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言葉が浮いてしっくりこないならクールダウンを=陸機「文賦」15

陸機の「文賦」シリーズ(明治書院「新書漢文大系26・文選<賦篇二>」)の15回目です。文章の失敗例はさまざま。陸機自身の「体験」から来るものばかりです。ここでは、ぽつんと浮いた文・字句(前回のように飛び抜けて秀でているものではない)をいかにして扱うか?聊か長いので三回に分けます。流れが分断されますが、ご容赦を…。

或いは言を短韻に託し、1)キュウセキに対して独り興る。俯しては2)セキバクとして友無く、仰ぎては3)リョウカクとして承くる莫し。偏絃の独り張るれるに譬う、清唱を含めども応ずるア)し。或いは辞をイ)瘁音に寄せ、徒に言を靡にして華ならず、ウ)妍蚩を混じて体を成し、良質をエ)ねてオ)を為す。下管の偏に疾きにカ)る、故に応ずと雖も和せず。

1)キュウセキ=窮迹。行き詰まった足あと。つまり、袋小路か行きどまりに追い込まれている状態をいうか。休戚、旧蹟、旧迹、穹石、九隻ではありませんが、辞書には掲載が無い言葉です。「窮」は「きわまる」、「迹」は「(あし)あと」。窮巷(キュウコウ=むさくるしげな場末のまち)、窮海(キュウカイ=遠い海、遠い辺鄙な土地)、窮陰(キュウイン=陰気のきわまったとき、冬の末のこと)、窮裔(キュウエイ=きわめてへんぴな土地)、窮居(キュウキョ=貧乏暮らし)、窮人(キュウジン=貧乏で、生活に苦しんでいる人、卑しい身分の人)、窮賤(キュウセン=貧乏)、窮廬(キュウロ=貧乏住まい)、窮民(キュウミン=貧乏人)、窮髪(キュウハツ=きわめて遠くへんぴで草木の生えない土地、不毛の土地)。事迹(ジセキ=物事の歴史)、迹状(セキジョウ=人の行いやありさま。やった仕事ぶり、行迹)、不践迹(あとをふまず=先人のやり方に従わず、全く自分独自のやり方で事を行う、論語「先進」が出典)。

2)セキバク=寂莫。ひっそりして静かなさま。寂寞・寂漠とも書く。「ジャクマク」の読みもOKです。ただし「ジャク」だと呉音でやや仏教臭が漂います。寂念(セキネン=しんみりと静かに思う、ジャクネン=悟りの境地(静寂)を目指す心)、寂寥(セキリョウ=音も無く人影も無く、ひっそりとしているさま、寂歴=セキレキ=)、寂寂(セキセキ=ひっそりと静かなさま、寂爾=セキジ=、寂然=セキゼン=、寂如=セキジョ=、寂乎=セッコ=、ジャクジャク=この世の人間的な欲望や悩み・苦しみなどから離れて、悟りを開いた境地)。

3)リョウカク=寥廓。なにもなくてうつろである。むなしいほどに大きい。「寥」は「さびしい」とも訓み「うつろである」の意。「リョウたり」と読めば、「すきまだらけで詰まっていないさま、まばらなさま、がらんとしているさま」。寂寥(セキリョウ=↑)、寥落(リョウラク=落ちぶれたさま、荒れ果ててさびしいさま)、寥亮(リョウリョウ=声や音が澄んだ音色で響き渡るさま、寥戻=リョウレイ=)、寥寥(リョウリョウ=うつろでひっそりしているさま、空虚なさま、数が少ないさま)。

ア)靡し=なし。漢文訓読用法で「ない」と訳す。否定の意。「無」に同じ。音読みは「ビ」。「なびく」「なびかす」とも訓む。靡敝(ビヘイ=おとろえる)、靡曼(ビマン=きめこまかで柔らかく美しいこと)、靡爛(ビラン=ただれてぼろぼろになる)、靡麗(ビレイ=はなやかで美しい)。

