スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

出来得るなら「虎變而獸擾」ような文章が書きたい!=陸機「文賦」5

陸機の「文賦」シリーズ(明治書院「新書漢文大系26・文選<賦篇二>」)の5回目です。如何にしてオリジナルな文章を書いたらいいのか。順番に一つずつ解き明かしていきます。まずは、意味と言葉の配置、いろんなさまざまな言葉を「叩く」ことを勧めます。

然る後義を選びて部を按じ、辞を考えて班に就く。景を抱く者は咸叩き、響きをア)く者は畢く弾ず。或いは枝に因りて以て葉を振るい、或いは波に沿いて源をイ)ぬ。或いは隠に本づきて以て顕に之き、或いは易きを求めて難きを得。或いは虎変わりて獣ウ)れ、或いは竜見れて鳥エ)る。或いはオ)妥帖にして施し易く、或いはカ)岨峿して安からず。

ア)懐く=いだく。ふところにする。「胸にかかえこむ、心の中におもいをいだく」の意。懐玉(カイギョク=玉をいだく、よい素質を持っていること)、懐弐(カイジ、ジをいだく=ふたごころをいだく、謀反を起こそうとする考えを持つ)、懐羞(カイシュウ=はじらいの心をいだく)、懐春(カイシュン、はるをおもう=恋心をいだく、女子が結婚したいとおもうこと)、懐宝(カイホウ、たからをいだく=宝をいだき持つ、才能があるのに、用いられないことのたとえ)、懐玉其罪(たまをいだいてそれつみあり=貴重なたまを持っているために、わざわいを受け、罰せられる結果になる、身分不相応な物をもっているとかえって災いを招くこと)。

イ)討ぬ=たずぬ。「討ねる」は「たずねる」。表外訓み。すみずみまでまんべんなく詳しくしらべる、ていねいにしらべる。討究(トウキュウ=物事の道理を、すみずみまで奥深くたずねしらべる、討求=トウキュウ=、討窮=トウキュウ=)、討春(トウシュン、はるをたずぬ=春のけしきを見るために、あちこちをたずねおとずれる、尋春=ジンシュン=)、討飯(トウハン=食物をこい求める、またその食物)、討問(トウモン=すみずみまでたずね問う、詳しく調べる、討尋=トウジン=)。

ウ)擾れ=みだれ、なれ。「擾れる」は「みだれる」あるいは「なれる」。ずるずるとかき回す、うるさく邪魔してみだす、なれる。音読みは「ジョウ」。擾化(ジョウカ=ならして感化を与える)、擾擾(ジョウジョウ=ごたごたとみだれるさま、柔らかなさま)、擾攘(ジョウジョウ=さわぎみだれるさま)、擾民(ジョウミン=民衆をならして従える)、擾乱(ジョウラン=みだれ騒ぐ、みだす)。

エ)瀾る=みだる。これはやや宛字訓みっぽい。通常は「なみ」。「漣」が「さざなみ」で「瀾」は「おおなみ」と使い分ける。このおおなみから「みだれる」のニュアンスを引きだしたものと思われます。音読みは「ラン」。瀾汗(ランカン=大波のうねるさま)、瀾波(ランパ=大波、瀾濤=ラントウ=)、瀾翻(ランポン=波などのひるがえるさま、勢いのよいさま、次から次へと考えや言葉が湧き出てくるさま)、瀾漫(ランマン=あふれてしたたるさま、ばらばらに分散するさま、乱れあふれるさま)、瀾瀾(ランラン=涙の流れるさま)。「おおなみ」はほかに「淌」もある。

オ)妥帖=ダチョウ・ダジョウ。ぴったりとしてぐあいがよい、穏やかに落ち着いている。妥貼ともかく。「鴕」は「駝鳥」です。「妥」は「おだやか」の表外訓みがあり。「帖」は「さだまる、さだめる」とも訓み、「あるべき所に落ち着く、一つのことに腰を据えて落ち着く」の意。帖妥(チョウダ=気持ちを落ち着かせる、安らかにおさまる)、帖黄(チョウコウ=詔勅を改めること、貼黄とも)、帖耳(チョウジ=耳をたれる、あわれみを請うさま→俛首帖耳=フシュチョウジ=)、帖息(チョウソク=安心して落ち着く、安堵=アンド=)、帖帖(チョウチョウ=ゆったりと落ち着くさま、ついて離れないさま、垂れ下がるさま、帖然=チョウゼン=)、帖伏(チョウフク=耳を垂れて伏す、従順なさま、憐れみを請い人の気に入るようにするさま、帖服=チョウフク=)。

