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屋島の源平合戦に馳せる懐い=幼き安徳天皇の哀れな最期に涙する桂山彩巌

北宋の蘇東坡が詠じた「赤壁賦」は、三国志でお馴染み、後漢末期のハイライトでもある劉備・孫権連合軍VS曹操軍の「赤壁之戦」を詠じたものです。このように詩人が古戦場の迹に佇み、往時に思いを馳せる詩は中国に劣らず日本漢詩でも古来多くあります。もしかしたら最もポピュラーなジャンルかもしれません。

そこで本日は、江戸幕府儒官であった桂山彩巌(1677~1749)の「八島懐古」をご紹介します。四国・屋島の源平合戦を偲んだ作品。「八島(屋島)の戦い」と言えば、「義経の弓流し」「那須与一の扇の的落とし」などなど語り継がれる名シーンがいっぱいです。源氏に敗れ、落魄れていく平氏の面々の憐れな様子を眼前に浮かべて嘆息する作者の思いが伝わります。

海門風浪怒難平    海門の風浪怒りて 平らぎ難し
此地曾屯十萬兵    此の地曾てす 十万の兵
金■頻飛■■窟    金テキ頻りに飛ぶ ギョベツの窟
樓船空保鳳凰城    楼船空しく保つ 鳳凰城
宋帝遺臣迷北極    宋帝の遺臣 北極に迷い
周王君子盡南征    周王の君子 尽く南征
不識英魂何處所    識らず英魂 何処の所ぞ
月明波上夜吹■    月明波上 夜ショウを吹く







テキ=鏑。かぶらや。中を空にし、いくつか穴をあけた蕪の形をした球を矢の先につけ、その先に雁股をつけた矢。射ると、かぶらの穴に空気が入って響きを発する。なりや。鳴鏑(メイテキ=射たときに、うなりをたてるかぶら矢、鳴箭=メイセン=)、流鏑馬(やぶさめ)。

ギョベツ=魚鼈。魚とスッポン。また、魚類の総称。

ショウ=笙。ふえ。管楽器の一つで、形は竽(ウ)に似て、十九管または十三管のもの。しょうのふえ。笙歌(ショウカ=笙に合わせて歌う、笙の音と歌声)、笙簧(ショウコウ=笙の舌)。

屯する=たむろ・する。ずっしりとむらがる、集まる、また、兵を集めてとどまる。この意味の音読みは「トン」。屯戍(トンジュ=兵が集まって守る、辺境の地を守る兵)、屯倉(トンソウ=諸国からおさめられた穀物を入れておく倉、みやけ(和語)=古代、諸国にあった皇室の御領地の収穫物をおさめておく倉、転じて、朝廷の直轄領、熟字訓問題に要注意です)。









【解釈】 屋島の海峡は風波怒り狂い今なお穏やかでないのは、往年の怨みのこもっているせいであろう。思えば寿永四年のその昔、この地には源平およそ十万の大軍がたむろして、一大決戦を開いたのである。魚たちの住処であるこの浦に、鏑矢が飛び交い、櫓舟はわずかに逃れて御坐を守り、宋帝入水後の遺臣たちは向かう先に迷い、戦意なき周王の公達はことごとく南に向かって逃げた(平家は周章狼狽、安徳天皇を奉じて、長門の壇の浦へと逃れ、帝入水後、その遺臣たちは向かう所を知らず、南、筑紫の地に逃れていったの意)。戦没者の英霊は今どこにあるかを知らないが、聞けば月夜の晩には今でも波上に笙を吹く音がするということである。


