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大業成すも満たされぬ太公望の心の隙とは?=南洲翁も信奉した佐藤一斎

あらゆる人間は平等な時間が与えられています。一日は二十四時間、一年は三百六十五日。これは誰も同じです。寿命は多少の違いがあるでしょうが、それは結果。生きている間は誰も次の瞬間死ぬとは思っていないので平等です。そこには全くの優位劣位はない。ところが、時間の使い方は千差万別。同じ一時間を使うもその効果たるや人によってがらりと異なります。仮令、世間が認める大業を成したとしても、どこかしら心が満たされないこともある。それは己が納得した時間の使い方ではなかったから。したがって、生きていく上で時間の使い方が最も大切となります。「時間が足りない」「時間があり過ぎる」とその多寡を嘆くのではなく、自分にとって最も有効な、納得のいく使い方を心掛けるべきです。

中国周代の太公望呂尚はご存知でしょう。渭水の上(ほとり)で釣りをしていたところを占いのお告げを受けた文王に発掘され、車で連れられる。そして、その子・武王を補佐して殷国を滅ぼし、周王朝建国に多大な貢献をしました。しかしながら、やはりこの人は「渭浜漁父」なのです。釣りが好きで好きでたまらない。魚が釣れようが釣れまいが渭水の上で釣り糸を垂れて一日をのんびりと過ごしたかったのです。そんな太公望の心境を詠じた漢詩が江戸時代末期の官需、佐藤一斎(1772~1859)にあります。

明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P119)によると、彼のプロフィールは「美濃岩村藩の江戸藩邸で家老の子として生まれた。ここで一斎は一生を規定する出会いをする。藩主の第三子、松平衡(たいら)、一斎より四歳年長であった。のちに衡は林家の養子となり、林述斎と称する。一斎は少年時代この衡と兄弟のように生活し、共に学問に励んだ」とあります。林家の養子となった衡に従って、一斎も近侍し門弟として昌平坂学問所に入門。1805年には塾長に就き、述斎と共に多くの門弟の指導に当たったといいます。儒学の大成者として公に認められ、1841年に述斎が没すると、公儀の学問所昌平黌の儒官(総長)を命じられ、実質的な責任者となりました。門下生にはあの渡辺崋山もいました。ただ、蛮社の獄で崋山の無実の罪を解くよう奔走した松崎慊堂とは対照的な態度をとったことから、明治期にはその無慈悲さを批判されることとなります。

「太公望垂釣図」。


謬被文王載帰得    謬って文王に載せ得て帰られ
■■風月与心違    イッカンの風月心と違う
想君牧野■■後    想う君が牧野ヨウヨウの後
夢在磻渓旧釣磯    夢は磻渓の旧釣磯に在りしならんと



【解釈】 不本意にも文王に見い出され、王の車で周につれていかれた太公望は、それ以来心ならずも、一本の釣竿を肩に風月を楽しむことは二度と得られなかった。文王が亡くなって武王が立ち、その軍師として目ざましい働きをし、ついに殷の紂王を牧野に伐って滅ぼし、実は斉公に封ぜられたものの、その後、毎夜見る夢は、おそらく昔釣りをした磻渓の磯に帰って行ったことであろう。



イッカン=一竿。釣り竿のこと。ここは「一竿風月」(イッカンフウゲツ、イッカンのフウゲツ)で、陸游の「感旧詩」にある「回首壮遊真昨夢、一竿風月老南湖」との一節を踏まえている。釣り竿一本を友に、俗事を忘れて自然の風月を楽しみながら、自然の中で悠悠自適に過ごすことをいう。王侯に仕えず在野で隠棲して暮らすことを含意しているかもしれません。

ヨウヨウ=鷹揚。タカが飛ぶようにゆったりと力強く、勢い盛んなこと。「オウヨウ」と読むのは日本語で「こせこせしない、ゆったりと落ち着いている」の意。ここは無論前者の意。

釣磯=チョウキ。釣りをする磯のこと。「磯」の音読み「キ」と読む熟語が珍しいので採録しておきました。「幾何学」の「幾」が「キ」なので読むこと自体は難しくないですね。でも熟語はかなり珍しいです。熟字訓の磯馴松は「そなれまつ」。



出だしの「謬って」が面白い。「もつれて道筋を間違った」と言う意味ですが、ここは太公望呂尚の不本意な気持ちを代弁しています。「一竿風月」こそが彼の本心だったという。その後の業績も名声もなぜかしら空しい。「磻渓」(ハンケイ)とは、今の陝西省宝鶏県の東南を流れ、渭水に注ぐ川の名。呂尚が釣りをしていて文王に出会ったところです。ああ、呂尚よ、あなたは文王にさえ出会わなければあのまま釣りを楽しんでいたろうに。。。ここからは一斎の気持ちの忖度です。私も衡侯の傍に仕えていなければ、江戸・昌平黌で儒学を教えるなどという大それたことをする機会もなかったのだ。人の運命など分からぬものだ。自分自身でさえどうにもならないものなのかもしれない。確かに大きなことができるのはうれしいのだ。人より恵まれているだろう。呂尚とても正直そう思ったに違いない。ところが、どこかしら隙間風が吹くのはなぜだろう。人間は本当にやりたいことをしているのが一番なのである。事の大きさではない。己の満足感なのだ。それがこの世に生を享けた証なのかもしれないな。碩儒・佐藤一斎の本音が、太公望に事寄せて垣間見える詩ですね。う~む、深いぞ。

