スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ブッポーソーと啼くのは仏法僧なの?=空海の悟り

やっぱ漢詩。日本人の漢詩を味わいましょう。そもそも、いわゆる「漢詩」なる言葉は中国人が編み出したわけではありません。いや、元来、漢詩と言えば「漢代」の詩のことを指しています。この時代はむしろ「賦」が全盛期であり、「詩」はその他の文体の一つでした。その後、唐代に全盛期を迎えたと言っていいですが、それは「詩」です。敢えて漢詩などという人は誰もいなかったでありましょう。漢字と共に詩が日本に輸入されて、それが「漢詩」と銘打たれた。つまり、「漢字で綴った詩」のこと。それが日本国の知識人の間で熟れて行く中で「中国ふうの詩」や「からうた」と呼ばれるようになります。和歌に対する呼称です。

大陸(中国)文化の伝来の中でも最大の影響力を与えた文字であるところの漢字。日本人が平仮名を編み出したのも漢字があってのことです。音声としての言葉はあったもののオリジナルな文字は持っていなかった。陸機が「文賦」を書くことができたのも文字を持っていたからです。日本人がその思いを書きとどめることができたのも文字を得たからです。言い換えれば、文字を持つ以前の思いは何処にも記録が無い。つまり、思いが「存在」しなかったとしか言いようがないのです。その文字を使った文章の表現方法の一つに漢詩がありました。

このblogでテキストとすることの多い、お馴染みの明治書院「新書漢文大系」シリーズにも「7 日本漢詩」(猪口篤志著、菊地隆雄編)があります。その冒頭に掲げた「日本漢詩について」(同書P3~4)によると、漢詩は「漢字の特性を最大限に生かした芸術である。もとよりその主な作者は中国人である」との基本定義が示されています。そして、日本では「いくつかの高まりをみせながら長い間作られ続け、日本の時事や日本人の心情を映す重要なジャンルであった」といい、続けて「それが正当な評価を受けてこなかったとは昨今よく言われるところである」。

時折しもNHK大河ドラマ「龍馬伝」が放送されていますが、幕末の勤王志士や佐幕派の武士たちはいずれも教養として漢詩を詠んで残しています。「文学的には価値が劣る」との評価もあるのはやむを得ないところですが、時代が大きく動いた中で迸った日本人の魂の叫びが投影されているとも言え、読む者の胸を打ちます。そして、同書は「今や日本の漢詩は遠い時代の遺物になろうとしている。こうした時期にこそ優れた作品を読み、漢詩の面白さを再認識し、新たな漢詩の高まりを作ることが求められているのではないだろうか。幕末を扱った小説はよく読まれる。龍馬と共に涙を流し激論した人々の漢詩が、面白くないはずがない」と、日本漢詩への愛情がたっぷりと込められた筆勢で結んでいます。

迂生もそう思います。古人之糟魄を嘗める弊blogはこれまでも日本漢詩を断片的に賞翫してきました。中国との懸け橋でもあるとの思いと共に体系的に味わいなおしてみましょう。さすがに本家本元に比べると「質的」には一枚も二枚も落ちるのは否めませんが、「日本人らしい漢字の詩」として見直すのも乙ではないか。漢字学習にも最適であることはいつものように最後に付記しておきます。

同書は、日本漢詩について、①奈良・平安期②鎌倉・室町期③江戸期④明治維新後――の4つの時代区分で概観しています。

まずは①奈良・平安期。一発目は空海の「後夜聞仏法僧鳥」(後夜仏法僧鳥を聞く)。「性霊集」に所収されている作品です。七言絶句。さすがに仏教臭が芬々とします。


閑林ドクザす草堂の暁

サンポウの声一鳥に聞く

一鳥声有り人心有り

声心雲水俱にリョウリョウ


閑林■■草堂暁

■■之声聞一鳥

一鳥有声人有心

声心雲水俱■■








ドクザ=独坐。ただひとりで座っている。転じて、おごり高ぶっていて相手にしないこと。ここはもちろん前者の意味ですが、空海自身が俗世に塗れた後者の気持ちを持つことを戒めている含意もあるかもしれません。「独~」の熟語では、独往(ドクオウ=俗人とつれずに、ひとりで行く)、独擅(ドクセン=ひとりでほしいままにする)、独擅場(ドクセンジョウ=その人だけが活躍する場所、ひとり舞台、「擅」を「壇」と誤りが流布して、俗に「ドクダンジョウ」(独壇場)とも読むようになりましたが、これは覚えない方が賢明でしょう。お里が知れますよ。独知之契(ドクチのケイ=相手に知らせないで、自分だけがそのつもりになっていること)、独酌(ドクシャク=ひとりで酒を飲むこと、独侑=ドクユウ=)、独楽(ドクラク=自分一人でたのしむ、ただそれだけをたのしむ、日本の熟字訓では「こま・こまつぶり」)。独立不慚于影(ドクリツするもかげにはじず=ひとりでいても、他人に見られて恥かしいような振る舞いはしない、「影」は「自分の影」)、独活(ドッカツ、うど=ウコギ科タラノキ属の多年草)、独行(ドッコウ=ひとりでいく、自分の考え通りに行う、他人の力をかりないで自分の力だけで行う)、独歩(ドッポ=他に匹敵する者がないほどすぐれた者、ひとりで歩く、他人の助けを借りないで自分一人で行う)。