イ)瘁音=スイイン。つかれた音。「瘁」は「つかれる」「やつれる」とも訓む。焦瘁(ショウスイ=やつれる)、尽瘁(ジンスイ=心を尽くして苦労する)、瘁瘁(スイスイ=やつれはてるさま)。

ウ)妍蚩=ケンシ。美しいことと醜いこと。これまで何度も出ている。復習です。

エ)累ね=かさね。「累ねる」は「かさねる」。他の物事をかさね加える。「積」が同義。累次(ルイジ=災難などが連続して何度もおこること)、累葉(ルイヨウ=何代も続くこと、代々、この「葉」は「時代」、累代=ルイダイ=、累世=ルイセイ=)、挈累(ケイルイ、ルイをたずさう=足手まといになる妻や子供たちを連れる)。

オ)瑕=カ(きず)。玉の表面についたきずや、ひび。また、それがあるさま、欠点のあるさま。瑕穢(カアイ=きずと汚れ、転じて、欠点)、瑕瑾(カキン=欠点)、瑕釁(カキン=あやまち、すきま、人に対するうらみ)、瑕疵(カシ=宝玉のきず、欠点)、瑕適(カテキ=宝玉の傷、欠点、瑕謫=カテキ=)、瑕瑜不相揜(カユあいおおわず=欠点も美点もありのままにしておいて隠さない)、瑕尤(カユウ=ちょっとした欠点と、あやまち)、匿瑕含垢(トッカガンコウ、きずをかくしあかをふくむ=美しい玉にもきずが中にかくされており、悪いあかがある、すこしの欠点があっても人としての立派さを損なわないたとえ)。

カ)象る=かたどる。かたちを似せる、なぞらえる。音読みは「ショウ」(「ゾウ」は呉音)。象形(ショウケイ=物の形をまねてかたどること)、象魏(ショウギ=宮城の門、象闕=ショウケツ=)、象繋(ショウケイ=「易経」の、象伝と繋辞伝のこと、いずれも「周易」の十翼の一つ)、象胥(ショウショ=周代の官名、通訳官)、象人(ショウジン=人の形に似せる、ひとにかたどる)。


或託言於短韻,對窮迹而孤興。俯寂寞而無友,仰寥廓而莫承。譬偏絃之獨張,含清唱而靡應。或寄辭於瘁音,徒靡言而弗華。混妍蚩而成體,累良質而為瑕。象下管之偏疾,故雖應而不和。



ある場合は、短い言辞による表現が、発展性も無いまま孤立している。下文に対応する箇所はなく、上文から継承するところもない。弦が一本だけ張られた楽器のようなもので、音色は清らかかもしれないが、対応するものは無い。ある場合は、疲れ衰えた調子の文であり、うわついているばかりで輝きが無い。美しい語と醜い語が混じって構成されているので、良い部分が多くても、結局は欠点が目立つ。下管の音楽がやたらに速いのに似ている。対応するものは有っても、調和するものは無い。

「俯寂寞而無友,仰寥廓而莫承」――。突出しているというよりは浮いている一文。楽器に喩えるならば、弦はたったの一本しかない。音色は平坦で唱和する楽器もなく変化に乏しい。一本調子で平凡。「混妍蚩而成體,累良質而為瑕」――。いい言葉悪い言葉が混在している一文。どんなにいい字句があろうとも欠点となっている。唱和する楽器はあるが、全然調和していない。一人勝手に進行する。難しいですが、日常茶飯事で起こりうる事象です。いい文章を書きたいという思いが強いほど、言葉や文が上滑りしてしまう。空回り。こんな時は焦らないことです。一旦頭をクールダウンして、もう一度自分の書きたいことを整理するのがいい。言葉は後から付いてくるくらいに鷹揚に構えた方がいい。言葉が足りないならば、古の文章を熟読玩味しましょうよ。書きたいこととどう書くかは分断されても仕方ないと考えます。迂生はそう思います。陸機さんはどうでしょうか。この問題の対処法はまだ先に続きます。次回にて。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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