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華麗な唐代の詩風復古を目指せ!=杜甫と李白を換骨奪胎し尽くした服部南郭

江戸中期の古文辞学派の儒者・画家・漢詩人である服部南郭(1683~1759)は、かの荻生徂徠の高弟として知られます。十五歳で幕府の側用人、柳沢吉保に仕え、その縁で徂徠門下に入りました。徂徠の没後は詩文の大家と目され、30代には私塾「芙渠館」を開きましたが、大変な評判で門人が殺到、年間の収入が百五十両にもなったといいます。


本日は南郭の「夜下墨水」(夜墨水を下る)を紹介します。驚くほど簡潔な言葉が列ねられており、一見すると平易な詩に見えるのですが、実は盛唐の二大詩人、杜甫と李白の詩が織り交ぜられています。その詩風は華麗の一語です。

金竜山畔■■浮    金竜山畔 コウゲツ浮かぶ
江揺月湧金龍流    江揺らぎ月湧いて金竜流る
■■不住天如水    ヘンシュウ住まらず 天水の如し
両岸秋風下二州    両岸の秋風 二州を下る



【解釈】 金竜山のほとりを流れる隅田川に月影が浮かぶ。そして江水が揺らぐのにつれ、月が水底から湧き出て、キラキラと輝きあたかも金の竜が流れているかのようである。一艘の小舟が滑るように、水なのかそれとも空なのか区別がつかないほど澄みきった中を走り、両岸に秋風が吹きわたる武蔵と下総の二州の境を下ってゆく。


コウゲツ=江月。川面を照らす月、川の水の流れにうつった月。これはやや難問。「コウゲツ」と言えば「皎月」もあり、こちらは白く耿耿と輝く月のこと。「隅田川の上に月が浮かんでいる」という解釈も成り立たぬわけではないです。しかし、川面の映った月を「江月」という言い方はお洒落です。是非とも習得してきましょう。中国では「江」と言えば「長江(揚子江)」のことです。江戸で「江」と言えば「隅田川」。ここでは「墨水」と唐様の言い方であり、これもお洒落。明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P56)によれば、「徂徠派は唐様を好んだ」とある。

ヘンシュウ=扁舟。舟底のたいらな小舟。「扁」は「たいらか」とも訓む。扁額(ヘンガク=平らで横に長い額)、扁善(ヘンゼン=あまねくよい、みんなよい)、扁然(ヘンゼン=ひらひらと飛ぶさま)、扁桃腺(ヘントウセン=のどの入口の左右にあるリンパ腺)、扁平(ヘンペイ=たいら)、扁旁(ヘンボウ=漢字の字形の構成要素で、左右に分けられる左側の部分=扁=と、右側の部分=旁=)。



明治書院によると、詩は夜舟で隅田川を下ったときのもので、平野金崋の「早発深川」、高野蘭亭の「月夜三叉口泛舟」と合わせて「墨水三絶」と称されたとあります。いずれも徂徠門人です。「金龍山」というのは、浅草の待乳山のこと、「二州」は武蔵と下総。今に残る両国橋はこの二州に懸かる橋のことです。

さらに、承句の「月湧金龍流」は、杜甫の「旅夜書懐」の「月湧大江流」を連想させるとあります。また、後半の転句、結句は、李白の「早発白帝城」の「両岸猿声啼不住、軽舟已過万重山」を巧みに換骨奪胎したものと考えられるとも指摘されています。徂徠の古文辞学派は明で起こった復古主義に倣い、唐代の詩を模範に求めました。杜甫と李白の詩はいずれも有名なものです。高校の漢文の教科書に載っていてもおかしくないでしょう。是非とも南郭が唐代の詩聖と詩仙から汲み取りたかった「エッセンス」を味わってみましょう。

「旅夜書懐」(岩波文庫「杜甫詩選」から)