カ)岨峿=ソゴ。ちぐはぐで食い違うさま。齟齬(ソゴ)と同義と言っていいでしょう。「岨」は「いしやま」「けわしい」「そば」とも訓む。「峿」は漢検配当外漢字で「ぎざぎざで平らでないさま」。


然後選義按部,考辭就班。抱景者咸叩,懷響者畢彈。或因枝以振葉,或沿波而討源。或本隱以之顯,或求易而得難。或虎變而獸擾,或龍見而鳥瀾。或妥帖而易施,或岨峿而不安。



【解釈】 次の段階としては、文章の内容を選び定め、段落を考え、言葉を考え、言葉を練って、配置する。その際、形あるものはすべて叩き、音を出すものはすべて弾いてみなければならない。文章の組み立てとしては、枝の先に葉を茂らせるものもあり、下流から源へ遡るものもある。不明瞭なものが次第に明らかになる形もあり、平易なことから難解なことに及ぶ形もある。虎が姿を現したために、獣が平伏すような構成(一つの優れた文句で全体がまとまる構成)もあれば、竜が飛び立ったために、鳥たちが乱れ騒ぐような構成(一つの目立つ文句が全体の調和を乱す構成)もある。ぴったりと落ち着く表現もあれば、すんなりとは収まらない表現もあるのだ。

「義」は文章の内容、意味のこと、「部」は段落を表しています。「辞」は言葉、「班」は言葉の配置をいいます。「景」は形で、「響」は音のこと。陸機はかなり綿密に文章法を述べています。ただ単に心の感動を書けばいいというものではない。細心の注意を払って言葉を選び文を列ねる。言葉は何度も何度も推敲を重ねて相応しい物を選びとる。音が出るものならすべて音を奏でて見なければならない。絶対にこの言葉でいいとは限らない。いろいろ言い換えてみるということです。ばちっと決まったように見えても実はしっくりいっていないことは多い。もっとほかにいい言葉があるはずだ。これでいいとは言えない。常に上を目指せ。

木の根元からだんだんと枝葉末節に向かう文章。新聞記事がいい例でしょう。見出しをばちっと決めて、5W1Hのリードを書く。所謂、逆三角形の文章スタイルです。リードが決まればあとはどんどん羅列的にパーツを繰り出していけばいい。かと思えば、細部から始めて次第に大元を論じる文章もある。読者にはおやと思わせて実は大所高所に至るのです。小説なんかはこの類か。

「本隱以之顯」は演繹の文章で、一般的な原理から特殊な原理を論理によって導き出す。「求易而得難」は帰納の文章で、具体的事実から共通点を求めて、一般的な原理や法則を導き出す。

「虎變而獸擾」は名文句が際立ち、他の文がそれの引き立て役に回る文章です。名文句が全体を引き締めてメリハリの利いて読みやすい。「龍見而鳥瀾」は、一つの文が余りにも突出、突拍子もないので全体的にしまりがない文章です。一つの文が浮いてしまって読みにくい。「妥帖」と「岨峿」は対義語ということになります。

文の連続性がぴったりと落ち着く文章と、全体がバラバラで締まらない文章。論旨が一貫した明快な流れるような文章と、あっちふらふらこっちふらふらの不安定な文章。どちらがいいかは自ら明瞭ではありますが、かと言って実際に書くのは困難であることは論を待たない。こうしてロジックで言えばそうですが、じゃあ誰しもがそんな名文章を書けるのかどうか?昨今の物書きと称する操觚者も実行できているかどうは、常に自問自答し、謙虚な反省が必要かもしれません。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
09 | 2017/10 | 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。