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燥いた吻が濡れた筆に転じ文章が流れ出るのだ=陸機「文賦」6

陸機の「文賦」シリーズ(明治書院「新書漢文大系26・文選<賦篇二>」)の6回目です。文筆業をいう「操觚」は「文賦」のここのくだりが出典です。詳しくは字句の注釈に譲りますが、新聞・雑誌のジャーナリズム業界のことを「操觚界」といいます。ぜひとも習得されてください。漢検を受けようという人には基本語彙であるばかりか、中国古典を玩わう上でも欠かせない言葉です。

澄心をア)くして以て思いを凝らし、衆慮をイ)かにして言を為す。天地を形内に籠め、万物を筆端にウ)く。始めは燥吻に1)テキチョクし、終には濡翰に流離す。理は質を扶けて以て幹を立て、文は条を垂れて繁を結ぶ。信に情貌のエ)わざる、故に変ずる毎に顔在り。思い楽しみに渉れば其れ必ず笑い、方に哀しみを言いて已に歎く。或いは2)を操りて以て3)ソツジたり、或いはオ)を含みてカ)邈然たり。

1)テキチョク=躑躅。いっては止まり、いっては止まりして進まない。「躑」は「短い距離だけ、つっと、まっすぐ進む」。「躅」は「じっと、たちどまる」。跼躅(キョクチョク=かがんだり、足がつかえたりして、行き悩むさま)。

2)コ(ふだ)=觚。文字を記した方形の木。木の棒を六面や八面に整形して文字を記した。觚牘(コトク=文字を記した木の札、簡策=カンサク=、転じて、文章・書物)、操觚(ソウコ、コをとる=文章をつくること)。操觚者(ソウコシャ=物書き、作家、ジャーナリストなど文筆業に携わる人)、操觚界(ソウコカイ=新聞や雑誌の世界、文筆業者の社会)。「觚」は「さかずき」の意味もあります。

3)ソツジ=率爾(卒爾、卒而)。にわかに物事がおこってあわただしいさま。「率」は「はっと急に引き締まるさま」。率然(ソツゼン=にわかなさま、あわてるさま)、率土之浜(ソットのヒン=陸地のぎりぎりのはてまで全部、広く天下にわたって、「浜」は地の果て)。

ア)罄くして=つくして。「罄くす」は「つくす」。「罄きる」(つきる)が原型。物がつきてからになる。音読みは「ケイ」。罄尽(ケイジン=すっかりなくなる、罄竭=ケイケツ=)、罄輪(ケイリン、ケイジュ=ありったけを差し出す)。もとは「むなしい」の意で「うつわの中がからっぽになっているさま」をいう。もちろん配当外漢字。

イ)眇かに=はるかに。遠くかすかな、はるかかなたに及ぶ。「渺」にあてた用法。音読みは「ビョウ」。眇遠(ビョウエン=奥深く遠い)、眇然(ビョウゼン=高遠なさま)、眇眇(ビョウビョウ=遠いさま、長いさま)、眇芒(ビョウボウ=はるかにかすんでよく見えないさま、渺茫=ビョウボウ=)。

ウ)挫く=くじく。ざくんとへし折る、途中でぎざぎざに折れる。音読みは「ザ」。挫衄(ザジク=勢いを失って敗れる)、挫傷(ザショウ=くじいて傷つく、物事がくじけてだめになる)、挫折(ザセツ=物事が途中でためになる、物事がだめになって途中でやめる)、挫北(ザホク=勢いを失ってにげる、挫敗=ザハイ=)。

エ)差わざる=たがわざる。「差う」は「たがう」。表外訓み。同じにそろわない、じぐざぐになる、等級をつける。対義語は「斉」(セイ、ととのう、そろう)。音読みは「サ」。差錯(ササク=じぐざぐになる、入り乱れる)、差等(サトウ=等級の違い、順序によって等級の区別をする)。「たがう」はほかに、「違う、爽う、繆う、靠う」。

オ)毫=ふで。筆。筆の穂は細いけでつくることから。もとは「け」。長く伸びたけ。ごくわずかなもののたとえ。音読みは「ゴウ」。毫繊(ゴウセン=非常に小さいものの譬え)、毫楮(ゴウチョ=筆と紙、紙筆、「楮」は「こうぞ(紙の原料)」、毫素=ゴウソ=)、毫髪(ゴウハツ=細い毛すじ、ほんのわずかであること)、毫芒(ゴウボウ=毛と、のぎ、微細なもののたとえ)、毫末(ゴウマツ=毛の先端、ほんのわずかであること)、毫毛(ゴウモウ=細かい毛、ほんのわずかであること)、毫釐(ゴウリ=ほんのわずかであること、「一釐」は「一毫」の十倍)、毫釐之失差以千里(ゴウリのシツたがうにセンリをもってす=初めはほんのわずかな違いでも、終わりには大きな違いとなる)。

カ)邈然=バクゼン。ぼんやりとかすんださま、とおくてとりとめのないさま。「邈」は漢検配当外。↑の「眇」と同義の語です。とおい、はるか。「あなどる」の訓みもあり、「邈視」(バクシ=軽視する)がある。


罄澄心以凝思,眇衆慮而為言。籠天地於形內,挫萬物於筆端。始躑躅於燥吻,終流離於濡翰。理扶質以立幹,文垂條而結繁。信情貌之不差,故每變而在顏。思涉樂其必笑,方言哀而已歎。或操觚以率爾,或含毫而邈然。



【解釈】 心を澄みきらせて思いを凝らし、精妙な考えを尽くして、言葉を作っていく。こうして、無限の天地を、有形の文章に押し込め、森羅万象を、筆先で征服する。始めのうちは、口が乾いてうまく言えなかったことも、最後には、濡れた筆から、流れ出すように書き記される。文章を作る場合、理が質を助けて、中心の幹となり、文が枝葉となって、まわりに生い茂っていく。ところで、人の内面と外貌というものは、誠に切り離せないものであり、心の変化は必ず顔に表れる。楽しいことを考えれば、思わず笑いたくなるし、悲しいことを述べようとすれば、いつの間にか嘆息している。木の板を手にして、すらすらと書けることもあれば、筆をくわえたまま、茫然としていることもある。

文章を書く際には精神集中が必要です。さまざま浮かぶ思いや考えを言葉として紡ぐ。思いは無限です。ところが言葉にすれば有限。前回も言及しましたが、ぴったりと当て嵌まる言葉にはなかなか出合えないのが現実。何度も何度も言葉を置き変え推敲することが求められる。「始躑躅於燥吻,終流離於濡翰」の対句は成る程、かわいた唇から出る言葉を言い淀んでいたのが、いつの間にかしっとりとした筆から鮮やかな言葉がしたためられているという。そんな時ってありますよね。文章家にとっては最高のエクスタシー。何回に一回あるかどうかの確率でしょうか。しかも、毎回毎回出合えるはずがない。喜怒哀楽の表情を見せながら、出合っては別れを繰り返す。すらすら行ったかと思えば、次の瞬間はつまずき茫然とたたずむしかないこともある。常に高い目標を目指しながらも、現実と理想の懸隔に悩み、戸惑い、自信を失い、自身を失う。それでも高みへ高みへと進んで行く覚悟だけは持ち続けたいところです。何であれ、自分の思いを書き続けましょう。下手糞でもいいから。。。。陸機に励まされますね。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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