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蘭の画に土無くとも節の無い竹は画かぬ=西洋事情に通じ「慎機論」を著した渡辺崋山

渡辺崋山(1793~1841)といえば国宝の肖像画、「鷹見泉石像」で有名な画師。きりりと真っ直ぐな性格を浮き彫りにしたシャープな筆勢が印象的な画です。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P98)によれば、崋山のプロフィールは、「三河田原藩の江戸藩邸で生まれた。父は田原藩の家老であった。しかし、家計は楽ではなかったようである。画を始めたのも家計の足しにするためであったという。画を谷文晁に学び、佐藤一斎について経学・詩文を修めた。そして、二十七歳のとき松崎慊堂の門人となる。天性の才を当代一流の師に鍛えられて学問も画も華開く」とあります。

一方で、高野長英、小関三英ら当代名うての蘭学者とも交わり、「尚歯会」を結成し、合理的な西洋思想を採り入れようと、開明的な「目」も持ちあわせていました。独自の「開国論」を展開するなど、余りにも先を見過ぎたため、幕府から睨まれてしまいます。天保八年(1838)に起きた米国船モリソン号事件をめぐり、幕府の異国船打ち払いの方針に危惧を抱きます。崋山の著した経世書、「慎機論」は、「時機を慎まなければ大変な事になる」と鎖国に対して警告したものですが、余りにも過激な文章であり、草稿段階で棄ておいて自ら公にはしませんでした。

幕府の官学・朱子学の林述斎の子である目附、鳥居耀蔵は「蘭学憎し」の怨念を抱え、尚歯会弾圧に乗りだします。崋山らの小笠原諸島渡航の嫌疑を捏ち上げますが、嫌疑不十分。そこで、最終的には彼らの著述を盾に取り、儒学者から蘭学者を貶んだ言い方である「蛮社の獄」と呼ばれる思想弾圧に踏み切ります。崋山は慎機論の草稿が自宅から発見され、蟄居の身となりました。師匠の慊堂らの奔走により死罪は免れたものの、累が田原藩主に及ぶことを恐れた彼は結局自刃してしまいます。

おっと、“聞き齧り”の歴史の長口舌がいささか過ぎたようです。漢詩にまいりましょう。崋山の画師であるプライドと同時に、己を曲げない性格を端的に表した詩が「題自画墨竹」(自画の墨竹に題す)です。

鄭老画蘭不画土    鄭老蘭を画いて土を画かず
有為者必有不為    為す有る者は必ず為さざる有り
酔来写竹似■葉    酔い来って竹を写せば葉に似たり
不作鷗波無節枝    作らず鷗波無節の枝



【解釈】 宋の鄭所南は宋滅亡後、蘭を描いて根は描いたが土は描かなかった。すでに国には寸土もないからだという。いやしくも事を成そうとする者は、義において成すべからざる事は断固として成さないものと聞いている。今酔いにまかせて竹を描いたら、葉は蘆のそれに似て甚だ拙いが、さればといって趙子昂のような節のない枝は描かないつもりである。


ロ=蘆。あし。蘆葦(ロイ=アシ、いずれもアシ)、蘆花(ロカ=アシの花)、蘆芽(ロガ=アシの芽、蘆牙とも、蘆錐=ロスイ=、蘆筍=ロジュン=)、蘆管(ロカン=アシの茎、古人の吹いたアシ笛)、蘆洲(ロシュウ=アシの生えている中洲)、蘆絮(ロジョ=アシの穂わた)、蘆雪(ロセツ=アシの穂が雪のように白いこと)、蘆汀(ロテイ=アシの生えているみぎわ、蘆渚=ロショ=)、蘆笛(ロテキ=アシの葉で巻いてつくったふえ、蘆笳=ロカ=)、蘆荻(ロテキ=アシとオギ)、蘆苻(ロフ=アシの茎の中にある薄い膜)。

この詩は恐らく、自ら描いた竹の画に添えた詩なのでしょう。中国の宋が滅亡した後、決して元に仕えなかった「鄭老」(=鄭所南)と、逆に元に屈した「鷗波」(=趙子昂)の二人の画師を対照的にとらえています。鄭老は、坐す時は必ず「南」に向かったという。蘭の画を得意としましたが、宋が亡びて後は土は画かず、これを「無根蘭」と称しました。崋山は勿論自分は節操を以て事に当たることを宗としており、鄭老の生き方に共感を覚えているというのです。そして、承句の「有為者必有不為」は、「孟子・離婁下篇」にある「孟子曰く、人為さざるありて、而る後為す有るべし」に基づいており、「義」を押し通して為してはいけないことがあるから、そのあとで初めて大業が為せるのであるという。

一方、鷗波は、宋が亡びて元に仕え、翰林学承旨に進み、卒して魏国公を贈られ、文敏と諡された。詩文・書画、皆巧みであったが、異朝に仕えたので「無節操漢」といわれた。結句の「無節枝」は「節のない竹の枝」のことで、酒に酔って竹の絵を描いた場合、葉は蘆のようななよなよしたものなら許すが、竹本体に節のないものは断じて認めないぞ。「趙子昴のような無節操漢にはならん」という意を寓しています。崋山の一生そのものを詠じた見事な詩です。

本日のオマケ。「慎機論」の「外国船打ち払い令」の危険性について書かれた部分を掲げておきます。(ここ)から。

「今天下五大州中、亜墨利加・亜弗利加・亜烏斯太羅利三州は、既に欧羅巴諸国の有と成る。亜斉亜州といへども、僅に我が国・唐山・百爾西亜の三国のみ。其の三国の中、西人と通信せざるものは、唯、我が邦存するのみ。万々恐れ多き事なれども、実にキユウに堪ず。論ずべきは、西人より一視せば、我が邦は途上の遺肉の如し。ガコカツロウの顧ざる事を得んや。もし英吉利斯交販の行はれざる事を以て、我に説て云はんは、『貴国永世の禁固く、侵すべからず。されども、我が邦始め海外諸国航海のもの、或ひはヒョウトウし、或ひは薪水を欠き、或ひは疾病ある者、地方を求め、急を救はんとせんに、貴国海岸厳備にして、航海に害有る事、一国の故を以て、地球諸国に害あり。同じく天地を載踏して、類を以て類を害ふ、豈これを人と謂べけんや。貴国に於てはよく此の大道を解して、我が天下に於て望む所の趣を聞かん』と申せし時、彼が従来疑ふべき事実を挙て、通信すべからざる故を諭さんより外あるべからず。斯てサセツの論に落ちて、究する所、彼が貪□の名目生ずべし。西洋ジュウテキといへども、無名の兵を挙る事なければ、実に鄂羅斯・英吉利斯二国、キョウオウの端となるべし」


キユウ=杞憂。無用な心配、取り越し苦労。「列子・天瑞篇」に出典あり。

ガコカツロウ=餓虎渇狼。飢えたトラとのどの渇いたオオカミ。危険で何をするか分からないものの喩え。

ヒョウトウ=漂蕩。大水によって財産を流されること。さすらい歩くこと。広々としてあてもないこと。

サセツ=瑣屑。こまごましている、くだくだしくめんどうなこと。瑣砕(ササイ)ともいう。

ジュウテキ=戎狄。異民族の別称。ここでは西洋の異国人をいう。戎夷(ジュウイ)、戎越(ジュウエツ)、戎蛮(ジュウバン)ともいう。

キョウオウ=驕横。おごり高ぶって道理にはずれること。驕蹇(キョウケン)ともいう。
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