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碧巌を前に白雲に乗ってお休みなさい=家康の秋波を袖にした藤原惺窩

日本漢詩シリーズは江戸時代に突入します。明治書院の「新書漢文大系7 日本漢詩」(P4)によると、「この時期は日本漢詩の中では最も大きな高まりである。題材も作者も多岐にわたる。ただし、作者の職業は国文学(俳諧や小説)のそれと異なり、ほとんどが儒者か武士である。数多くの漢詩人が輩出しているが、彼らの学問を鍛えたのは幕府の昌平黌をはじめとする各藩の藩校であった。学問が身につくと著名な漢詩人の開いている塾で作詩を学ぶ。これが江戸の漢詩人の最もオーソドックスな道であった」と解説されています。とにかく300年近くの泰平の世が続いた時代です。近世には資料も多く残っており、紹介したい漢詩は枚挙に遑がありません。真剣にやると一年近くかかるでしょう。これでは先が持たない。焦りません。ゆっくりとは勧めますが、厳選はいたします。ほぼ7月いっぱいは江戸時代の漢詩を賞翫し、そのあとほぼ一カ月は特に幕末。幕末から明治維新期の漢詩は数多く取り上げようと思っています。

本日は藤原惺窩(1561~1619)。「近世儒学の祖」と称され、徳川家康にも儒学を進講しました。藤原定家十二世の孫。幼くして仏門に入り、学才をうたわれたが、三十二歳で還俗。儒者としての道を歩みます。中国に渡ろうとするも、奇界ケ島に漂着し思いを遂げられませんでした。しかし、「惺窩の人物と学問は時の権力者たちに大変魅力的なものであったらしく(現実に活かせる生きた学問であった)、しばしば各地の武将から招かれている」(明治書院P35)とあります。中でも最も熱心だったのが家康。惺窩自身は出仕せず、弟子の林羅山を推薦し、林家が徳川時代の官学となるきっかけともなりました。そんな惺窩が表舞台に出ることを拒む心情を読んだような詩が「山居」です。

青山高■白雲辺    青山高くソビゆ白雲の辺
仄聴■■忘世縁    仄かにショウカを聴いて世縁を忘る
意足不求■■楽    意足りて求めずシチクの楽しみを
■■睡熟碧巌前    ユウキン睡りは熟す碧巌の前


ソビゆ=聳ゆ。「聳える」は「そびえる」。棒立ちになって高くそびえる。聳懼(ショウク=棒立ちになって怖がる、竦懼=ショウク=)、聳峙(ショウジ=高くそびえたつ、聳立=ショウリツ=)、聳秀(ショウシュウ=山や建物などが高くそびえたつ)、聳身(ショウシン=身をそばだてる、からだをのばしてきっとする)、聳戦(ショウセン=身をそばだてておののく、棒立ちになっておそれふるえる)、聳善(ショウゼン=善をすすめる、よいことをするようにすすめる、勧善)、聳然(ショウゼン=高くそびえたつさま、棒立ちになっておそれふるえるさま)、聳動(ショウドウ=世の中の人の耳を驚かす、棒立ちになってふるえる、竦動=ショウドウ=)。

ショウカ→①頌歌②嘯歌③笙歌④樵歌⑤唱歌――の中から選択してください。



正解は④樵歌。きこりが木を切る時にうたう歌。「与作」の「へいへいほ~」です。樵唱(ショウショウ)、樵謳(ショウオウ)ともいいます。隠者の風情を醸し出すマストアイテムの一つです。ちなみに、①頌歌は「ほめたたえて歌う、その歌、ほめうた」②嘯歌は「声を細く長くひいて歌を歌うこと、嘯詠=ショウエイ=」③笙歌は「笙に合わせて歌う、笙の音と歌声」⑤唱歌は「主として明治初期から第二次世界大戦終了時まで学校教育用につくられた歌」。

シチク=糸竹。筝・琵琶などの弦楽器と笙・笛などの管楽器。楽器、音楽の総称。

ユウキン=幽禽。山奥の深い所にすむ鳥。普通は「幽鳥」と言いますが、ここでは恐らく平仄の関係で小難しい「禽」の字を用いていると思われます。







【解釈】 青山が高く白雲のあたりに聳えている。これに対し、かすかに響くきこりの歌を耳にすると、一切の俗世間のしがらみを忘れることができる。心は満ち足り、別に琴や笛の音はなくてもいい。ただ鳥の囀りを聞きながら、苔むした岩を前にして転寝しながら夢でも見るのが至上の楽しみではないか。

「青山」「白雲」「樵歌」「碧巌」などの語句はいかにも隠者の世界を醸し出します。惺窩は晩年、京都北部の妹背山に隠棲しました。「辺」は「ほとり」と訓む。「世縁」は「セイエン」と読み、「世の中のしがらみ」を指す。「碧巌」は「苔むしたいわお」で、お馴染み「碧巌録」の修行僧の心境も表出されています。家康ぅ?なんぼのものか。政治などという煩わしいものとはかかわりたくはないわ。きこりの歌でも聞いて世間との関係を絶ち切って、のんびりと寝て暮らすのが一番。楽器などという人為的な音よりも、自然の音、そう山深い鳥のさえずりでも聞いている方がよほど心が落ち着くのだ。儒学を世に知らしめるのは弟子の羅山にでも任せるわい。わざわざこの儂が出る幕でもないじゃろ――。そんな惺窩の本音がたっぷりと染み込んだ名詩と言えましょうぞ。


さて、オマケ、王粲の「登楼賦」の2回目です。

紛濁に遭いて遷り逝き、漫として紀を踰えて以て今に迄る。情眷眷として帰らんことを懐う、孰か憂思の任う可き。軒檻に憑りて以て遥かに望み、北風に向かいて襟を開く。平原遠くして目を極め、荊山の高岑に蔽わる。路逶迆として脩く迥く、川既に漾として済り深し。旧郷の壅隔せるを悲しみ、涕横に墜ちて禁ぜず。昔尼父の陳に在りしに、帰らんかの歎音有り。鍾儀幽われて楚奏し、荘舃顕れて越吟す。人情土を懐うに同じ、豈に窮達して心を異にせんや。


【解釈】 世の中の混乱にあい、放浪の末、空しく十二年の歳月を経て今に至った。心は望郷の思いから離れられず、帰りたいと思っている。この悲しみに耐えられるものがどこにいよう。楼台のてすりに身を寄せて遠くを眺め、北から吹く風を受けとめようと、着物の襟元を開いた。平野は目に見える限り続き、その果ては荊山の高い峰々に隠れている。彼方へ続く道は、うねうねと永く続き、その間に横たわる川は深く、渡りがたい。故郷への道が閉ざされていることを思えば、涙がむやみに流れ落ち、とどめることもできない。その昔、孔子は陳の国にいたとき、魯に帰りたいと嘆いたという。鍾儀は異郷で捕虜となっても、故郷の楚の楽を奏したし、荘舃は他国で出世をしても、故郷の越の歌を口ずさんだ。故郷を懐かしむ心は、だれでも同じこと。たとえ困窮していても栄達していても変わりはないのである。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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