スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

黄昏流星群…偶には永井荷風ワールドでも如何?=晩秋の老愁を詠じた平公務員の館柳湾

永井荷風の代表作、「濹東綺譚」(昭和12年=1937=4~6月、東京大阪朝日新聞夕刊に連載)の最後に次の一節が見えます。新潮文庫(P105)から引用します。

 わたくしは毎年冬の寝覚に、落葉を掃く同じようなこの響をきくと、やはり毎年同じように、「老愁ハ葉ノ如ク掃エドモ尽キズ蔌蔌タル声中又秋ヲ送ル。」と言った館柳湾の句を心頭に思浮べる。その日の朝も、わたくしは此句を黙誦しながら、寝間着のまま起って窓に倚ると、崖の榎の黄ばんだ其葉も大方散ってしまった梢から、鋭い百舌の声がきこえ、庭の隅に咲いた石蕗花の黄い花に赤蜻蛉がとまっていた。赤蜻蛉は数知れず透明な其翼をきらきらさせながら青々と澄渡った空にも高く飛んでいる。

江戸期の日本漢詩シリーズの本日の主役は、荷風が心酔した館柳湾(1762~1844)です。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P99)によると、柳湾のプロフィールは「越後の廻船問屋の子として生まれた。江戸に出て亀田鵬斎の門人となり、幕府の下役人として各地の金山などで文書の整理にあたり、功名を求めなかった。いわば一生を平の公務員で過ごしたといったところ。晩年は江戸の目白台に隠居して詩を作り、その詩名はなかなかのものであった。しかし、その詩名のわりには伝が詳しく伝わらない。歴史の表舞台とかかわりなく、儒官という肩書きもない人は、おおむねそうなのであろう」という。中唐、晩唐の詩風を好んだ詩人でした。荷風お気に入りの漢詩人ともあり、あまりぱっとしない経歴とも言える柳湾のどこに惹かれたのでしょうか?

「秋尽」(秋尽く)。

■■空驚歳月流    セイリ空しく驚く歳月流るるに
閑亭■■思悠悠    閑亭ドクザすれば思い悠悠
老愁如葉掃難尽    老愁は葉の如く掃えども尽くし難し
簌簌声中又送秋    簌簌声中又秋を送る



【解釈】 いつしか静かに歳月が流れて、われながらただ驚くばかりである。ひっそりとした家の中に独り座っていると、過ぎた日の思い出が、あれやこれやと、果てしも無く続く。やるせない老いのさびしさ、それは払っても払っても続いて、絶えることのない落葉のようで、そのカサカサというかすかな音を聞きながら、こうしてまた今年の秋を送るのである。



セイリ=静裏。静かなうちに。この場合の「裏」は「~のうちに」という意。「静~」の熟語は、静一(セイイツ=静かで、一つのことに集中すること)、静淵(セイエン=考え深いこと、心が静かで深い)、静嘉(セイカ=清らかで、美しい)、静居(セイキョ=静かに暮らす)、静虚(セイキョ=心が静かで、わだかまりがないこと)、静境(セイキョウ=静かな場所、閑静な場所)、静語(セイゴ=静かに話す)、静好(セイコウ=静かでなごやかなこと)、夫婦仲のよいこと)、静思(セイシ=心静かに考える、静慮=セイリョ=)、静女(セイジョ=操がかたく、しとやかな女)、静躁(セイソウ=静かなことと、さわがしいこと)、静泰(セイタイ=静かでやすらかな、静安=セイアン=、静寧=セイネイ=)、静謐(セイヒツ=静かでひっそりしている)。

ドクザ=独坐。ただ一人で座っている。「独~」の熟語は、独往(ドクオウ=俗人をつれずに、ひとりで行く)、独宿(ドクシュク=ただひとりで泊まる)、独擅(ドクセン=ひとりでほしいままにする)、独擅場(ドクセンジョウ=その人だけが活躍する場所、ひとり舞台)、独尊(ドクソン=ただ自分だけが他よりすぐれていてとうといと考える)、独夫(ドクフ=悪い政治を行って、天帝からも人民からも見放された君主)、独侑(ドクユウ=ひとりで酒を呑むこと、独酌=ドクシャク=)、独楽(ドクラク=自分ひとりで楽しむ)、独立不慚于影(ドクリツするもかげにはじず=ひとりでいても、他人に見られて恥かしいような振る舞いはしない)。



詩の舞台は晩秋。第四句を見ると、荷風は「蔌蔌」(ソクソク=風の強く吹く形容、物のがさがさひびく音の形容、水の流れる音の形容)、明治書院は「簌簌」(ソクソク=びっしり茂るさま、がさがさという音の形容)。草冠と竹冠の違いですが意味も微妙に異なっています。

明治書院によると、「作者自身の人生の夕暮れでもある。後半の二句。老いの比喩がそのまま実景となり、人生の秋と季節の秋が混然として不思議な効果を醸し出す」とあります。荷風が「濹東綺譚」で引用したのは、この詩と同じ秋の季節の変わり目にある色街が舞台になっており、人生の黄昏時にある主人公の「わたくし」と、私娼窟の若い娼婦「お雪」との邂逅と別離がぴったり合ったからでしょう。齢五十を過ぎた「わたくし」が、二十代の「お雪」と別れようと決めたあたりのくだりに、「お雪は倦みつかれたわたくしの心に、偶然過去の世のなつかしい幻影を彷彿たらしめたミューズである」(新潮文庫、P72~73)というフレーズがあります。「黄昏流星群」という中年向け漫画が一時、流行りましたが、まさに当て嵌まる。

