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二番煎じのパロディーに蘇東坡も苦笑?=今度は「後辟易賦」

蘇東坡の「赤壁賦」にその続篇とも言うべき「後赤壁賦」があるように、讒謗律を批判するため、パロディーとして捩った成島柳北の「辟易賦」にも「後辟易賦」があります。明治8年(1875)10月15日の朝野新聞に掲載されました。今度は西郷隆盛らが主張した「征韓論」に反対する内容です。本日は「後辟易賦」と「後赤壁賦」の両者を一挙掲載します。「後赤壁賦」は一度味わったことがあるのでそちらを参照してください(ここ)。


是歳十月之望。本社ヨリ歩ミテ将ニ1)ヘイオクニ帰ラントス、暴客予ニ伴ツテ京橋ノ脇ヲ過グ、殺気既ニ露ハレ毛髪尽ク竪ツ、大刀腰ニ在リ怒テ我顔ヲ見ル、顧ミテ之ヲ恐レ、行々論ジ相答フ、已ニシテ嘆ジテ曰ク、国有レドモ兵無シ、兵有レドモ金無シ、敵弱ク我強キモ此ノ遠征ヲ如何ン、客曰ク今ヤ士族国ヲ挙ゲテ兵ト為ラン、武勇絶倫、勢ヒ清正ノ如シ、顧フニ安ンゾ金ヲ得ル所有ン乎、令シテ之ヲ民ニ取レ、予曰ク民ニ租税有リ、之ヲ納ムル久シ、以テ君ガ2)ザショクノ禄ヲ送ル、今ニ於テ金ト米トヲ出シ復タ朝鮮ノ海ニ投ズ、民力限リアリ難渋千万、費多ク益小ナリ財竭キ災生ズ、曾テ豊閤ノ3)フクテツ、而シテ全捷モ復タ識ル可ラズト、予頻リニ口ニ任セテ説キ、4)ガンロンヲ破リ、迷想ヲ開キ、道理ヲ弁ジ得失ヲ5)ス、征韓ノ6)キタイヲ挙テ攘夷ノ7)オウセキニ比ス、蓋シ暴客モ答フル能ハズ、8)ボツゼントシテ大喝スレバ、石橋モ震動ス、腕ヲ扼シ眼ヲ怒ラシ鞘脱ケ刀迸ル、予モ亦愕然トシテ驚キ9)ズイゼントシテ恐レ、10)リンコトシテ其レ留マル可カラズ、急イデ脚ニ任セ横町ニ匿レ、其ノ往ク所ヲ窺ツテ立ツ、時ニ夜将ニ戌ナラントス、11)シコ12)セキリョウタリ、適マ巡査有リ棒ヲ提ゲテ南ヨリ来ル、形チ仁王ノ如シ、A)玄裳黒衣、泰然トシテ徐行シ、予ガ顔ヲ13)メテ北ス、須臾ニ客去リ予モ亦車ニ乗ル、途ニ一壮士怒気奮然、人力ノ足ヲ止メテ予ヲ14)ヤカシテ曰ク、征韓ノ勢ニ服シタル乎、其ノ姓名ヲ問ヘバ黙シテ答ヘズ、嗚呼噫々我レ之ヲ知レリ、十年ノ前鎖港ニテ我ヲ困ラセタル者子ニ非ズヤ、壮士愧ヂテ退ク、予モ亦危ク免レタリ、振リ返ツテ之ヲ視レバ其形チヲ見ズ

1) ヘイオク=敝屋。自分の自宅を謙遜していう言い方。「弊屋」と言い換え可能。弊宅、弊家、弊居、弊廬(ヘイロ)ともいう。拙宅。この「敝」は自分のことに関することばにつけて謙遜する意をあらわすことば。敝国(ヘイコク=わが国)、敝邑(ヘイユウ=わがまち、わが領土)、敝賦(ヘイフ=諸侯や大将が自分の国の軍隊をへりくだっていうことば)。「やぶれる」「つかれる」の訓読みもある。敝履(ヘイリ=やぶれた草履)、敝衣破帽(ヘイイハボウ=みすぼらしい身なり、弊衣破帽)、敝垢(ヘイコウ=やぶれたり、あかじみたりしていること)、敝人(ヘイジン=卑しい人、自分の謙称)、敝腸(ヘイチョウ=くさったはらわた、悪い心のこと)。

2) ザショク=坐食。働かないで遊んで暮らすこと。座食とも。坐致(ザチ=苦労しないでなしとげる、苦労しないで手に入れる)。「坐職の禄を送る」とあるのは、当時の明治政府高官に対する痛烈な皮肉でしょうね。尸位素餐、伴食宰相といった言葉も浮かびます。

3) フクテツ=覆轍。先人が犯した過ち、失敗の例。ここでいう「豊閤ノ覆轍」とは、1592~98年、二度にわたり豊臣秀吉が行った朝鮮出兵のこと。文禄・慶長の役と言います。いずれも失敗に終わりました。

