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伯牙と鍾子期のような控えめな親子=漢詩DNAでつながる伊藤仁斎・東涯

江戸中期の儒学者、伊藤仁斎(1627~1705)・東涯(1670~1736)の親子。東涯は父仁斎の衣鉢を継ぎ、京都・堀川で開いた私塾「古義堂」の2代目当主として子弟教育に尽力しました。親子ともども市井にあって一生仕えませんでした。そんな控えめな親子の漢詩を味わいましょう。

まずは父仁斎の「即事」。

青山■■対柴門    青山 ソウソウとして柴門に対す
■■溶溶遠発源    ランスイ 溶溶として遠く源を発す
数尽■■人独立    キアを数え尽くして人独立す
一川風月自■■    一川の風月 自らコウコン




ソウソウ=簇簇。むらがり集まるさま。

ランスイ=藍水。川の名。陝西省藍田県の東の藍田谷から出て灞水に注ぐ。ここは中国の藍水を念頭に置きながら一般に青々とした水をたたえて流れる川を指すとみられる。

キア=帰鴉。ねぐらにかえるカラス。「鴉」は「からす」。「烏」と大きく区別するものではないようです。「ア」の読みは押さえて。鴉軋(アアツ=轆轤や船の櫓、門のとびらなどを開閉するときに出る音、ぎしぎし)、鴉鬟(アカン=黒い髪の毛、髪の結い方の一つ、あげまき、召使の少女を指すことも)、鴉舅(アキュウ=カラスに似た小型の鳥の名)、鴉髻(アケイ=女の黒いまげ、黒髪)、鴉黄(アコウ=黄色いおしろい)、鴉鬢(アビン=黒いびんの毛、女の黒髪)、鴉片(アヘン=麻薬の一種、ケシの実のしるをかわかしてつくる茶色の粉末)、鴉鷺(アロ=黒いカラスと白いサギ、転じて黒と白、烏鷺=ウロ=ともいう)。

コウコン=黄昏。たそがれ、夕方。








【解釈】 青い山が群がり聳えて、わが家の門に対しており、藍色に水をたたえた川は遠く源を発して流れて来る。たまたま独り立ってねぐらに急ぐカラスを数え終わるころには、いつしか川原には風がそよぎ、月が輝いて、自然とたそがれの色がただよっている。

明治書院「新書漢文大系7 日本漢詩」(P40~41)によると、「生活は苦しかったが、古学派として名を知られるようになり、肥後の細川や紀州の徳川など諸侯の招聘があっても仕えなかった。一生を市井の学者として過ごした人である」といいます。門人にはあの赤穂の大石内内蔵助良雄もいたようです。堀川の仁斎の居住風景を即興的に詠んだものだそうです。夕暮れ時にカラスの鳴き声が響き渡っている。恬淡として肩に力の入っていない詩です。

続いて息子東涯の「秋郊閑望」。何となく父親の詩と似ています。この詩も「色」の対比が上手い。

一村■■暗    一村 ソウシャ暗く
千畝■■肥    千畝 トウリョウ肥ゆ
藍水流紅日    藍水 紅日を流し
白雲住■■    白雲 スイビに住まる
■■栄願薄    セイト 栄願薄く
今古賞音稀    今古 賞音稀なり
尚愧■■在    尚お愧ずキシンの在るを
■■驚却飛    サンキン 驚きて却飛す




ソウシャ=桑柘。くわとやまぐわ。「柘」が「シャ」と読むことに注意。ここは「桑畑」の意。

トウリョウ=稲粱。イネとオオアワ。穀物一般をさす。≠棟梁、等量、投了、当量。

スイビ=翠微。もやがたちこめている青々とした山。「翠」は「みどり」。山の八合目あたりを指します。そこにはもやがちこめ、朧に見えるのです。≠衰微。

セイト=世途。世の中を生きていく方法。処世術。世路(セイロ・セロ)ともいう。≠生徒、成都、聖都。

キシン=機心。巧みにいつわる心。邪心。≠鬼神、寄進、帰心。

サンキン=山禽。山にすむ鳥。山鳥(サンチョウ)とも。≠参覲、参勤、産金、三听。









【解釈】 村は桑の木が茂って、こんもりと暗く、田ごとの稲はよく実っている。脚下には藍色に澄んだ川が日の光にきらきらと光って流れており、頭上には山の頂近く白い雲が浮かんで動かない。わたしは自然の風景を愛して、世に出て栄進を求める気持ちなどさらさらないが、さて今も昔も真の知己は稀である。それが何とも寂しい。また、わたしがやはり恥かしいと思うのは、どこかに邪心があるかもしれないことである。なんとなれば、近づくと山の小鳥がぱっと驚いて飛び去るのだから。

明治書院(P48)によると、「秋の郊外を歩きながら、一人静かに秋景色を眺めている詩。東涯の人柄がうかがえる」とあります。詩眼(詩のポイントの語)は「機心」だといいます。何かをたくらむ心。自分では知らないうちに邪心が占領している。鳥に近づくと逃げて行くのが何よりの証拠です。「周囲の敬慕にうぬぼれることなく、自分を見つめることを忘れぬ人であった。変な気負いもなく、自然でまっすぐな視線が感じられて気持ちがよい」と評しています。頸聯にある「賞音」は「伯牙と鍾子期の故事」をいいます。琴の名手、伯牙は親友である子期が死んだあと「もはや自分の音楽の理解者はこの世にいない」といって絃を絶ち、二度と演奏することが無かったのです。東涯の気持ちに当て嵌めると、栄達など望んでいないが、自分の理解者は欲しい。自然を愛でて一生を送れれば最高なのだが、邪心からも逃れられない自分がいる。なんとももどかしい。おやじ~、何とか言ってくれ~。俺はどうすればいいのか教えてくれよ、おやじぃ~。。。。おやじしか俺のことを分かってくれないのかよ~。。。。といったところでしょうか。

明治書院にたまたま紹介されていた親子の詩を並べてみたのですが、偶然とはいえ、用いている語彙も多くが重なっています。恐らく息子の方が父親を意識しているのでしょうが、父の漢詩DNAは確実に息子に伝達されました。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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