頸聯の対句は本国の帝を名指しすることを忌み憚ってか、隣国・中国の古の帝に借りて詠じています。そう言えば、かの白居易の長恨歌も明らかに唐の玄宗皇帝の話なのに、遥か昔の漢代の天子に事寄せて詠まれています。「鳳凰城」は「仮の御座所」。精一杯、煌びやかな語彙を用いていますが、恐らくは驚くほど粗末な御所だったことでしょう。「平氏にあらずんば人にあらず」と平清盛が豪語した名台詞。その20数年後には、長門・壇の浦で平家一族が沫と散り果ててしまう儚さ。「奢れる者も久しからず」と、諸行無常の響きを説く琵琶法師の音声ならぬ、怨み辛みの平家公達が化して彷徨う英霊が夜毎に吹く笙の音。大人たちの思惑から2歳にして即位させられ、8歳にして崩御された安徳天皇の御心中やいかに?古の人々への思いが募り、不気味どころか、ものの憐れに誘われて思わず涙してしまう彩巌でした。

本日はオマケあり。

「先哲叢談」によると、実は「八島懐古」は二首構成であり、もう一つ次の詩が掲載されています(明治書院には未集録)。解釈はありません。

宮車一去帝王州    宮車一たび去る 帝王州
大海風雲寄■■    大海の風雲 ベンリュウを寄す
井底有縁還■■    井底縁有り ギョクジを還す
水濱誰復問膠舟    水浜誰か復た 膠舟を問わん
舞姫紈扇隨潮下    舞姫 紈扇 潮に随いて下り
飛將彫弓學月流    飛将 彫弓 月を学びて流る
那識寒煙衰草裏    那ぞ識らん 寒煙 衰草の
幾人曾倚望郷樓    幾人 曾て倚る望郷楼


参照サイト(ここ)から引用し、多少、手を入れて掲載しました。








ベンリュウ=冕旒。冕(かんむり)の前後にたれ下げる飾りの旒(たま)。冕者(ベンシャ=冕服をつけた身分の高い人)、冕服(ベンプク=古代、身分の高い人が礼装用として身に着けた冠と衣服、また、それを身に着けること)。

ギョクジ=玉璽。玉でつくった天子の印鑑・印章(ハンコ)。宝璽(ホウジ)とも。「璽」は常用漢字で「しるし」の意。常用漢字見直しでも削除されませんでした。こんなマイナーな漢字が常用漢字に残った理由はご存じか?なんとこの字、日本国憲法に使われているのです。しかし、使われていると言っても本文ではありません。前文でもない、表紙部分。もっと正確に言うと、いわゆる「上諭」(ジョウユ)と称する、天皇の言葉として記された法令の公布文に記載があります。実際はこうなっています。

「朕は、日本国憲法の総意に基いて、新日本建設の礎が、定まるに至ったことを、深くよろこび、枢密顧問の諮詢及び帝国憲法第73条による帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し、ここにこれを公布せしめる。御名御璽 昭和21年11月3日…」

今回消える「匁」「錘」「銑」「勺」「脹」の5字と比べても、恐らく一般にはほぼ目にする機会の少ない、否、決して見ることのない珍しい「常用」漢字と言えましょう。何だかんだ言って、憲法は強しですよ。璽綬(ジジュ=天子の印と組みひも、昔の官印には必ずひもがついていた、また、転じて、天子の印、官印を指す)、璽符(ジフ=印と割り符、天子の印)、璽書(ジショ=天子の印を押した文書、日本国憲法もその一つということになります)。「日本国憲法はジショである」――。こう問題で出されたら解けますか?絮いようですが、常用漢字ですからね。

ちなみに、「頒」も日本国憲法に載っているというのが大きな理由で常用漢字に入っており、新しい常用漢字にも残ることとなりました。こちらは本文です。一度探してみたらいかがですか?

膠舟=コウシュウ。辞書には見えませんが、接着剤がニカワでつないだほどの粗末な舟の意か。「膠」は「にかわ」。これがなかなか「コウ」とは読みづらい。「膠着」などポピュラーな言葉ならいいのですが、応用問題で「膠葛」(コウカツ=よごれていりみだれる、大空)とか「膠漆」(コウシツ=大親友、伯牙と鍾子期)とか「膠続」(コウゾク=後妻をもらう)とか、いきなり文章中で出て来るといまだに一瞬詰まりますね。

裏=うち。物のうちがわ、ふところ。ここでは、ゆめゆめ「うら」とは訓まぬように。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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