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「松陰君よ!飛耳長目こそ大事なのだよ」=開国の優位性を説いた佐久間象山

幕末のある時期を二分した「尊皇攘夷」と「佐幕」。どちらも勢力を保ち、世の中を支配しようとしました。当時の識者、志士はこのどちらかに属してはお互いに衝突しあい。エネルギーを蓄え、発散しました。ところが、安政期に、そのどちらもダメだ、開国を以て日本国を残していくべきだと主張し、影響力を行使した人物がいました。それが佐久間象山(1811~64)。吉田松陰の師匠でもあります。松陰が外国に目を向けたのも象山からインスパイアされたことによるところが大きいのです。

象山が松陰に向けた餞の詩があります。本日はこれを玩わうことといたします。詩題は「送吉田義卿(吉田義卿を送る)」。「義卿」は松陰の字です。長崎のロシア艦に身を投じて密航しようと企てた松陰が江戸を出立する際に詠じたものです。松陰はペリー来航の折も国外探索の野望を持ち乗船を試みました。一言で言えば、高い志を枉げることはなかったのです。出典はいつものように明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P141~143)です。

之子有霊骨    之の子霊骨有り
久厭蹩★群    久しく厭う蹩★の群れ   
振衣万里道    衣を振るう万里の道
■■未語人    シンジ未だ人に語らず
雖則未語人    則ち未だ人に語らずと雖も
■■或有因    ソンタクするに或いは因有り
送行出■■    行を送ってカクモンを出ずれば
孤鶴横■■    孤鶴シュウビンに横たわる
■■何茫茫    カンカイ何ぞ茫茫たる
五洲自成隣    五洲自ら隣を成す
周流究形勢    周流して形勢を究めよ
一見超百聞    一見百聞に超えん
智者貴投機    智者は機に投ずるを貴ぶ
帰来須及    帰来須らくに及ぶべし
不立非常功    非常の功を立てずんば
■■誰能賓    シンゴ誰か能く賓せん



【解釈】 この青年(吉田松陰)は生まれつき駿骨を備えており、夙に世の凡庸の群れに伍するを厭うていたが、このたび決然衣を振るって万里の旅程に上ろうとしている。心中ひそかに期するところがあるに違いないが、まだ誰にも語っていないという。たとい、まだ人に語っていないとしても、推測するに深い理由があるのだろう。よってその門出を見送ろうと町はずれまで出てみると、一羽の鶴が秋空高く飛んでいる。(あたかも君の先導をなすがごとくに)さて、日本を取り巻く海は茫々と果てしなく広がっているが、海の彼方には五大洲があって、隣り合っている。昔から百聞は一見にしかずの諺のある通り、一見は百聞にまさるのであろう。(得るところは必ずや大であろう)智者は時機をとらえて行動することが大切である。時世の激しい変動の時だ。心して帰国の時期におくれぬようせねばならぬ。男子たる者、格別の功を立てるのでなければ、死後に誰が称賛し敬意を払うであろうか。



シンジ=心事。心に思う事がら。胸のうち。

ソンタク=忖度。他人の気持ち・考えを、そっと推し量る。臆度(オクタク)、揣度(シタク)ともいう。「忖」は「はかる」。思忖(シソン=おしはかること)。

カクモン=郭門。町はずれにある城郭の門。「郭」は「くるわ」で、「外側をへいや城壁でとりまいた町のこと」。ここは「町はずれ」の意。

シュウビン=秋旻。秋の空、秋天。「旻」は一字で「あきぞら」。単に「そら」とも。旻天(ビンテン=秋の空、一般に天空のこと)、蒼旻(ソウビン=青空)。

カンカイ=環海。四方に海をめぐらせていること、また、その海。「環」は「めぐる」。

シンゴ=身後。自分が死んだ後、死後。

辰=とき。時刻や日。ここは「たつ」ではない。辰刻(シンコク=とき、時刻)、吉辰(キッシン=吉日)、辰良(シンリョウ=物事を行うのによいとされる日、吉日、良辰=リョウシン=)。

「★」は「薛+足=サツ、≒躄?ヘキ」。蹩、躄はともに「足が不自由なさま・人、すなわち用無し?」。これは超難語です。漢和辞典にも掲載がない。推測するしかないですが、「ベッペキ」と読んで「役立たず」くらいの意でしょうか。さすが象山先生。



自分の「目で見る」ことに勝るものはない。「耳で聞く」だけではダメなのである。松陰の「飛耳長目」の教えは象山直伝だったのかもしれません。「投機」は「機会に乗じてうまくもうけようとすること」。今では「市場価格の変動を見込んで利益を得よう」という相場用語に“成り果てて”いますが、当時は「機会を逸するな」と“果断な行動”をいう言葉だったのかもしれません(ちなみに、人の金で儲ける際にも機を逸してはダメですが)。松陰君、ロシアに行って見聞を深めた後は即座に帰国して日本国の為に働きなさい。――ご存知の通り、松陰の野望は悉く叶わなかったのですが……。そして、象山も……。

象山は、京都を中心に活動した尊攘派の急先鋒である漢詩人、梁川星巌が江戸在住のころに交わりました。一方で、象山は単に皇国といった「思想」にとらわれるだけではなく、洋学を学び、西洋の医学や砲術、それに科学知識を広く吸収し、誰よりも早く「外」に目を向けることを体で得たのです。江戸で私塾を開き、子弟教育にも熱心で、松陰のほか、勝海舟、坂本竜馬、橋本左内らも育ちました。安政元(1854)年には松陰の米国密航未遂に連座して松代に蟄居を命じられるも、西洋研究に没頭。8年後に赦免が降り、公武合体・開国の路線を京都で説いていたさなか、元治元(1864)年7月、尊攘派の長州藩の志士によって白昼堂々暗殺されます。彼もまた時代の波に翻弄され、少しだけ先を見過ぎていたがために惜しい命を少しだけ早めた人でした。
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蹩躄

早大図書館蔵の書跡
http://www.wul.waseda.ac.jp/kotenseki/html/chi03/chi03_03535_0096/
を見る限り、「蹩躠」でせう。
『莊子』馬蹄篇などに出てくる詞ですから、
漢和字典に出てゐると思ひますよ。
「頭で考へるだけで
行動の伴はないものを厭ふ」
といふ意味ではないでせうか。
⿱敝足U+8E69⿱薛足U+8EA0です。
漢音ではヘツサツと読みます。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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