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柏木如亭の碑を見に谷中に行く

 柏木如亭の「詩本草」シリーズですが、本日は番外編。岩波文庫の校註者である揖斐高氏の解説文によりますと、「如亭歿後一年の文政三年(1820年)六月、追福のために知友の手で江戸日暮里の養福寺に『柏山人碑』が建てられた」と見えます。同解説文には、その内容の一部を記載しており、「山人、吟咏書画を沽る。…云々」(原漢文)。このほか、吉原を意識したと思われる「狭斜」というキーワードや、如亭のキャラクターをストレートに彩った「蓋し色食は性と成り、…」という一節も。詩本草というグルメ漢文随想録を通して、このおっさんの食と色への飽くなき追求の姿勢を垣間見てきましたが、故人を偲ぶ碑文にそのまま書かれているとは驚きです。よほどの好き者だったのか。。。

 「う~む、直接この目で見て読みたい」

 迂生は、今から189年前に書かれた如亭の碑を見に行こうと思い立ちました。どうやら漢文らしいので、その碑文を写し取って漢字学習に役立てようと考えたわけです。GW期間中の5月4日、フィールドワークに出掛けました。JR山手線の日暮里駅に程近い、いわゆる「谷中エリア」。途中歩いた「谷中銀座」はいたずらにごった返していました。

 養福寺(荒川区西日暮里3-3-8)は、大通りから一本入った小路にあり、訪う人も疎らで静寂そのものでした。それほど有名なお寺ではないようですが、正面にある朱塗りの仁王門の両脇に立つ阿吽の仁王像二体は立派でした。「梅翁花樽碑」「雪の碑」「月の碑」などからなる「談林派歴代の句碑」というもありました。敷地内に地図などは見えず、如亭の碑を探すのに30分ばかりと手間取りましたが、住職の居住地玄関の正面に立っていました。

 その碑は、高さ四尺一分(約1・2米)と意外にこじんまりとしたものでした。文字は案外綺麗な形で彫られており、比較的読みやすかったですが、サイズが小さめなので見づらく、地面に近い字は一部罅けているところもあり、判読に手間取り、書き取りには時間を要しました。ところが、必死でメモっていると、住職らしき人が声を掛けてくれて、

 「コピーさしあげましょうか?」

 旧字で少し変わった字体もあったのでとりあえず書いたものの、意味が取れないものもあったし、何より書く手間が省ける。

 「もしいただけるならありがたいですが…」とお言葉に甘えてお願いしてしまいました。

 「此の間も鈔している人がいましたよ。。。」

 そうか、こんな奇特な奴は迂生だけではなかったんだな、と少し妙な安心もしたりして。。

 「この碑は如亭が没んだ翌年(1820年)に建てられたと聞いておりますが、その当時のままのものですか?」

 「もちろんです。荒川区の指定文化財(?ここは不正確、いずれ区の図書館にでも行って調べようと思います)にもなっていますよ」

 「それは貴重ですね。価値が高い」

 そんな一言二言の会話を交わしながら、謝辞を述べて寺を後にしました。如亭の墓は京都にあり、直接、養福寺とのゆかりはないようです。碑を建てた知人の菩提寺かなんかだったんでしょうなぁ。

 以下、解釈なしで(どこにも解釈はない)全文を掲げます。如亭碑文全文をネットに晒すのは迂生が祖めてではないかなぁ。。。漢文ですが、まぁ、細部はともかく何とか意味は取れるでしょう。旧字は迂生が勝手に改めました。1級漢字を赤で、配当外漢字を緑で示しました。


 柏山人碑

 山人客遊四方其多在信濃越後或在伊勢駿河又在平安備中聞其在北忽又在南又

 遠在西数年間有時帰江戸帰数過我叙旧情談唐詩去則辞別文化甲冬帰来一再

 見訪不辞而去不知其所在不見山人四五年或伝在越後或云在伊勢文政己卯秋聞其

 音云七月十日以病卒平安寓舎葬于東山長楽寺行年五十七歳方知甲一見其

 為永訣嗚呼哀哉山人家世以木匠受俸米於

 征夷府又毎任役受直得余自不乏衣食山人棄而不事山野之人不尚文墨山人強

 詠書画唯恐価不高所得潤筆尽揮之狭斜魚肉非大塊不飽風月之遊老不減

 少壮衣服斬新務逐時世酒好与客歌娼混座時々作戯劇打之語色食成

 性天真爛人亦無以此山人其詩与常陸大窪行天民讃岐池桐孫無弦斎名始喜南宋

 諸家後宋唐詩蘭翠点綴得法優称清麗作家有如亭集二巻又有四家絶句集皆

 布世四家者河柏大窪池上毛河子静先生以詩領袖一世三家従而唱和其名海内

 柏乃山人也尚応有遺詩不知其存亡山人名字永日姓柏氏棄家之後下髪号如亭山

 人江戸神田郷参河町人也初有妻子皆亡一弟位立人業医弟子信濃高一魯聖誕与其

 友備前紀選春琴商議募力於江戸及南北諸故旧買石立碑浪華葛質休文於山人尤旧

 故作之辞曰出而為人家何必常此入而為土地無四方此博之間延陵以葬此長楽之山体

 此南有嘉魚必佳蘇此北有奇味「口+大」魚此伊勢之曲越後之舞此急絃高調更

 有江戸此四方之招魂無不之山人有霊彷彿来饗勿遅ニ此文政三年歳在庚辰夏六月

 浪花葛質述 常陸大窪行書

 陰陽頭安部晴親題額 刻字人 江戸広群鶴


 ■「文化甲戌冬」=文化11年(1814年)。如亭52歳のとき。この碑の撰者である葛西因是が彼に逢った最後だというのです。葛西因是は、江戸後期の儒学者。名は質、字は休文、因是は号。大坂生江戸住。平沢旭山・林述斎に師事する。古註学派。昌平黌講官を務める。村田春海と親交があった。著書に『通俗唐詩解』『老子輻注』等がある。文政6年(1823)歿、60才。

