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啄木も病に臥せり望郷の念歌う=老母の安否を漢詩に託した松崎慊堂

病のごと
思郷のこころ湧く日なり
目にあをぞらの煙かなしも


石川啄木の「一握の砂」の「煙 一」にある短歌です。帰りたくても帰れずにいる望郷の念を空の雲に事寄せて詠い上げています。

「蛮社の獄」で蟄居の身となった渡辺崋山が死罪を免れたのも、漢詩の師匠である松崎慊堂(1772~1844)が奔走した赦免運動の賜物でした。慊堂が故郷の肥後を離れて幾年、病に倒れ牀に臥した際に懐かしい老母のことを思い、詠じた詩が「秋日臥病有感」(秋日病に臥して感有り)です。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P101)によると、この詩は冒頭に掲げた啄木の歌を連想させるとあります。慊堂は肥後を出奔して以来、生涯故郷の土地を踏むことがなかったといいます。出奔の理由は「肥後の農家の出。九歳のとき寺に入るが十四歳で還俗、儒者になろうと江戸に出奔」とあります。まずは「秋日臥病有感」を味わいましょう。

■■何日省慈闈    コエン何れの日か慈闈を省せん
多病多年■■違    多病多年シンジ違う
雲路三千夢至難    雲路三千夢至り難し
秋天無数■空飛    秋天無数ガン空しく飛ぶ



【解釈】 「いつ故郷に母上をお見舞いすることができるだろうか」と、永年そう思いながら、とかく病気がちで、心と事と食い違い、いまだに実現できない。それにしても肥後までは雲路はるばる三千里、夢にさえ容易に行けるところではない。今しも見はるかす南の空へ無数の雁が飛んでいく。それが何とも羨ましくて仕方がない。

コエン=故園。ふるさと。「故~」の熟語は、故衣(コイ=いつも着なれた着物、故服=コフク=)、故意(コイ=古い心、昔馴染みとしての友情)、故旧(コキュウ=以前からの知り合い、故知=コチ=)、故剣(コケン=以前から連れ添った妻をいう)、故山(コザン=故郷の山、ふるさと)、故趾(コシ=昔の町・建物のあと、故址)、故処(コショ=先例に従い処置する、もとの場所)、故人(コジン=以前からなじみの人)、故地(コチ=以前住んでいた土地)、故轍(コテツ=その人の今までの経歴、生き方、前例)、故買(コバイ=盗品と知って買うこと)、故里(コリ=故郷)、故侶(コリョ=昔馴染みの友)、故老(コロウ=徳のある老人)。

シンジ=心事。心に思う事がらと実際の事がら。偏義複辞であるなら、「心」に重きを置いて、心に思う事がら。ここは前者の意。思うこととやることは別だというギャップをいう。

ガン=雁(鴈)。渡り鳥のかり。故郷に帰ることを懐う場面には欠かせないアイテムです。雁行(ガンコウ=かりが並んで飛ぶ形のように、斜めかぎ形に並ぶ、斜めに並んで進む、少しずつ遅れて進む)、雁影(ガンエイ=かりが飛んでいく姿)、雁語(ガンゴ=かりの鳴き声、雁声=ガンセイ=)、雁歯(ガンシ=材木や石材が一枚一枚食い違って並んでいること)、雁字(ガンジ=かりが並んで飛んでいく列のこと)、雁書(ガンショ=消息を伝える手紙のこと、雁使=ガンシ=、雁信=ガンシン=、雁足=ガンソク=、雁帛=ガンパク=、雁素=ガンソ=)、雁序(ガンジョ=飛んでいくかりが、順序正しく従っていること、兄弟にもたとえる)、雁陣(ガンジン=飛んでいくかりの列)、雁柱(ガンチュウ=琴柱)、雁塔(ガントウ=かりを供養するために建てた塔)、雁皮紙(ガンピシ=雁皮の樹皮の繊維で作った、表面がなめらかで薄い紙)、雁幣(ガンペイ=婚礼の時にとりかわす品、結納品)、雁来紅(ガンライコウ、はゲイトウ=草の名、夏から秋にかけて咲く)。

慈闈=ジイ。母親の住む部屋、母親のこと。「闈」(イ)は、「女性のすむ奥座敷、そこに通じる門のこと」。「閨」(ケイ、ねや)や「閫」(コン、しきみ)と同義。



起句の「省(セイ)す」とは「人の安否をねんごろにたずねる、親の安否をよくみてたしかめる」という意。「礼記」にある昏定晨省(コンテイシンセイ)や温凊定省(オンセイテイセイ)という成句が浮かびますが、「昏定」は「夕方に親の寝床を整えること」、「晨省」は「朝方に親の機嫌を尋ねること」。省問(セイモン=故郷に帰って親の安否をたずねること)、省墓(セイボ=墓参り)、省視(セイシ=お見舞い)。

松崎慊堂は、故郷を捨てたあと、江戸で「曲折を経て林簡順の門に入り、昌平黌で佐藤一斎と共に切磋琢磨して大儒となる。掛川藩の儒官として長らく仕えるが、晩年は江戸羽沢村(渋谷)に石経山房を営み、読書と門弟の指導にあたる」(明治書院)とあります。主な門人に、崋山のほか、安井息軒、塩谷宕陰らがいます。著作も多いですが、晩年の日記「慊堂日暦」は「当時の学者の生態、天変地異を詳細に伝えて興味深い」(同書)といいます。

本日のオマケ。啄木が慊堂のこの漢詩をモチーフにしたかどうかは定かではありませんが、彼ほど望郷の思いを歌に詠じた歌人はいないと言っていいでしょう。「一握の砂」の歌からピックアップします。基本的には漢字は少ないです。(青空文庫から、ルビを省略)

目さまして猶起き出でぬ児の癖は
かなしき癖ぞ
母よトガむな 
                
ひと塊の土にヨダレし             
泣く母の肖顔つくりぬ
かなしくもあるか

ヒョウゼンと家を出でては            
ヒョウゼンと帰りし癖よ
友はわらへど

草に臥て
おもふことなし
わが額にフンして鳥は空に遊べり         

ふと深き怖れを覚え
ぢっとして
やがて静かにホソ(ゾ)をまさぐる        

何処やらに沢山の人があらそひて
クジ引くごとし                 
われも引きたし

いつも逢ふ電車の中の小男の
ある眼                      
このごろ気になる

雨降れば
わが家の人誰も誰も沈める顔す
れよかし                  

ヒョウキンの性なりし友の死顔の         
青き疲れが
いまも目にあり

何やらむ
穏かならぬ目付して
ツルハシを打つ群を見てゐる           
アカじみしアワセの襟よ             
かなしくも
ふるさとのクルミ焼くるにほひす

或る時のわれのこころを
焼きたての
パンに似たりと思ひけるかな           

かうしては居られずと思ひ
立ちにしが
戸外に馬のイナナきしまで            


……



咎む、涎、飄然、糞、臍、鬮、かど、は・れ、瓢軽、鶴嘴、垢、袷、胡桃、麺麭、嘶き



まだまだ続きますが、限がないのでこの辺でご容赦を……。
しかしながら、啄木の歌は表面上は淡淡としていますが、内に秘めたる熱き思いが端々で迸り出ようとしています。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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