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昌平黌で学問の思いに浸る=竹を画く極意を詠じた野田笛浦

本日は江戸時代終盤の藩儒、野田笛浦(1799~1859)を取り上げます。それほど著名な漢詩人ではないでしょう。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P116~117)によれば、「丹後田辺の人。十二歳のとき江戸に行き、古賀精里の門人になる。文政九年(1826)、清国の船が清水港に漂着し、その応待を命ぜられる。船を長崎に護送するまでの六十日間、筆談し、また詩を応酬し合い、中国人を驚かせたという。このとき、笛浦は昌平黌にあった。のちに郷里の田辺藩に仕え、藩の執政として文教部門において大きな貢献をなす」とあります。

「画竹」。

落落胸中竹    落落たる胸中の竹
一揮応手成    一たび揮えば手に応じて成る
湘雲凝不散    湘雲凝って散ぜず
■■■■    マンプクシュウセイ起こる



【解釈】 爽快な胸中の成竹を筆に託し、一たびこれを揮えば、手に従って見事に苦も無くできた。湘水のほとりの雲が凝ったようにまわりを籠めて、一幅全体にいかにも秋の声が起こってきそうである。



マンプク=満幅。紙・布の幅いっぱい。全面的。これは引っ掛け。「満腹」や「万福」ではない。

シュウセイ=秋声。秋を感じさせるような物音、秋風の音や木の葉の散る音など。≠甃砌、秋霽、脩整、修正。



明治書院によれば、詩は竹の画に題したものという。「落落」とは、さっぱりした気分、気持ちが大きくて率直なさま。「胸中竹」というのは面白い表現です。心の中で竹の姿を強く思うこと。念ずれば通ず。竹の画を描こうと筆を揮う際の極意を述べています。イメージ・トレーニングが大事であると。竹が地中から顔を出し、グングン伸びてゆく。そして枝を張り、葉を繁らせ、秋風にカサカサとさびしい音を立てる――。こうした姿を心に思い描くのです。そうすれば、あとは筆が動くのに任せるだけ。一気呵成。芸術家の気持ちはなかなか分かりませんが、実際に筆をどう使おうかなどとはあまり考えないのが普通でしょう。筆を下ろすまでが大変。胸に去来するさまざまな思いをいかにして題材にするか。それが難しいんです。このblogの執筆もそう。各ネタが決まるまでが大変。一旦固まればあとはキーボードを乱打するのみ。一心不乱に書く可し。

笛浦が江戸・昌平黌で学んだころを思い描いて詠んだ詩でしょうか。「昌平橋納涼」という作品があります。昌平橋は江戸神田川に懸かる橋で、現在のJR御茶ノ水駅東口、「聖橋」の南詰めの坂を百メートルほど下ったところにあります。川向かいには昌平黌(湯島聖堂)が見えることから、昌平橋と称されるようになりました。当時の神田川には舟が浮かべられ、月見の宴が催され、その河畔では夜店が立ち並び人々が行き交ったようです。

夏雲擘絮月斜明    夏雲綿をいて月斜めに明らかなり
細葛含風歩歩軽    細葛風を含んで歩歩軽し
数点■■橋外市    数点のコウトウ橋外の市
■■一担売秋声    ロウチュウ一担秋声を売る



【解釈】 夏の白い雲が綿をさいたようになり、その裂け目から夕月が明るい光をなげている。薄いかたびらの袖は風をはらんで涼しく、歩く足取りも軽い。何か所かのかがり火があかあかと燃えて、橋畔の夜店には一荷の籠虫が並び、早くも秋の声を売っている。

コウトウ=篝灯。かがり火。かごでおおった灯火。「篝」は「かがり」と訓み、「木や竹を四角く組んで火を付ける組み木」の意。篝火(コウカ、かがりび=夜間の照明・警備・漁猟などのために、屋外でたく火)。

ロウチュウ=籠虫。鈴虫などかごの中で飼っている虫のこと。「籠」は「かご」。籠蓋(ロウガイ=すっぽりとおおう)。

擘いて=つんざいて。「擘く」は「つんざく」。通常は「劈く」ですが、これもありです。音読みは「ハク、ヘキ」。擘張(ハクチョウ=手で弓をひきしぼること)、擘裂(ハクレツ=引き裂く、つんざく)、擘劃(ハッカク=右に左に分けながら、人や事柄を整理して処分する、擘画)、擘指(ヘキシ=おやゆび)、巨擘(キョハク=巨頭、大親分)。


晩夏の夜の風景を詠じた爽やかな作品。明治書院(P118)によれば、「神田川べりの納涼を描いて涼やかな詩である。足どり軽く歩くのは昌平黌の学生であろうか。雲の間から夕月がさし、川風が心地よい。今やかがり火は望むべくもないが、カーバイドの灯りにさえ郷愁を覚える昨今である。現在のこの界隈は、聖橋のたもとにビルが立ち並び、往時を偲ぶよすがはない。籠の中の虫はすずむしであろうか」との鑑賞がみえます。

「葛」は「かたびら」とも訓み、「クズの繊維を織ってつくった布、それでつくった衣」。「担」は「ひとかつぎでかつげる重さ・量」で、「一担」は「百斤、また一石、約五十キログラム」。満担(マンタン=せいいっぱいのひとかつぎの重さ)。

湯島聖堂に行かれたことはありますか?

迂生は昨年の5月には初めて訪れました。境内の掲示板には「日本の学校教育発祥の地」と記されています。既にご紹介した「寛政異学の禁」で復活を遂げ、林家の私塾から幕府の御用学問所「昌平坂学問所(昌平黌)」になりました。「昌平」というのは儒教の祖、孔子の生まれた村の名です。明治期には湯島聖堂の構内に文部省、国立博物館(現在の東京国立博物館・国立科学博物館)、東京師範学校(現在の筑波大学)、東京女子師範学校(現在のお茶の水女子大学)など一時同居していました。孔子廟が祀られている「大成殿」は土日祝日のみ公開されております。受験シーズンには、孔子の絵馬を買い求め、合格祈願する人々で賑わいますが、普段は閑静です。緑豊かな境内を散策しながら学問への思いに浸るのも偶には乙ですよ。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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