 ■「文政己卯」=文政2年(1819年)。この年7月10日、如亭57歳で死去。この訃報をその年の秋に聞いたというのです。

 ■「東山長楽寺」=如亭の遺体は京都の長楽寺に葬られた。

 ■「訃音」(フイン)=死んだという知らせ。「訃告」(フコク)、「訃報」(フホウ)、「訃信」(フシン)、「訃聞」(フブン)ともいう。「訃」は1級配当で「つ・げる」「し・らせ」とも訓む。「赴」(いそいでかけつける)と同系語。

 ■「永訣」(エイケツ)=永遠の別れ、死別。「永辞」(エイジ)とも。

 ■「贏余」(エイヨ)=使い残り、あまり。「贏」は1級配当で「もう・ける」「あま・る」「の・びる」「つつ・む」「にな・う」「か・つ」よ訓む。

 ■「木匠」(モクショウ、ボクショウ)=大工。「こだくみ」とも訓む。如亭の家は代々、江戸幕府の小普請方大工棟梁だった。その後に、「受俸米於征夷府」とあり、幕府から俸米を受けていたことが記されています。「征夷府」は幕府のこと。征夷大将軍のいる府ですね。

 ■「壙」(コウ)=墓穴。1級配当で「あな」「むな・しい」「のはら」とも訓む。

 ■「」(チョウ)=ほ、細長く伸びたアシやオギのほ。配当外。

 ■「啖」(タンタン)=がつがつ食うこと。「」も「啖」も、大口でがつがつとくう、うまそうにくう。「」は配当外。「啖食」「食」(タンショク)、「蔗」(タンシャ)。

 ■「与嫖客歌娼混座」=吉原などの遊廓に入り浸り、仲間や遊女と豪遊を重ねる。

 ■「老不減少壮衣服斬新務逐」=年を重ねても若さを失わす、着ている服装も当世風を追い求め斬新、お洒落。これが如亭ですね。ダンディー。

 ■「作戯劇打諢之語」=「諢」(コン)は1級配当で「たわむ・れ」「おど・け」と訓む。「打諢」(ダコン)は、おどけ、ギャグといった意味。「諢詞小説」(コンシショウセツ)、「諢名」(コンメイ、あだな)。

 ■「盖」は配当外。「蓋」。の異体字か。「けだし」。

 ■「疵」=1級配当で、ここは「そし・る」と訓む。ほかに「きず」「やまい」もあり。音読みは「シ」。熟語には「疵瑕」(シカ)、「瑕疵」(カシ)、「疵釁」(シキン)、「疵病」(シヘイ)、「疵癘」(シレイ)=「疵」(シレイ)。

 ■「点綴」(テンテイ、注意:テンテツとは読みたくない)=点を打ったようにあちこちに散らばしてほどよく並べること。絵を描いたり、詩を詠んだりする際の物の配置のバランスがいいこと。

 ■「大窪行天民」(オオクボコウテンミン)=常陸の漢詩人・大窪詩仏。名が「行」、字が「天民」。「池桐孫無弦斎」=讃岐の漢詩人・菊池五山。菊池桐孫。このあと、「布世四家者河柏大窪池上毛河子静先生以詩領袖一世三家」のくだりがあり、市河寛斎(如亭の師匠、富山藩儒に迎えられる)、柏木如亭、菊池五山、大窪詩仏の四人が、当時の江戸の四詩家と称せられました。ここのくだりの解釈は良く分かりませんわ。

 ■「」=配当外で「コウ」。車のとどろく音の形容。轟と同義。「輷輷」(コウコウ)=「輘輷」(ロウコウ)は、車のごろごろと響く音や、雷の音などの大きな音の形容。ここでは、如亭山人の名前が全国にとどろいていることをいう。

 ■「昶」=これも1級配当とは駭き。「チョウ」と読む。訓は「ひさ・しい」「の・びる」。ただし、ここは如亭の名。

 ■「初有妻子皆亡一弟位立人業医」=ここは唯一彼の家族に関する記述。面白いのは若い頃に妻子がいたのですが死んでしまったということが分かります。そうか、家族がいたんだ。そして、弟の名は「立人」という医者だった。

 ■「高一魯聖誕」=信濃の漢詩人。 高梨聖誕(1774~1822)。名は魯二、魯。如亭が信州中野に開いた晩晴吟社の門人。「訳注聯珠詩格」(岩波文庫)の本文冒頭に「荏土柏舒亭先生授科野門人 木寿・高一魯 述」が見える。

 ■「紀選春琴」=備前の画家。浦上喜一郎(1779~1846)。如亭の友人。

 ■「商議」(ショウギ)=相談すること、協議すること。


 以下、最後の解釈は省きます。「嘉魚鱠」「佳蘇」「奇味羹」「『口+大』魚」などの言葉が見えますから、やはり如亭のグルマンぶりを言い表していると思われます。

 本日は以上です。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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