北にとっても香港での体験は驚きの連続だったのでしょう。潮州と香港は目と鼻の先に在ります。したがって、韓愈のエピソードをうまいこと織り込んで詩を作ろうという創作意欲がむくむくと湧いたのでしょう。

それで終わらないのが柳北のマニアたる所以。第二首は「ノアの方舟」がモチーフ。第一句の「亜剌羅」(「剌」を「刺」と誤らないように注意)は「アララット」と読む。まずなんじゃろ?と惹き付けます。「那辺」は「ナヘン」。どこ。「奈辺」とも書く。ここで「ノアの方舟」を持ちだしたのは、恐らく大洪水擬の大時化に巻き込まれたからなのでしょう。第二句にある「風濤漫、碧、天を涵す」は風や波が逆巻き、天地がひっくり返るくらいに舟が揺れているさまを描写している。「漫」(ビョウマン)は「水がひろびろと広がったさま」で「茫」(ビョウボウ)ともいう。折しも斯の郵船には牛、羊、豕も乗っている。だって、豪華仏蘭西料理の大事な食材だもの。ノアの箱舟が辿りついたというアララット山はどこだぁああ。亜細亜のこの辺じゃなかったかあ?まるでノアになった気分じゃわい、助けてぇえええ~。柳北のおどけた詩は死ぬかと思うほどの大嵐も楽しんじゃおうというスピリッツを感じます。

韓愈とノアの方舟。こんなのもさらりと漢詩で詠んじゃう柳北のセンスが迂生は大好きです。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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