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あの素晴しい日本漢詩をもう一度=復習篇⑦・完結+新シリーズ予告篇

本日で復習は終了です。日柳燕石、前原一誠、西郷隆盛、桂小五郎、成島柳北、草場船山の6詩人、10作品です。

①「問盗」(日柳燕石)

問盗何心漫害民    盗に問う何の心ぞ漫に民を害すと
盗言我罪是■■    盗は言う我が罪は是れセンジン
錦衣繡袴堂堂士    錦衣繡袴堂堂の士
白日公然剝取人    白日公然人を剝取すと

②「夜登象山」(日柳燕石)

崖圧人頭勢欲傾    崖は人頭を圧し 勢傾かんと欲す
満山霊気不堪清    満山の霊気 清に堪えず
夜深天狗来休翼    夜深く天狗来たりて翼を休む
十丈■■揺有声    十丈のロウサン揺いで声あり

③「逸題」(前原一誠)

■■鉄衣過一春    カンバ鉄衣一春を過る
帰来欲脱却風塵    帰来風塵を脱却せんと欲す
一場残酔曲肱睡    一場の残酔肱を曲げて睡る
不夢周公夢美人    周公を夢みず美人を夢む

④「辞世」(前原一誠)

今我為国死    今我国の為に死なんとす
死不負君恩    死して負わず君の恩
人事有■■    人事ツウソク有り
乾坤吊吾魂    乾坤に吾が魂を吊るさん

⑤「偶成」(西郷隆盛)

幾歴辛酸志始堅    幾たびか辛酸を歴て志始めて堅し
丈夫玉碎恥■■    丈夫玉碎センゼンを恥ず
一家遺事人知否    一家の遺事人知るや否や
不為児孫買美田    児孫の為に美田を買わず

⑥「山行」(西郷隆盛)

駆犬衝雲独自攀    犬を駆り雲を衝いて独り自ら攀じ
豪然長嘯断峰間    豪然として長嘯す断峰の間
請看世上人心険    請う看よ世上人心の険なるを
■■艱於山路艱    ショウレキするは山路の艱きよりも艱し

⑦「偶成」(西郷隆盛)

再三■■歴酸辛    再三のリュウザン酸辛を歴たり
病骨何曾慕俸緡    病骨何ぞ曾て俸緡を慕わん
今日退休相共賞    今日退休して相い共に賞す
団欒情話一家春    団欒の情話一家の春を

⑧「偶成」(桂小五郎)

一穂寒燈照眼明    一穂の寒燈眼を照らして明かなり
沈思黙坐無限情    沈思黙坐すれば無限の情
回頭知己人已遠    頭を回らせば知己の人已に遠し
丈夫畢竟豈計名    丈夫畢竟豈名を計らんや
世難多年万骨枯    世難多年万骨枯る
廟堂風色幾変更    廟堂風色幾変更
年如流水去不返    年は流水の如く去りて返らず
人似草木争■■    人は草木に似てシュンエイを争う
邦家前路不容易    邦家の前路容易ならず
三千余万奈蒼生    三千余万蒼生を奈んせん
山堂夜半夢難結    山堂夜半夢結び難し
千嶽万峰風雨声    千嶽万峰風雨の声

⑨「那耶哥羅観瀑詩」(成島柳北)

客夢驚醒枕上雷    客夢驚き醒む枕上の雷
起攀老樹陟崔嵬    起って老樹を攀じて崔嵬を陟る
夜深一望乾坤白    夜深一望乾坤白し
万丈■■捲月来    万丈のシュレン月を捲いて来る

⑩「桜花」(草場船山)

西土牡丹徒自誇    西土の牡丹徒に自ら誇る
不知東海有名■    知らず東海に名有るを
徐生当日求仙処    徐生当日仙を求めし処
看做祥雲是此花    看て祥雲と做せるは是れ此の花



草場船山まででお浚いは終了です。ところで、復習をしていて一点、大きな誤りに気付きました。

元幕臣でジャーナリストの成島柳北。彼の詩では、8月16日付の本編の記事ではもう一つ「塞昆」をご紹介いたしました。

夜熱侵入夢易醒    夜熱人を侵して夢醒め易し
白沙青草満前汀    白沙青草前汀に満つ
故園応是■■節    故園応に是れソウコウの節なるべし
驚看蛮蛍大似星    驚き看る蛮蛍の大いさ星に似たるを



その前段の「那耶哥羅観瀑詩」と合わせて明治6~7年(1873~74)に欧米諸国を漫遊した際に詠じたものでした。それは間違っていないのですが、明治書院にあった解説を引用して「…サイゴンはヨーロッパから帰郷する際の寄港地。ここで船を休め、あとは香港に寄るだけ。…」とあったものですから、迂生が勝手に解釈して「先ほどの外遊の帰途の一齣でしょう」とやってしまいました。これは間違いです。柳北はこのサイゴンの時点では欧米の旅に赴く途上にあったのです。帰途ではありません。欧州はまだまだ前途です。明治書院につられ確認もせずに記してしまいました。日本を離れてまだアジアではあるものの、「ああ日本ではそろそろ霜の降りる頃だというのにかくも暑いものだ」と、巨大な蛍の放つ光を見ながら、次第におセンチになって行くさまを描いたものだったのです。

これに何故気がついたか?と言いますと、実は某所の書肆において岩波文庫の「幕末維新パリ見聞記」(井田進也校註)を見つけました。柳北の外遊日記である「航西日乗」のほか、栗本鋤雲の「暁窓追録」が採録されています。これを読み進めたところ、誤りに気付きました。この「航西日乗」は新約克(ニューヨーク)に到着した明治7年6月1日のくだりで終わっており、「那耶哥羅観瀑詩」は残念ながら掲載されていませんでした。

しかし、この日記は面白い。漢文調で(実際に彼が書いたのは漢文なのでしょう)事物や行動が淡淡と書き連ねられているのみならず、いちいち、漢詩も書かれています。柳北の律儀な性格と観察眼が表れているのですが、明治維新初期の日本人が海外で何を思い、何を感じ取ったのかがよく分かります。柳北にとって漢詩は特別なものではなくむしろ日記を書くための道具だったのです。すばらしい教養と言えるでしょう。

この文庫本が刊行されたのが2009年10月ですが、知りませんでした。こんないい本が出ていたんですね。岩波書店に限らず、昔の出版物にもっと容易にアクセスできるよう復刻するなり、どんどん出してほしいと思いますね。「宝の持ち腐れ」ですよ。出版界は、「●上春■」の如き売り上げにばかり阿るような作品ではなく、われわれ素人の知ろうという意欲をどんどん掻き立てる作品をもっと世に出してほしいものです。しかもそれは現代に限らず、過去において既に世に一度は出ていたものなのです。切に願います。お金を出せば読めるのでしょうが、いかに廉価にできるかが勝負ですから。

そこでなんですが、折角の「邂逅」です。この成島柳北の日記「航西日乗」の一端をしばらく味わうことといたします。次回から成島柳北の新シリーズのスタートです。もちろん、漢詩はたっぷり。130年以上前のパリをはじめとする欧州各国やアジア諸国の風物も面白い。そして、元儒学者である柳北の教養あるユーモアも混じった文章。これは面白いですよ。ところで、日本漢詩シリーズは忘れていません。明治期のプロ漢詩人や文化人らの漢詩がまだ残っています。秋めくころにまた戻ろうと思いますので、ご容赦ください。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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