4) ガンロン=頑論。かたくなでせまい考えの論理。

5) 喩ス=さとす。疑問を解いてはっきりと分からせる。「諭」と同義。

6) キタイ=危殆。非常に危ない状態。危地、危脆(キゼイ)とも。

7) オウセキ=往跡。物事があったところ、古跡。往迹ともいう。

8) ボツゼン=勃然。むっとして顔色を変えるさま。勃如(ボツジョ)とも。

9) ズイゼン=惴然。びくびくするさま。「惴」は「おそれる」。惴慄(ズイリツ=おそれ震えること)。

10) リンコ=凛乎。りりしいさま、きっぱりと毅然としたさま。凜秋(リンシュウ=心がぴりっと引き締まるような秋の季節、早く到来してほしいですなぁ、今年は特に待ち焦がれます)。

11) シコ=四顧。あたり、四方。≠刺股、茨菰、市賈、鴟顧、四股、市虎、指呼。

12) セキリョウ=寂寥。音も無く人影も無くひっそりとしているさま。寂歴ともいう。「寂」も「寥」も「さびしい」。

13) 睨メテ=ねめて(にらめて)。にらむ、横目または伏し目でにらむ。音読みは「ゲイ」。睥睨(ヘイゲイ=城壁のくぼみから敵情をのぞき見ること)。「睨まえる」(にらまえる)とも。

14) 劫カシテ=おびやかして。「劫かす」は「力で相手をおじけさせる」の意。劫殺(キョウサツ=おびやかして殺す)、劫脅(キョウキョウ=おどす、おびやかす)、劫盗(キョウトウ=おどして盗む者、劫賊=キョウゾク=)、劫掠(キョウリャク=おどして奪い取る、劫略=キョウリャク=、劫鈔=キョウショウ=、劫奪=キョウダツ・ゴウダツ=)。

A) この「玄裳黒衣」は柳北お得意のパロディー。本家本元の蘇東坡「後赤壁賦」の「玄裳■衣」を一字だけもじったものです。■に当て嵌まる漢字は何でしょうか。



正解は「縞」。しろぎぬ、かとり。細い糸で縫った白い生絹。「しろい」とも訓む。「玄裳縞衣」は「くろいもすそにしろいうわぎ」で、鶴の姿の形容としてこの赤壁賦以降、文人墨客が折に触れて用いています。それが柳北にかかると、「黒衣」。これだとお坊さんの意味(正確には「コクエ」と読む)です。「くろいもすそにくろいうわぎ」と黒ずくめ。一体何者?といった雰囲気が醸し出される上手い表現です。

是の歳十月の望、雪堂自り歩して、将に臨皐に帰らんとす。二客予に従いて、黄泥の坂を過ぐ。霜露既に降り、木葉尽く脱つ。人影地に在り、仰いで明月を見る。顧みて之を楽しみ、行歌して相答う。

已にして嘆じて曰く、「客有れども酒無く、酒有りとも肴無し。月白く風清し、此の良夜を如何せん」と。客曰く、「今者の薄暮、網を挙げて魚を得たり。巨口細鱗、状は松江の鱸に似たり。顧うに安くにか酒を得る所ぞ」と。帰りて諸を婦に謀る。婦曰く、「我に斗酒有り、之を蔵すること久し。以て子の不時の須を待てり」と。是に於いて酒と魚とを携え、復た赤壁の下に游ぶ。

江流声有り、断岸千尺、山高くして月小さく、水落ち石出づ。曾ち日月の幾何ぞや、而るに江山復た識る可からず。予乃ち衣を摂げて上る。巉巌を履み、蒙茸を披き、虎豹に踞し、虬竜に登り、棲鶻の危巣に攀じ、馮夷の幽宮に俯す。蓋し二客は従うこと能わず。劃然として長嘯すれば、草木振動し、山鳴り谷応えて、風起こり水涌く。予も亦た悄然として悲しみ、粛然として恐れ、凛乎として其れ留まる可からざるなり。反りて舟に登り、中流に放ち、其の止まる所に聴せて休む。

時に夜将に半ばならんとし、四顧寂寥たり。適たま孤鶴有り、江を横ぎりて東より来る。翅車輪の如く、A)玄裳■衣、戛然として長鳴し、予の舟を掠めて西せり。須臾にして客去り、予も亦た睡に就く。一道士を夢む。羽衣翩僊として、臨皐の下を過ぎ、予に揖して言いて曰く、「赤壁の遊楽しかりしか」と。其の姓名を問うに、俛して答えず。「嗚呼噫嘻、我之を知れり。畴昔の夜、飛鳴して我を過りし者は、子に非らずや」と。道士顧みて笑う。予も亦た驚き悟む。戸を開いて之を視るに、其の処を見ず。

全般に「赤壁賦」と「辟易賦」の場合と同様に、忠実に捩りながら微妙な違いに面白みを感じさせるテクニックは相変わらずです。しかし、どうでしょうか、やはり「辟易賦」ほどの切れは感じられないのは迂生だけでしょうか。どこか二番煎じのムードが漂っており、笑いの度合いも辟易賦ほどではありません。以前、諸葛亮孔明の「前出師表」のときも「後出師表」がそれほどの感動を感じさせない内容(→カテゴリー欄の「諸葛亮」シリーズをご覧ください)でした。第二作目というのはどうしても初回のインパクトを凌駕できない宿命にあるようです。



さて、愈次回からは成島柳北の「航西日乗」を熟読玩味いたします。お楽しみに。

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2006.10 準1級合格
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