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ボタンかサクラか日中代理戦争勃発?=「徐福伝説」持ち出し口撃した草場船山

♪ぽんぽんぽん、ぽんぽんぽん(以上、琴の音色風の前奏のつもり)♪

♪さくら~♪さくら~♪弥生の空は~♪見わたすかぎり~♪

花と言えば、日本では桜なら、中国では牡丹と相場が決まっています。どっちが素晴らしいなどと優劣を競っても仕方ない。それぞれの風土や生活、文化に根差した名花なのですから、それぞれの良さを味わえばいいのです。それでも桜と牡丹の「愛で方」に違いがあるのはお気づきか?肥前出身の儒者だった草場船山(1819~87)の漢詩に「桜花」があります。まずはこれを味わうことから始めましょう。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P171~172)から。

西土牡丹徒自誇    西土の牡丹徒に自ら誇る
不知東海有名■    知らず東海に名有るを
徐生当日求仙処    徐生当日仙を求めし処
看做■■是此花    看てショウウンと做せるは是れ此の花



【解釈】 中国では牡丹を、これこそ花の王者として自慢しているけれども、東海の日本にすぐれた名花があることを知らない。徐福が秦の始皇帝の命をうけて仙人のすみかを尋ね歩いた当時、山に瑞雲のたなびくと見たのは、実はこの花であったというのに。

ハ=葩。はな。ぱっと咲いたイメージが強い言葉です。「葩なり」と形容詞で用いた場合は「はなやかさま、あざやかなさま」。葩卉(ハキ=美しい花が咲く草、草花、花卉=カキ=)、葩経(ハケイ=「詩経」の別名、韓愈の「進学解」の「詩正而葩」による)。

ショウウン=祥雲。めでたいときにあらわれる雲。瑞雲(ズイウン)の方がポピュラーか。祥風(ショウフウ=めでたいときに吹く風、瑞風=ズイフウ=)、祥瑞(ショウズイ=吉兆、祥応=ショウオウ=)、祥気(ショウキ=めでたいけはい、祥氛=ショウフン=)。



船山は聊か興奮気味か。中国に対して対抗意識をめらめらと燃やしています。「徒自誇」とは強い調子の表現ですな。牡丹は唐代以降、美人に喩えることが多く、李白が楊貴妃を牡丹になぞらえた詩(清平調詩、この記事)もあります。牡丹は、一輪の花が大きくて、その目鼻立ちの作りの艶やかさがポイントになる。つまり、アップで楽しむのです。これに対して、桜は花弁一つ一つは小さいがその集合体が婉然。遠くから引いて眺めるのが最高です。それがまるで「祥雲」のように棚引いているというのです。

そこで冒頭に掲げた「さくら」。明治書院によれば、「明治二十一年に、お琴の入門曲として発表されたもの。歌詞の作者は未詳だが、そこに流れる感覚は意外と古くからのものであろう」とあります。船山が作詞したのではないので念のため。そこで歌詞の続きです。

♪霞か雲か~♪匂いぞ出ずる~♪いざや~♪いざや~♪見にゆ~か~ん♪

♪ぽろろ~ん♪

「霞か雲か」――。桜は古来、単体の美人の形容にはあまり用いられない感じがします。花々、枝々、木々の集合体として楽しむものです。いわばアップには向いていない。色合いの朧な加減がいい。原色ではない。

ところで、船山が転句、結句で持ちだした「徐生」の故事。一般には「徐福伝説」と呼ばれているものです。徐福(徐巿=ジョフツともいう)は秦代・始皇帝の時代の方士(道教の僧)。始皇帝の命令で、男女数千人を伴って不老不死の霊薬を求める旅に出て、東海の仙島(日本のこと)に渡り、そのまま帰らなかったと『史記・秦始皇本義』に記載されています。その際、瑞雲があらわれ仙人になったというのですが、船山にかかればそれは霞か雲か見紛うばかりの桜の景色だったというのです。この「徐福伝説」はなかなかに面白く、日本各地に徐福が辿り着き定住したといった伝承が残されています。

