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フビライに屈しなかった文天祥に唱和せよ=安政の大獄で死んだ最年少の橋本左内

安政の大獄で処刑された志士たちは総じて若かったですが、中でも最年少だったのが橋本左内(1834~59)です。享年26歳。まだ働き盛りというより遊び盛りでしょう。号は景岳。諱は綱紀。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」から、そのプロフィールは「福井藩の医家の生まれ。大阪の緒方洪庵の適適斎塾で蘭学を、杉田玄白のところで蘭学、医学を学ぶ」と簡潔な内容。吉田松陰が「留魂禄」の最後の方で「越前の橋本左内二十六歳にして誅せらる、実に十月七日なり。左内東奥に坐する五、六日のみ。勝保同居せり。後勝保西奥に来り、余と同居す。余勝保の談を聞いて、益々左内と半面なきを嘆ず。左内幽囚邸居中『資治通鑑』を読み、註を作り漢紀を終る。また獄中教学工作等の事を論ぜし由、勝保余にこれを語る。獄の論大いに吾意を得たり。予益々左内を起して一議を発せんことを思う。」と自分より先に斬首された左内の死を悼んでいます。

左内が入獄中に詠じたとみられる詩が「獄中作」です。

二十六年如夢過    二十六年 夢の如く過ぎ
顧思■■感滋多    顧みてヘイセキを思えば感滋々多し
天祥■■嘗心折    天祥のタイセツ 嘗て心折す
土室猶吟正気歌    土室猶お吟ず正気の歌



【解釈】 自分は今年二十六歳となったが、いつしか夢のうちに過ぎてしまった。それに着けても平生を回顧すると、感激がひとしお多いものがある。宋の大忠臣文天祥の大節には日頃感服していたが、彼は土牢の中にありながら、なお従容として正気の歌を吟じていたのである。(いま、自分も獄中の人、何とか天祥にあやかり、大節を全うしたいものである。)

ヘイセキ=平昔。ふだん、常日頃。この「昔」は「むかし」というよりは「むかしからこれまで」のニュアンスが強い。「平」は「ふだん、何もないふつうの時」の意。平時、平日、平常、平素、平生、平居ともいう。「平~」の熟語では、平允(ヘイイン=平らにそろう、公平で適切)、平午(ヘイゴ=正午)、平康(ヘイコウ=世の中が穏やかで安らかなこと)、平曠(ヘイコウ=平らで広いこと、平闊=ヘイカツ=)、平沙(ヘイサ=平らで広い砂原、砂漠)、平視(ヘイシ=面と向かってまともに見る、直視)、平澹(ヘイタン=あっさりしていて、しつこくないこと)、平旦之気(ヘイタンのキ=夜明けがたの澄んだすがすがしさ)、平蕪(ヘイブ=雑草の茂った野原、平原)、平常(ヘイジョウ=特にすぐれた点もなく、なみなこと)、平旦(ヘイタン=夜明け、明け方、平明)、平愈(ヘイユ=病気が治ること、平復)、平話(ヘイワ=口語で歴史物語を語る、日本の講談のようなもの)。

滋々=ますます。さらに、いよいよ。

タイセツ=大節。人としてのけじめの中で特に重大なもの、君臣の間で守るべき正しい関係など。



左内が引き合いに出した「正気の歌」は、藤田東湖も和した中国南宋末期の文天祥(1236~83)が詠じたものです。蒙古民族・元に圧迫され滅亡が目前に迫った南宋の宰相として最後まで支え、地下の土牢に幽閉されること3年、たびたびの投降勧誘をすべて拒絶。最後には元皇帝フビライがその人物を惜しんで直接説得したものの、宰相ポストを用意しようとの条件にも一顧だにせず峻拒して、文天祥は従容として処刑に臨んだ忠臣として後世に名を馳せています。左内は若くして尊王攘夷運動の旗頭として、薩摩藩の西郷隆盛らと交流し、幕府の守旧派と対峙しました。有能であるがゆえに井伊直弼の眼にとまり、出る杭は打たれるとばかり、安政の大獄で露と消えました。左内がその精神的支柱として信奉したのが文天祥でした。国家とは何か。愛国心とは何か。身を以て教えてくれる存在が文天祥だったのです。文天祥が獄中で詠じた「正気の歌」を、自分も同じ境遇になって口ずさむうちにできた詩だったのです。