サンポウ=三宝。仏教の世界で得難い大切な三つの物ということで、仏・法・僧をいう。また、孟子では大切にすべき三つの事物として「世の中を治めるさいの土地・人民・政治」をいい、老子では「生きていく時に慈悲深いこと、倹約すること、でしゃばらないこと」をいう。いずれも「三方、三法、三報、三峰」ではないので要注意。大事な大事な「たから」です。

リョウリョウ=了了。あきらかではっきりしているさま。瞭瞭でもいいかもしれません。了恕(リョウジョ=事情に同情してゆるす、了当(リョウトウ=すっかりおわる、完了する)。



【解釈】 静かな林の中、暁の草堂の中に独り座っていると、どこからともなく仏法僧、仏法僧と鳴く鳥の声が聞こえてくる。鳥は無心に鳴いているが、人には感ずる心があって、何ともありがたく思われる。この鳥の声と人の心とが感応し、またこの霊山の雲水と融け合って、一切真如の実相が明瞭に感得されるのである。

場所は高野山。詩題にある仏法僧は「コノハズク」。「ブッポーソーと啼くと思われていたが、実際にそう啼くのはコノハズクだと分かり、“姿の仏法僧”と呼ばれている」(漢検漢和辞典)とあります。いわゆる「ブッポウソウ」と呼ばれる鳥は別にいて夏鳥として渡来し、林に住む。「ギャーギャー」「ゲッゲッ」とうるさく鳴く。空海は霊山である高野山に籠り、コノハズクの鳴き声があたかも、「仏宝」(釈迦)、「法宝」(釈迦の教説)、「僧宝」(僧侶)と語らいかけて来るかのように聞こえたのでしょう。

以前、漢検1級の試験を受けたとき明治期のジャーナリスト、紀行文家の遅塚麗水の「幣袋」のが文章題に出題され、仏法僧が鳴くシーンが登場していたのを思い出しました(既にして思案駕籠に載せられて来る、共に浴室に赴く、大釜を浴地となす、膝を抱いて坐するも湯は腰の没するに過ぎず、竹筧水を引いて槽に落す、濺々として縷のごとし、僅かに塵垢を洗ひ去りしといへども、既に浄地に在りて心身自から清和、雛僧、膳を進む、豆腐、椎茸、芋、筍子、而も調味の妙を見る、一陶の盤若湯を乞うて而る後飯す、思案は別に粥を求めて啜る、太静、太寂、相対して隻語なし、山気水のごとく座に入り来る、人間は今や盛暑、山中既に秋意の浩蕩として動くを覚ゆ、共に衾を擁して臥す、障子を隔てゝ前栽の筧水鳴りて琴筑の如し、夜闌けて夢覚むれば、仏前に経を読むの僧あり、磬を打つ余韵嫋々として低迷す、起つて障子を推せば月正に天心、中庭白うして水のごとく、岫雲凝つて流れず、風樹も亦た声を収む、夜気陰森のうちに彷彿として仏法僧の啼くを聞く、端りなく上田秋成の雨月物語にあるところ仏法僧の文を想ひて、結跏して禅を修すれば心境一致、寂莫して寤寐の中に在ること幾時かを知らざりき、
)。

さらに、斎藤茂吉の小説に「仏法僧鳥」というのがあり、「運好くば聴ける、後生の好くない者は聴けぬ。それであるから、可なり長く高野に籠つたものでも、つひに仏法僧鳥を聴かずに下山する者の方が多い。文人の書いた紀行などを読んでも、この鳥を満足に聴いて筆をおろしたものは尠いのであつた。」(青空文庫)とある。ブッポウソウ、もといコノハズクの鳴き声をリンクしておきます(仏法僧の鳴き声)。確かに「ブッポーソー」って啼いてますね。上田秋成の「雨月物語」にも「仏法僧」が登場すると遅塚が言っています。いつか探してみましょうか?

いずれにしましても、斎藤茂吉も遅塚も上田秋成も、そして空海も聴いたという「ブッポーソー」の鳴き声の持ち主は木の葉木菟(コノハズク)なのです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。