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書いたらパクるな! パクるなら書くな!!=陸機「文賦」13

陸機の「文賦」シリーズ(明治書院「新書漢文大系26・文選<賦篇二>」)の13回目です。文章執筆上の失敗のその三はずばり「パクリ」の問題には厳しく律するべきであるということです。前回、現代社会で横行する安易なる“コピペ文化”に対して警鐘を鳴らしましたが、陸機はさらに上を行きます。

或いは藻思ア)のごとくに合い、清麗千眠たり。炳たること1)ジョクシュウの若く、悽たること繁絃の若し。必ず擬する所の殊ならざれば、乃ち闇にイ)曩篇に合す。予の懐に2)チョジクすと雖も、ウ)佗人の我に先んずるをエ)る。苟くも廉を傷りて義にオ)えば、亦愛むと雖も必ずカ)つ。

1)ジョクシュウ=縟繡(縟繍)。たくさんの色を使った、手の込んだししゅう。「縟」は「こってりした模様」の意。「こみいっているさま、ねばっこい」の意もある。縟礼(ジョクレイ=込み入ったわずらわしい礼儀作法、繁文縟礼=ハンブンジョクレイ=)。

2)チョジク=杼軸。機織りの際に、横糸をのばし出して来る糸巻きの回転する中心部のこと。「杼」は「ひ」。ここは比喩的な表現で、自分の胸の内で紡いだ文章、言葉のことを指している。

ア)綺=あやぎぬ。「あや」とも訓む。いろいろと曲がった模様を織り出した絹織物。綸子のたぐい。「うつくしい」「きらびやか」とも訓む。音読みは「キ」。綺雲(キウン=あやぎぬのように美しい雲)、綺語(キゴ=詩文などで用いるうつくしいことば)、綺縞(キコウ=あやぎぬと、ねりぎぬ。うつくしい織物やうつくしい衣服のこと、貴族や金持ちの着物)、綺食(キショク=手が込んで贅沢なおいしい食べ物、ごちそう、美食)、綺疎(キソ=うつくしい模様をきざみこんだ彫刻、綺疏)、綺窓(キソウ=模様で飾った窓)、綺靡(キビ=あでやかなうつくしさ、綺美=キビ=)、綺羅(キラ=あやぎぬと、うすぎぬ、転じて、うつくしい着物)、綺楼(キロウ=うつくしい高殿)。

イ)曩篇=ドウヘン。先き書かれた書物。「曩」は「さき」「さきに」。曩日(ドウジツ=さきごろ、曩昔=ドウセキ=、曩時=ドウジ=、曩者=ドウシャ=)、曩祖(ドウソ=先祖、祖先)。

ウ)佗人=タニン。他人。「佗」は「ほかの、よそもの、かれ」の意。「他」が同義語。「わび」と訓めば、「静寂の趣を楽しむこと、茶道や俳句で、理想とした趣のこと」。

エ)怵る=おそる。「怵れる」は「おそれる」。心が何事かにとらわれて心配である、気にかかる。「怵然」(ジュツゼン=気がかりでひやひやするさま)、

オ)愆えば=たがえば。「愆う」は「たがう」。物事の本道から横にはみ出る。「愆ち」は「あやまち」。愆尤(ケンユウ=あやまち、失敗)、愆怠(ケンタイ=失敗したり怠ったりする)。

カ)捐つ=すつ。「捐てる」は「すてる」。不要な部分をすてる、また、取り除く。音読みは「エン」。捐官(エンカン=金品を収めて官職を得ること、また、そうして得た官職)、捐館(エンカン=カンをすつ=やかたをすてる、身分の高い人が死ぬこと)、捐棄(エンキ=すてさる、棄捐=キエン=)、捐身(エンシン=身を捨てる、忠義のために死ぬ、捐軀=エンク=)、捐生(エンセイ=生命をすてる、捐命=エンメイ=)、捐瘠(エンセキ=すてられて飢え、やせおとろえること、捨て子や植えて痩せた乞食)。


或藻思綺合,清麗千眠。炳若縟繡,悽若繁絃。必所擬之不殊,乃闇合乎曩篇。雖杼軸於予懷,怵佗人之我先。苟傷廉而愆義,亦雖愛而必捐。



第三は、次のような場合。修辞と発想が綾模様を織り成し、華麗に輝いている。鮮明な刺繍のようでもあり、心を揺り動かす琴の音のようでもある。そんな文章であっても、描写の対象が特別な物でない限り、期せずして古人の文と一致することがある。自らの心中で織り上げたものであっても、他人が先んじていないかどうかは、常に心配なところである。もしも、偶然に一致してしまったならば、自らの潔癖さを損なう恐れがある以上、いくら惜しくても捨て去らねばならない。

「必所擬之不殊,乃闇合乎曩篇」――。折角の文章も偶、古の文章と同じになってしまったら…。さまざまな修辞を凝らして自分の思いを表現しても先にやられてしまっていることは仕方がないのです。この点に於いて、先に生まれた者の方が有利であるのは当然です。先に書いたもん勝ちですから。。。「雖杼軸於予懷,怵佗人之我先」――。自分のオリジナルなものであっても、先人が先に書いてしまっているのではないかと常々不安で仕方がないと陸機は殊勝なコメント。謙虚ですなぁ。。いや、弱気とも言えるか?そして、言います。「苟傷廉而愆義,亦雖愛而必捐」。なんと、偶然であっても、絶対に盗作したのではないと自信があっても、人から疑われる怖れが聊かでもあるとするならば、潔く諦めなさい。つまり、その文章は世の中に発表してはならないというのです。この潔癖性は何でしょうか。後から生れた者の宿命なのでしょうか。所詮、先人と同じ発想しかできないレベルであるなら、まだまだ精進が足りないということでしょうか。厳しく身を律する陸機には驚歎ですね~。李下に冠を正さず。瓜田に履を納れず。悪木盗泉。上海万博のテーマ曲をめぐるかの作曲家に爪の垢でも煎じて飲ませたい。お宅の国の大先輩に斯くも潔い文人がいるのですよ。どうしてその遺伝子がないのですか。偶然でも捨てろというのに、臆面もなくパクッてしまう態度に唖然失笑してしまいますよ。人間の才能は、高みを目指して貪欲であれということでしょう。文章を書く上では、猿真似は「死」を意味するのだ、ぐらいの悲愴な覚悟が必要です。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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