本日のオマケ。本家本元の「正気の歌」全文です。(ここ)から採録しました。

天地有正氣   天地に正氣有り
雜然賦流形   雜然として流形を賦す
下則為河嶽   下っては則ち岳と為り
上則為日星   上っては則ち日星と為る
於人曰■■   人に於いてはコウゼンと曰う
■■塞蒼冥   ハイコとして蒼冥に塞つ
皇路當清夷   皇路清夷に當たれば
含和吐明庭   和を含んで明庭に吐く
時窮節乃見   時窮すれば節、乃ち見れ
一一垂丹青   一一丹青に垂れる

在齊太史簡   齊に在っては太史の簡
在晉■■筆    晉に在ってはトウコの筆
在秦張良椎   秦に在っては張良の椎
在漢蘇武節    漢に在っては蘇武の節
為嚴將軍頭    嚴將軍の頭と為り
為嵆侍中血    嵆侍中の血と為る
為張睢陽齒    張雎陽の齒と為り
為■■■舌    ガンジョウザンの舌と為る
或為遼東帽    或いは遼東の帽と為り
■■氷雪    セイソウ、氷雪よりもし
或為出師表    或いは出師表と為り
鬼神泣壯烈    鬼神も壯烈に泣く
或為渡江楫    或いは江を渡る楫と為り
■■呑胡羯    コウガイ、胡羯を呑む
或為撃賊笏    或いは賊を撃つ笏と為り
逆豎頭破裂    逆豎の頭は破裂す

是氣所磅礴    是れ、氣の磅礴する所
■■萬古存   リンレツとして萬古に存す
當其貫日月    其の日月を貫くに當たりては
生死安足論    生死、安くんぞ論ずるに足らん
地維以立    地維、りて以って立ち
天柱以尊    天柱、りて以って尊し
三綱實系命    三綱は實に命に系り
道義為之根    道義、之を根と為す
嗟予遭陽九    嗟あ、予は陽九に遭い
隷也實不力    隷は實に不力也り
楚囚纓其冠    楚囚、其冠を纓び
傳車送窮北    傳車、窮北に送らる
鼎鑊甘如飴    鼎鑊、甘きこと飴の如き
求之不可得    之、求むるに得べからず
陰房闃鬼火    陰房に鬼火はかに
春院閟天    春の院は天に閟ざしてし
牛麒同一    牛と麒は一を同にし
■■鳳凰食    ケイセイで鳳凰は食らう
一朝蒙霧露    一朝、霧露を蒙らば
分作溝中瘠    溝中の瘠と作らんを分とす
如此再寒暑    再び寒暑、如くの此し
百沴自■■    百沴、自らヘキエキ
嗟哉沮洳場    嗟哉、沮洳の場も
為我安樂國    我が安樂の國と為らん
豈有他繆巧    豈に繆巧有らんや
陰陽不能賊    陰陽も賊するあたわず
顧此■■在    顧てこのコウコウ在り
仰視浮雲白    仰ぎ視て浮雲白ければなり
悠悠我心悲    悠悠として我が心は悲しむ
蒼天曷有窮    蒼天、曷ぞ窮み有らん
哲人日已遠    哲人、日に己に遠く
典刑在■■    典刑はシュクセキに在り
■■展書読    フウエンに書を展げて読めば
古道照顏色    古の道、顏色を照らす






こたえ)▼浩然▼沛乎▼董狐▼顔常山▼清操▼慷慨▼凜烈▼しずかに▼鶏棲▼辟易▼耿耿▼夙昔▼風檐(風簷)
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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