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酒は呑んでも呑まれるな!!=青い稲穂のような灯火に閃く菅茶山

酒に弱くて飲まれることのない迂生には左党の気持ちはなかなか理解できません。菅茶山(1748~1827)の「酒人某出扇索書」(酒人某扇を出だして書を索む)は左党にぴりりと辛い一刺しを捧げています。本日も明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」から。出典は、江戸期を代表する詩集「黄葉夕陽村舎詩集」だそうです。


一杯人呑酒    一杯 人酒を呑み
三杯酒呑人    三杯 酒人を呑む
不知是誰語    知らず 是れ誰の語ぞ
吾輩可書■    吾が輩 シンに書す可し



【解釈】 酒は一杯なら人が飲んで楽しいレベル。ところが三杯になると逆に酒が人を飲んで洒落にならないレベル。誰が言ったか知らないけれど、蓋し名言。ゆめゆめ忘れるでないぞ。この戒めは帯にでも書きとめておきなされ。


シン=紳。大帯の前に垂れた部分をいう。「ふとおび」とも訓む。メモ代わりに用いた。「書紳」(紳に書す)で、「忘れぬようにすること、肝に銘じること」。転じて、地位・教養の備わったりっぱな人、インテリ、知識人を指す。紳衿(シンキン=地方の有力者、上流階級、「衿」は青いえりをつけている人、士大夫の子)、紳商(シンショウ=人格のりっぱな商人)、紳帯(シンタイ=大帯、文官が着用する)、縉紳(シンシン=仕官して礼服をつける文吏)。


明治書院(P81)によれば、「詩は酒飲みの某に何か書いてくれとせがまれて書いたもの。度を過ごせば酒で身を滅ぼす、というのは古今東西のならい」とある。茶山自身も酒で失敗した経験があるのかもしれませんね。第三句の「不知是誰語」はすっとぼけている感じがして面白い。他の誰でもない自分自身の体験から体得した「語」なのではないでしょうか。

茶山は漢詩人であり、教育者でもありました。そのプロフィールは、「備後(広島県)の人。…京に出て那波魯堂の門に入り、程・朱の宋学を学ぶ。業成ると故郷に帰り、郷里の子弟の教育に一生を捧げた。家の東北に建てた教場が黄葉山に対するところから、その塾を葉夕陽村舎という。また、近くに茶臼山があったので茶山と号した。備中の西山拙斎はもとより、江戸の昌平黌の柴野栗山、尾藤二州、古賀精里、大阪の中井竹山、安芸の頼春水らと交友関係を持ち、詩名が高かった。春水の息子の山陽も一時茶山の塾にいたことがある」。当代一流の知識人として、全国に名を馳せていたようです。


もう一つ見ましょう。学問とはこうやることなのだと教えてくれるのが「冬夜読書」(トウヤのドクショ)です。これはかなり有名な詩で、後世の人口に膾炙しています。

雪擁山堂樹影深    雪は山堂を擁して樹影深く
■■不動夜沈沈    エンレイ動かず夜沈沈
閑収乱■思疑義    閑かに乱チツを収めて疑義を思う
一穂青灯万古心    一穂の青灯 万古の心



【解釈】 雪がわが山家をうずめ、樹木の影は深く黒々と見える。風もやんで軒の風鈴も動かず、夜はしんしんと更けわたる。とり散らした書物を静かに整理しながら、今まで読んでいた書物の疑問の箇所を考えていると、突然、稲穂のような青白い灯火が、古の聖賢の心を照らし出してくれることがある。


エンレイ=檐鈴(簷鈴)。軒下に吊るした鈴、風鈴のこと。檐鐸(簷鐸=エンタク)、簷馬(エンバ)ともいう。「檐(簷)」は「のき」。檐雨(簷雨=エンウ、のきに降りかかる雨)、檐間(簷間=エンカン、のきのあたり、檐際『簷際=エンサイ』)、簷楹(エンエイ=のきの柱)、簷燕(エンエン=のきばにいるツバメ)、簷下(エンカ=のきの下、簷底=エンテイ=)、簷間(エンカン=のきば、のきのあたり)、簷滴(エンテキ=のきばから垂れる水のたま、のきから垂れるあまだれ、簷溜=エンリュウ=)、簷頭(エントウ=のきば、のきさき)。

チツ=帙。和綴じの本を包むおおい、ふみづつみ。書帙(ショチツ)。「ふまき」とも訓む。とじて帙に入れた書物や文章を数えることば。



明治書院(P83)によれば、「冬の夜の読書を詠んだ詩。五山の禅僧や、江戸期の幕府おかかえの儒者の中には、政権のブレーンとなって、いわゆる御用学者とでも言うべき役割を果たした人が数多くいる。しかし、彼らとて一日のうちで最も時間をかけ、熱中したのは読書であろう。まして、野心なく、学問に打ち込んだ茶山のような人は、読書こそが一日のうちで最も充実した時間であったに違いない」とあります。

石川忠久氏も「漢詩鑑賞事典」(講談社学術文庫、P825)で、「茶山らしい学問読書のひそやかな楽しみを詠んだものである」などと解説しています。第一句の「雪が擁する」とは、擁は抱くの意味で、山堂を抱く、韓愈に「雪は藍関を擁して馬前まず」(ここ)の名句があるように、雪に埋もれることをいう。第二句の「夜沈沈」は夜の更けるさま。蘇軾の「鞦韆院落夜沈沈」(春夜)を思い出すという。起承の静かな雪の夜の雰囲気を受け、転結がこの詩の「核心」という。すなわち、「ここで読む書物は、儒学の経典の類の古典であって、そこには古昔の賢者たちの言葉が記されているわけである。何しろ時代を経たものであるから難解な点もある。それを黙然として考え込み、傍らに立つ燭台の火を見つめるうちに、ハタと疑問が解ける」。第四句の「一穂の青灯」が秀逸で、「じっと燃える小さな灯火によって静寂の中に集中していく精神を、実に巧みに表現している」と絶賛しています。


本日のオマケ。有名な蘇軾の「春夜」を掲げておきます。

春宵一刻直千金    春宵一刻直千金
花有清香月有陰    花に清香有り月に陰有り
■■楼台声細細    カカン楼台声細細
鞦韆院落夜沈沈    鞦韆院落夜沈沈



【解釈】 春の夜はひとときが千金にあたいするほど。花には清らかな香りがただよい、月はおぼろにかすんでいる。たかどのの歌声や管絃の音は、先ほどまでのにぎわいも終わり、今はかぼそく聞こえるだけ。人気のない中庭にひっそりとぶらんこがぶら下がり、夜は静かに更けていく。


カカン=歌絃。うた声と笛の音。≠下澣、下瞰、舸艦、華翰、遐観、果敢、花冠。

鞦韆=シュウセン。ぶらんこ、ふらここ。女子がのって遊ぶもの。



じっくりと音読して暗唱してみてください。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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