本日のオマケ。一斎は「言志四禄」という書物を書いております。「言志禄」「言志後禄」「言志晩禄」「言志耋禄」の4書の総称で、総1133条にも及ぶ長大な内容です。この中から西郷隆盛(南洲)が101条を選んで手元の座右の銘としていました。秋月種樹(古香)がその手抄本を借り出して、偶評を加えて、「南洲手抄言志録」として発行しました。青空文庫で読めます(ここ)。この書は1888(明治21)年5月17日に博聞社から発行されたもので、山田済斎が「南洲手抄言志録」を「西郷南洲遺訓」に収録する際に、漢文の偶評を反訳し、本文に訳を加えたのです。

ここから最初の十カ条を抜粋して、佐藤一斎の遺訓の一端と西郷がどう活用したのかを味わうとともに、漢字のお勉強もいたしましょう。

一 勿認■■以爲寛裕。勿認嚴刻以爲■■。勿認私欲以爲志願。

〔譯〕ユウダを認めて以て寛裕と爲すこと勿れ。嚴刻を認めて以てチョクリョウと爲すこと勿れ。私欲を認めて以て志願と爲すこと勿れ。

二 毀譽得喪、眞是人生之雲霧、使人■■。一掃此雲霧、則天青日白。

〔譯〕毀譽得喪は、眞に是れ人生の雲霧、人をしてコンメイせしむ。此の雲霧を一掃せば、則ち天青く日白し。

〔評〕徳川慶喜公は勤王の臣たり。幕吏の要する所となりて朝敵となる。猶南洲勤王の臣として終りを克くせざるごとし。公は罪をし位に敍せらる、南洲は永く反賊の名を蒙る、悲しいかな。(原漢文、下同)

三 唐虞之治、只是情一字。極而言之、萬物一體、不外於情之推。

〔譯〕唐虞の治は只是れ情の一字なり。極めて之を言へば、萬物一體も情の推に外ならず。

〔評〕南洲、官軍を帥ゐて京師を發す。婢あり別れを惜みて伏水に至る。兵士環つて之を視る。南洲輿中より之を招き、其背を拊つて曰ふ、好在なれと、金を懷中より出して之に與へ、旁ら人なき若し。兵士太だ其の情を匿さざるに服す。幕府砲臺を神奈川に築き、外人の來り觀るを許さず、木戸公役徒に雜り、自らを荷うて之を觀る。茶店のロウウあり、公の常人に非ざるを知り、善く之を遇す。公志を得るに及んで、厚く之に報ゆ。皆情の推なり。

四 凡作事、須要有事天之心。不要有示人之念。

〔譯〕凡そ事を作すには、須らく天に事ふるの心あるを要すべし。人に示すの念あるを要せず。

五 憤一字、是進學機關。舜何人也、予何人也、方是憤。

〔譯〕憤の一字、是れ進學の機關なり。舜何人ぞや、予何人ぞや、方に是れ憤。

六 著眼高、則見理不岐。

〔譯〕眼を著くること高ければ、則ち理を見ること岐せず。

〔評〕三條公は西三條、東久世諸公と長門に走る、之を七卿脱走と謂ふ。幕府之を宰府にザンす。既にして七卿が勤王の士を募り國家を亂さんと欲するを憂へ、浪華に幽するの議あり。南洲等力めて之を拒ぎ、事終にむ。南洲人に語つて曰ふ、七卿中他日關白に任ぜらるゝ者は、必三條公ならんと、果して然りき。

七 性同而質異。質異、教之所由設也。性同、教之所由立也。

〔譯〕性は同じうして而て質は異る。質異るは教の由つて設けらるゝ所なり。性同じきは教の由つて立つ所なり。

八 喪己斯喪人。喪人斯喪物。

〔譯〕己を喪へば斯に人を喪ふ。人を喪へば斯に物を喪ふ。

九 士貴獨立自信矣。依熱附炎之念、不可起。

〔譯〕士は獨立自信を貴ぶ。熱に依り炎に附くの念、起す可らず。

〔評〕慶應三年九月、山内容堂公は寺村左膳、後藤象次郎を以て使となし、書を幕府に呈す。曰ふ、中古以還、政刑武門に出づ。洋人來航するに及んで、物議紛々、東攻西撃して、ナイコウ嘗て戢(おさま)る時なく、終に外國の輕侮を招くに至る。此れ政令二途に出で、天下耳目の屬する所を異にするが故なり。今や時勢一變して舊規を墨守す可らず、宜しく政權を王室に還し、以て萬國竝立の基礎を建つべし。其れ則ち當今の急務にして、而て容堂のシガンなり。幕下の賢なる、必之を察するあらんと。他日幕府の政權を還せる、其事實に公の呈書に本づけり。當時幕府既に衰へたりと雖、イケン未だ地に墜ちず。公抗論して忌まず、獨立の見ありと謂ふべし。

一〇 有本然之眞己、有■■之假己。須要自認得。

〔譯〕本然の眞己有り、クカクの假己有り。須らく自ら認め得んことを要すべし。

〔評〕南洲胃を病む。英醫偉利斯之を診して、勞動を勸む。南洲是より山野に游獵せり。人或は病なくして犬を牽き兎を逐ひ、自ら南洲を學ぶと謂ふ、疎なり。






こたえ)▼游惰(遊惰)▼直諒▼昏迷▼ゆるし▼ふご(もっこ)▼老嫗▼竄▼やむ▼内訌▼至願▼威權(威権)▼躯殼(軀殻)
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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