細草微風岸    細草 微風の岸
■■独夜舟    キショウ 独夜の舟
星垂平野闊    星垂れて平野闊く
月湧大江流    月湧いて大江流る
名豈文章著    名は豈に文章もて著さんや
官応老病休    官は応に老病にて休するなるべし
■■何所似    ヒョウヒョウとして何の似る所ぞ
天地一■■    天地 一サオウ



【解釈】 か細い草の生えている岸辺ではそよ風が吹いており、帆柱高く立てた舟にひとり眠れずにいる。星空が地に垂れる辺りまで平野はうち広がり、月光が波に乱れ湧いて大川は流れていく。(文学で多少は有名になった私だが)男子の誉れは文学によってあらわすべきものであろうか、(政治によってこそでなければならないのに)官職の方はこのほど老病のために退かねばならなくなった。この流浪の身は何に似ていようか。そう、天地の間を漂う一羽の浜辺のカモメである。


キショウ=危檣。たかくそびえたつ帆柱。「檣」は「ほばしら」。

ヒョウヒョウ=飄飄。ふらふらとさまようさま。ひらひらと心の軽いさま。「飄」は「あてどなく移り動くさま」。

サオウ=沙鷗。砂浜にいるカモメ。「沙翁」だと「かの英劇作家・シェークスピアのこと、Shakespeareの音訳「沙吉比亜」または「沙士比阿」の略、「翁」は敬称」。沙墟(サキョ=砂漠の中にある部落)、沙渚(サショ=水辺の砂地)、沙磧(サセキ=すなの原、砂漠)、沙汀(サテイ=すな浜)、沙漏(サロウ=すな時計)。



「早発白帝城」(岩波文庫「李白詩選」から)

朝辞白帝■■間    朝に辞す 白帝 サイウンの間
千里江陵一日還    千里の江陵 一日にして還る
両岸■■啼不尽    両岸のエンセイ 啼いて尽きざに
■■已過万重山    ケイシュウ 已に過ぐ 万重の山



【解釈】 朝まだき、白帝城の朝焼け雲の間から分かれ去れば、千里の彼方江陵まで、わずかに一日で還りつくことができる。長江の両岸に啼く野猿の声が、まだ耳から消えぬ間に、わたしを載せた舟は軽やかに進み、畳なわる山峡(やまかい)をあっという間に通り過ぎていった。

サイウン=彩雲。あやぐも。朝焼け雲。綵雲もOK。

エンセイ=野猿の鳴き声。長江上流の三峡地帯は当時、特に野猿が多く住むことで知られていました。

ケイシュウ=船足の速い舟。軽舸(ケイカ)、軽艘(ケイソウ)ともいう。

あまりにも換骨奪胎の度が過ぎる嫌いも無きにしも非ず。読む人によっては厭味を感じるかもしれませんね。しかし、これこそ古文辞派の真骨頂でしょう。人からなんと蔑まれようとも、古の中国の華麗な詩の世界に帰るのです。


本日のオマケは、「墨水三絶」の残りの二つをご紹介します。こちらもなんかどこかで見たようなフレーズもちらほらです。問題と解釈は省略します。

平野金華(1688~1732)の「早発深川」。

月落人烟曙色分    月落ち 人烟 曙色分る
長橋一半限星文    長橋 一半 星文を限る
連天忽下深川水    天に連なり 忽ち下る 深川の水
直向総州為白雲    直ちに総州に向いて白雲となる


高野蘭亭(1704~1757)の「月夜三叉口泛舟」。

三叉中断大江秋    三叉中断す 大江の秋
明月新懸萬里流    明月新たに懸かりて 万里流る
欲向碧天吹玉笛    碧天に向いて 玉笛を吹かんと欲すれば
浮雲一片落扁舟    浮雲 一片 扁舟に落つ


ちなみに蘭亭は17歳のときに失明しました。歴代の詩を暗唱できるほど詩学に邁進した人です。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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