なにせ、紀元前3世紀ころの話ですから、もしかしたら日本の天皇の祖先かもしれません。古来、多くの漢詩人も中国と日本の関係を詠む際に引き合いに出しています。五山の僧侶、絶海中津も留学先の明で太祖・洪武帝との間で、三重・熊野にある「徐福祠」をテーマに漢詩の掛け合いをやってるほか、北宋の詩人、欧陽脩も「日本刀歌」という題詩で詠じています。日宋貿易で日本刀が珍重されていたことが分かる貴重な資料でもありますが、残念ながら今回は触れません。また何れかの機会での宿題ということでご容赦を。。。

草場船山について少しだけ触れておきます。明治書院によると、「(草場)佩川の子。古賀侗庵、篠崎小竹、梁川星巌などについて詩文を修めた」とあります。父佩川と同様、生涯子弟の教育に努めた人です。京都時代には梁川星巌や頼三樹三郎とも交わり、「謀議」に参加したということで、下手をすれば「安政の大獄」に連座しかねないところでしたが、父親の危篤により帰郷を余儀なくされ、あと一歩のところで踏みとどまった格好でした。明治9年(1876)には京都・本願寺の漢学教授に招聘されましたが、維新後に特筆すべき活躍はないようです。

本日は話があちこち飛ぶのですが、最後に牡丹で締めましょう。

「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」ときれいなお姉さまの立ち居振る舞いや容姿を誉めそやす成句があります。この中で牡丹は三つの花の並列という位置づけにすぎません。これはまたいかにも日本らしいのですが、中国ではそうはまいりません。やはり牡丹が一番でなきゃ嫌なのです。中唐の劉禹錫(772~842)に「賞牡丹」(牡丹を賞す)があります。これを味わいましょう。講談社学術文庫「漢詩鑑賞事典」(石川忠久氏、P416~417)から。

■■芍薬妖無格    テイゼンの芍薬妖として格無し
■■芙蕖浄少情    チジョウの芙蕖浄くして情少なし
唯有牡丹真■■    唯だ牡丹のみ真のコクショク有り
花開時節動■■    花開くの時節ケイジョウを動がす



【解釈】 庭に咲く芍薬の花はあだっぽすぎて品がなく、池に咲く蓮の花はきよらかすぎて、色気がない。ただ牡丹だけは、まことに国一番の美人とも言うべき美しさ。花が咲くころともなれば、都じゅうを騒がせるのだから。



テイゼン=庭前。庭先のこと。≠挺然。難問か。

チジョウ=池上。池の水の上、池に浮かぶさま。引っ掛けです、地上に蓮は浮かばないですな。

コクショク=国色。国じゅうで最もすぐれた美人。このまま牡丹の意味ともなる。国容(コクヨウ)、国香(コッカ)、国姝(コクシュ)

ケイジョウ=京城。天子の居る都、首都のこと。ここは洛陽か長安か。京洛(ケイラク)、京兆(ケイチョウ)、京師(ケイシ)ともいう。≠形状、警乗、桂城、刑場、啓上。



起句の「芍薬」はまたも登場でどうやら牡丹の最大のライバルのようです。牡丹と似ており、クサボタンとも称されます。でも、妖艶ではあるが「格」(=品格)に欠けるんですって。承句の「芙蕖」は「蓮の花」。もちろん、「芙蓉」もありですが「芙蕖」の方がぴったり。でも、清楚だけど「情」(=色香)が乏しいんですって。男って難しい、というか、結局、自分勝手。色気があればあったでうざったいぃ~?色気がなきゃないで物足りないぃ~?一体何様のつもりなの?ぷんぷん。だから、転句の「牡丹」が一番だってよ。どうしてかしら……。女子としては素朴なる疑問。さあさあ、お教えいたしましょう。モテ女になる秘訣を。。。

