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戦いやめて美人の膝枕で眠りたい…=維新の理想と現実に夢破れた前原一誠

前原一誠(1834~76)も長州生まれで、綺羅星如く人材が輩出した「松下村塾」の門下生です。幕末を乗り切り、明治維新も迎え、要職に就いた人ですが、残念ながら理想と現実の乖離に堪え切れず、新政府を飛びだしました。そして不平士族の先頭に立って政府に楯突いたのです。「幕末・維新」という大きな時代変革の波に翻弄され、適合できなかった一人と言えるでしょう。

「逸題」。号は梅窓。

■■鉄衣過一春    カンバ鉄衣一春を過る
帰来欲脱却■■    帰来フウジンを脱却せんと欲す
一場残酔■■睡    一場の残酔ヒジをマげて睡る
不夢周公夢美人    周公を夢みず美人を夢む



【解釈】 汗血馬(駿馬)にうちまたがり、鉄衣(甲冑)を着け、戦場を駆逐して、わが青春はあっという間に過ぎ去ったが、今はなつかしの故郷に帰ってきた。これより後は、俗界をよそに悠々と自適の余生を送りたいものと思う。そこでまず一杯を傾け、肱を曲げて枕として眠れば、もとより孔子ならぬ小生のこと、夢に見るのは周公ではなく、むしろ美人ばかりであった。

カンバ=汗馬。乗っている馬に汗をかかせてかけずりまわり、力を尽くす。転じて、戦場で手柄を立てること。「汗血馬」という言葉も寓意するか。これは血のような汗を流す馬のことで、優れた才能、功績を挙げた人を譬える。汗馬之労(カンバのロウ)と言えば「戦功」。≠悍馬、扞馬、駻馬、神庭。このあとの「鉄衣」は「甲冑」の意。

フウジン=風塵。わずらわしい俗事をいう。「帰来」は「帰郷」。

ヒジをマげて=肱を曲げて。ひじをまげること。「曲肱之楽」(キョクコウのたのしみ)から「貧しいながらも道を行う楽しみ」をいう。孔子の弟子である顔回が、ひじを曲げて枕にしたということが「論語・述而」にある。



ちょっとおどけた感じの詩です。戦で功を遂げたあと、故郷に帰ってほろ酔い加減で眠っていると、美人の膝枕で寝ている夢でも見たいものだ。間違っても周公の夢など見たくもないさ。結句で出てくる「周公」とは、「殷の紂王を倒して周王朝の基礎を作った聖人」のこと。儒教の世界では偉いお人でしょうが今の私には無縁もいいところ。きれいなお姉ちゃんでも侍らせたいのぉ~。忙中有閑。幕末・維新の戦乱からほんのひと時だけ解放されてのんびりとしている一誠の姿が髣髴とします。いつの時代も、戦士には休息、息抜きが必要なのです。

一誠は討幕を果たした後、慶応3年(1867)12月には海軍頭取となり、明治元年 (1868) 6月には干城隊を率いて北越に転戦し、7月には北越軍参謀に任ぜられた。 翌2年7月、参議に補せられ、12月、兵部大輔にまで上り詰めます。とんとん拍子の出世と言えるでしょう。明治の元勲と呼ばれるのも間近。しかし、木戸孝允や大久保利通と意見が合わず、3年9月、職を辞して萩に帰ってしまいます。病気が表向きの理由。4年正月8日、最も親しかった参議広沢真臣(兵助)が暗殺され、広沢は木戸と対立しており、当時、広沢を暗殺したのは木戸ではないかという噂があがりました。よほど木戸と折り合いが悪かったのでしょう。

明治書院によれば、詩は「前原一誠が明治政府から下野した直後に作られたものと思われる」とあります。起句の「汗馬鉄衣」は「朝廷方として佐幕の諸藩と戦ったことを指す」。そして、故郷の萩に帰ってのんびりと余生でも送ろうかと思ったものの、6年10月になると、征韓論に破れた西郷隆盛・板垣退助・江藤新平・後藤象二郎・副嶋種臣らも聯袂辞職して下野。明治新政府内の混迷の度が深まり、処遇に不満の持つ士族が続々と政府に反旗を翻します。

承句にある「風塵」を離れて暮らすことは一誠にとって叶わないことだったのです。理想の政治は訪れなかった。眼前で行われたものは腐敗しきった政治でしかなかった。政府の不正・不善と大官の私利・私欲にふけるのを黙視できず、これを糾弾したのです。翌7年10月に至り、即ち24日、熊本に太田黒伴雄・大野鉄平らの神風連の乱、27日、福岡に宮崎車之助らの秋月の乱、31日、一誠もついにこれに策応して萩に乱を起こした。しかし、11月6日、一誠は石見・出雲の国国境付近で捕らえられ、12月3日、斬罪に処せられた。享年43歳のことでした。



近代デジタルライブラリーで検索すると、「近世英傑詩歌集」の【第2冊・坤】に前原一誠の漢詩が4句掲載されていました(ここ)。いずれも白文のみ、旧字体です。新字体に改め、訓み下してみました。誤りがあるやもしれませんがご容赦を。


「失題」。

■■未定事如麻    カンカ未だ定まらず事麻の如し
身委■■不思家    身はカンナンに委せ家を思わず
獣斬姦臣数暦月    獣は姦臣を斬ること数暦月
十年永負故山花    十年永に故山の花を負う


「偶成」。

水濁無由濯我■    水濁りて由無くも我がエイを濯う
行吟沢畔歎則生    行吟し沢の畔にて則ち生を歎ず
従今脱却■■事    今従りジンカンの事を脱却し
売剣賈牛自在耕    剣を売り牛をいて自在に耕さん

「辞世」。

欲掃元悪不顧身    元悪を掃わんと欲し身を顧みず
死生得失風前塵    死生得失風前の塵
生来初灑丈夫涙    生来初めて灑ぐ丈夫の涙
不孝兄弟殉国人    不孝なる兄弟国に殉ずるの人

「辞世」。

今我為国死    今我国の為に死なんとす
死不負君恩    死して負わず君の恩
人事有■■    人事ツウソク有り
■■吊吾魂    ケンコンに吾が魂を吊るさん

明治維新の初期は幕末の皇国の香りがまだ芬芬としていました。明治政府が絶対的な存在ではなかったため、そこから離れた志士は自らの価値観が定まらない中、命を惜しんで「瓦全」たらんよりも、潔く国のために「玉砕」せんという道を選ばざるを得なかったのでしょう。それは次回ご紹介する西郷隆盛で最高潮を迎えます。日本国が生まれ変わるための、「産みの苦しみ」。お楽しみに。






こたえ)カンカ=干戈
    カンナン=艱難
    エイ=纓
    ジンカン=人間
    賈う=かう
    ツウソク=通塞
    ケンコン=乾坤
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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