スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

盛唐のマルチスト・王維を目指そうぜ=南画の補完として漢詩を詠んだ田能村竹田

前回、陶淵明ばりの隠者の世界を詠じた良寛の詩をご紹介しましたが、本日もその系譜に位置付けられると言っていい田能村竹田(1777~1835)を取り上げます。彼は漢詩よりも寧ろ南画の道を究めた文人として有名でしょう。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P95)によると、そのプロフィールは「豊後直入郡竹田村の生まれ。家は代々岡藩の典医。竹田も学問に励むかたわら医学を修める。初め藩儒として立とうとし、『豊後国志』の編纂にも携わり、藩政にも一家言持っていた。しかし、三十六歳のとき、藩内に百姓一揆が起こり、その原因は藩政の過ちによるとする己の意見が容れられなかったのを期に藩儒を辞職する。以後は自分の最も好きな道に精進する。それは画の道であった」とあります。漢詩は恐らく、画業を補完する役割を果たしたのであろうと思われます。

「遊山」(山に遊ぶ)。

落落長松下    落落たる長松の下
抱琴坐■■    琴を抱いてバンキに坐す
清風無限好    清風無限に好し
吹入■■衣    吹き入るヘイラの衣



【解釈】 高く聳えた松の根本に、琴を抱いて夕日をあびて座っていると、心地よい清らかな風がしきりに吹いて、わがカズラで編んだ衣に透っていく(まさに涼味万斛だ)。


バンキ=晩暉。夕日の光。晩照(バンショウ)ともいう。「暉」は「ひかり」。暉映(キエイ=照り輝く)、暉暉(キキ=日光が四方にかがやくさま、空が晴れて明るいさま)、春暉(シュンキ=春の日の輝き、転じて、子を育む父母の恩→寸草春暉)、朝暉夕陰(チョウキセキイン=朝日の光と夕日のかげり、日の出と日没のけしき)。

ヘイラ=薜蘿。カズラとツタ。蘿薜(ラヘイ)、蘿蔓(ラマン)、蘿蔦(ラチョウ)ともいう。つる状にのびてまつわりつく植物の総称。転じて、隠者の服。「薜」は「かずら」で他の木に巻きつく。「蘿」は「つた」でツタ類の総称。蘿衣(ライ=コケの一種)、蘿径(ラケイ=つたかずらの生い茂っているこみち)、蘿月(ラゲツ=つたかずらごしに見える月)、蘿蔔(ラフク=ダイコン、すずしろ=春の七草の一つ、清白)、松蘿(ショウラ=松の木に絡まるツタ、木にぶら下がるサルオガセ、女蘿=ジョラ=)。



一幅の文人画をイメージさせます。「長松」「琴」「晩暉」「清風」「薜蘿」――。これは誰がどう読んでも隠者の詩ですね。そう、俗世間から離れ故郷の田園に帰った陶淵明。「琴」は淵明の「帰去来兮辞」に「悦親戚之情話、楽琴書以消憂」があります。淵明の琴は「無絃」です。淵明にインスパイアされた王維に「田園楽」という詩があり、ここにも「落落長松夏寒」や「抱琴好倚長松」があります。また、同じく王維の「竹里館」に「独坐幽篁裏、弾琴復長嘯」もあり、竹田の「遊山」は明らかにこれらを踏まえて隠者の世界を築いていますね。「薜蘿」といえば、屈原が詠じた楚辞「九歌」の一つである「山鬼」の冒頭にある「若有人兮山之阿、被薜茘兮帯女蘿」でお馴染みの隠者語です。

画師としての竹田は、谷文晁や浦上玉堂との交わりがあり、早くからその才能は世間に認められていました。一方の漢詩は、上田秋成や頼山陽らとも交流があり、山陽から高い評価を得ていました。王維も画人として知られ、「詩中に画あり」と表せられたマルチストでした。竹田の目指した理想の画人・詩人だったのでしょう。

本日のオマケ。晩唐の李商隠に夕暮れを詠んだ「楽遊」という詩があります。竹田の「遊山」は陶淵明や王維に加え、李商隠のこの詩も踏まえているとみられます。岩波文庫「李商隠詩選」(川合康三選訳)から。(注:「登楽遊原」となっているテキストもあります)

「楽遊」。

向晩意不適    晩に向んとして意適わず
駆車登古原    車を駆りて古原に登る
夕陽無限好    夕陽 無限に好し
只是近■■    只だ是れコウコンに近し



【解釈】 たそがれるにつれて、心は結ぼれる。車を走らせ、いにしえの跡がのこる楽遊原に登る。夕日は限りなく美しい。ひたぶるに日暮れに迫りゆくなかで。



コウコン=黄昏。たそがれどき、夕方。≠哽恨。

向んとして=なんなんとして。今にも~になろうとしているさま。「ある状況に近づきつつある」の意。「垂として」が一般的ですが、漢詩の世界ではこの言い方も頻出です。



この第三句にある「無限好」は「限り無く美しい」との感嘆する表現です。そのまま竹田も活用しています。「楽遊」とは、長安の東南に位置する行楽の地、楽遊原のこと。360度ぐるりと一望できる高台にありました。漢代の廟があったことから「古原(コゲン)」とも言いました。「黄昏」というのは勿論、一日の終わりを言いますが、李商隠にとって自らの人生の「たそがれ」をも意味していたのは間違いないでしょう。転句と結句の連続性が妙に鮮やかであると同時に切なく感じるのは迂生も人生の「たそがれどき」を歩いているからでしょうか?たそがれどきも見ようによっちゃあ、やりようによっちゃあ、「夕陽」のように輝けるんですよね。そんな自信を与えてくれる作品です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。