漢詩鑑賞事典の「鑑賞」によると、「芍薬」は「じつの姿は牡丹とかわらない。だが、この花は『詩経』鄭風・溱洧(シンイ)の詩で、春に男を野に誘い恋を楽しんだ女が、別れに男から贈られる花としてうたわれている。いわば触れなば落ちんという女を連想させる」とあります。だから芍薬は淫靡な尻軽女の代名詞。「芙蕖」も「艶っぽい花。だが、この花は『楚辞』離騒で、『芙蓉を集めて以て裳を為る』とうたわれ、高潔で孤高に生きる君子の袴とされた花。清らかで男を寄せつけぬ風情を連想させる」とある。だからお高く止まって近寄りがたい女の代名詞。起句、承句はそうした「連想を楽しみながら下された品評」だというのです。

さて、核心である転句、結句です。牡丹が連想させるものは、先ほども述べましたが李白の「清平調詩」にうたわれて有名な、かの楊貴妃。劉禹錫の友人・白居易の「長恨歌」にも傾国の美女という表現がある。「真の国色ゆえに、京城を動(ゆる)がす、とは、楊貴妃の色香に迷う連想から、世間の上っ調子な牡丹狂いを揶揄したのである」といいます。あれれ、牡丹は邪揄の対象ですか。やはり余りにも美しいがゆえに危険な存在だというのでしょうか。

「補説」によれば、「唐代の牡丹ブームは異常だった」と指摘する。すなわち、中唐のころともなると、宮廷・寺院などのほか各家庭も競って植えたため、花市は盛況を極め、シーズンの晩春には都じゅう花見客でゴッタ返し、ものによっては価格が数万銭もの高値と鰻上りに。白居易も「花を買う」の詩を作り、牡丹に利殖を求める人々を攻撃したとあります。したがって、劉禹錫の詩もこの流れに沿って読むことが大事です。国一番の美人の花であるが、余りにも人の気持ちを惑わし揺るがし過ぎており、大概にしないと国を滅ぼしてしまいますよと警告を鳴らしているのです。

のちに宋の儒者・周敦頤(1017~73)は、「愛蓮説」をしたため、菊・蓮・牡丹の三つの花を品評し、牡丹を「花の富貴なるもの」と貶めているとあります。梁川星巌の妻・紅蘭が詠じた詩でも、夢で蝴蝶になった荘子が牡丹の花を飛び巡っている態を平生の御高説とは余りにも掛け離れていると揶揄したのを思い出します(この記事)。時代が巡って近世にはいつの間にやら牡丹は贅沢で驕慢な女の代名詞へと様変わりをしていたのです。だから、船山も牡丹を誇る中国を“口撃”して、本邦の桜こそ一番であるのだと豪語していたのですね。いまや、中国のバブル長者も投機目的で日本の不動産を買い漁っていますが、桜は牡丹に勝てないのでしょうか……?

周敦頤の「愛蓮説」でフィニッシュです。明治書院「新書漢文大系8 古文真宝」から。

水陸草木之花、可愛者甚蕃。晋陶淵明独愛菊。自李唐来、世人甚愛牡丹。予独愛蓮之出■■而不染、濯■■而不妖、中通外直、不■不枝、香遠益清、亭亭浄植、可遠観而不可■■焉。予謂菊花之■■者也、牡丹花之富貴者也、蓮花之君子者也。噫、菊之愛陶後鮮有聞。蓮之愛同予者何人。牡丹之愛宜乎衆矣。

水陸草木の花、愛すべき者甚だし。晋の陶淵明は独り菊を愛す。李唐より来、世人甚だ牡丹を愛す。予独り蓮のオデイより出でて染まらず、セイレンに濯われて妖ならず、中は通じ外は直く、ツルあらず枝あらず、香り遠くして益々清く、亭亭として浄く植ち、遠観すべくしてセツガンすべからざるを愛す。予謂えらく、菊は花のインイツなる者なり、牡丹は花の富貴なる者なり、蓮は花の君子なりと。噫、菊を之れ愛するは、陶の後に聞くこと有ることなし。蓮を之れ愛するは、予に同じき者何人ぞ。牡丹を之れ愛するは、宜なるかな衆きこと。



久しぶりの中国名文でした。やっぱいいね。漢詩が落ち着いたらまたやろうっと。。。




こたえ)▼蕃し=おおし▼オデイ=淤泥▼セイレン=清漣▼ツル=蔓▼セツガン=褻翫▼インイツ=隠逸▼鮮なし=すくなし
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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