「不惑」を出発して数年。中間地点を過ぎて、確実に一歩一歩、「知命」へと向かっている。その狭間であっちふらふらこっちふらふらと揺れ動きながら「最後のあだ花」を咲かせたいと思いつつも、諦めていく中年男の儚い哀れな思い。えっ?誰のこと言っているのかって?……掃っても掃っても落ち葉が止まらない晩秋の柳湾の気持ちとも重なり、連日の猛暑日という季節のさなかだというのに、なぜかしらおセンチに心ばかり寒い髭鬚髯散人に決まっているでしょうが。。。。迂生の「ミューズ」はいないのかぁあああ。


本日のオマケ。どうせなら荷風ワールドの一端を味わっておきましょう。「濹東綺譚」の一節から文章題にてお許しを。。。。新潮文庫のP71~72から。

然しここにわたくしの観察の決して誤らざる事を断言し得る事がある。それはお雪の性質の如何に係らず、窓の外の人通りと、窓の内のお雪との間には、互に融和すべきイチルの糸の繋がれていることである。お雪が快活の女で、其境涯を左程悲しんでいないように見えたのが、若しわたくしの誤りであったなら、其誤はこの融和から生じたものだと、わたくしは弁解したい。窓の外は大衆である。即ち世間である。窓の内は一個人である。そしてこの両者の間には著しく相反目している何物もない。これは何に因るのであろう。お雪はまだ年が若い。まだ世間一般の感情を失わないからである。お雪は窓に座っている間はその身を卑しいものとなして、別に隠している人格を胸の底に持っている。窓の外を通る人は其歩みを此路地に入るるや仮面をぬぎキョウフを去るからである。

 わたくしは若い時からシフンに入り込み、今にその非を悟らない。或時は事情に捉われて、彼女達の望むがまま家に納れてキソウを把らせたこともあったが、然しそれは皆失敗に終った。彼女達は一たび其境遇を替え、其身を卑しいものではないと思うようになれば、一変して教う可からざるランプとなるか、然らざれば制御しがたいカンプになってしまうからであった。

 お雪はいつとはなく、わたくしの力に依って、境遇を一変させようと云う心を起している。ランプかカンプかになろうとしている。お雪の後半生をしてランプたらしめず、カンプたらしめず、真に幸福なる家庭の人たらしめるものは、失敗の経験にのみ富んでいるわたくしではなくして、前途に猶多くの歳月を持っている人でなければならない。然し今、これを説いてもお雪には決して分ろう筈がない。お雪はわたくしの二重人格の一面だけしか見ていない。わたくしはお雪のウカガい知らぬ他の一面を曝露して、其非を知らしめるのは容易である。それを承知しながら、わたくしが猶チュウチョしているのは心に忍びないところがあったからだ。これはわたくしをカバうのではない。お雪が自らその誤解を覚った時、甚しく失望し、甚しく悲しみはしまいかと云うことをわたくしは恐れて居たからである。……



イチル=一縷。望みなどが絶えてなくなりそうなほどにほんの少しであること。「縷」は「いとすじ」。

キョウフ=矜負。自分の才能や行為をすぐれたものとしてほこること、その自負心。矜恃(キョウジ)ともいう。

シフン=脂粉。べにとおしろい、女の化粧。膩粉(ジフン)ともいう。

巷=ちまた。まち、世間。岐、街、衢、閧、閭も「ちまた」。

キソウ=箕帚(箕箒)。四角いちりとりと、ほうき。「箕箒妾」(キソウのショウ)と云えば「人の妻となることを謙遜した言い方」。「箕」は「み」、「帚(箒)」は「ほうき」。

ランプ=懶婦。不精の女、なまけものの女。嬾婦とも書く。「懶」「嬾」はいずれも「おこたる」「ものうい」と訓む。

カンプ=悍婦。気の荒い女。「悍」は「あらい」「つよい」「おぞましい」と訓む。

ウカガい=窺い。うかがいみること。音読みは「キ」。窺伺傚慕(キシコウボ=そっと他人のようすをうかがって、そのまねをする)、窺覦(キユ=穴からのぞいてすきをうかがう、窃かに分不相応のことを願いのぞむこと、窺欲=キヨク=、窺覬=キキ=)。

チュウチョ=躊躇。ためらって行き悩むこと。

カバう=庇う。横に並べたおおいを掛けて保護する。音読みは「ヒ」。庇蔭(ヒイン=かばい助ける、人のおかげ)、庇護(ヒゴ=弱い立場の者などをかばいまもる、庇保=ヒホ=)。



矜負、脂粉、嬾婦、悍婦がやや難問か。これ以外は比較的平易でしょう。

それにしても、娼婦が結婚して家庭の鞘に納まると嬾婦か悍婦になるという見立てはユニーク。荷風の女性観とはいえ、女性一般に敷衍することが可能でしょう。それにしても、このくだりを読んだ男性が一様に頷いて納得している姿がなぜかしら目に浮かぶのは迂生だけ??
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。