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だから言ったでしょ 死んだら魂はふらふら漂うだけさ…=陶淵明「擬古」4

陶淵明の「擬古」九首シリーズの四回目です。岩波文庫「陶淵明全集(下)」から。今回の首は、岩波文庫によれば「一見平易な詩に見えるが、詩意は必ずしも明らかではない」とあります。

「其四」

1)チョウチョウたり 百尺の楼

分明に2)シコウを望む

暮には帰雲の宅と作り

朝には飛鳥の堂と為る

山河 目中に満ち

平原 独り3)ボウボウたり

古時 功名の士

慷慨して此の場を争う


1)チョウチョウ=迢迢。

弧を描いて高く聳えるさま。迢遠(チョウエン)ともいう。「迢」は「はるか」とも訓む。迢逓(チョウテイ=はるかに遠く点々と続くさま、高く連なるさま、迢遥=チョウヨウ=)。「はるか」はほかに、「遥か、夐か、迥か、悠か、藐か、縹か、姚か、杳か、渺か、緬か、眇か、緲か、逖か、遐か、遼か、茫か」があります。

2)シコウ=四荒。

国の四方の果てにある未開の国々。「荒」は「辺境の地」。四裔(シエイ)、四遠(シエン)ともいう。四筵(シエン=座席の四方、その座全体の人々のこと、四坐=シザ=、満座)、四夷(シイ=中華の風俗ではない、周囲の異民族、東夷・西戎・南蛮・北狄=夷蛮戎狄=のこと)、四衢八街(シクハチガイ=大きな道がいろいろな方面に通じている街の中心、四通八達の地)、四君子(シクンシ=蘭・菊・梅・竹を、気品ある植物と考え称した言葉)、四知(シチ=秘密は必ず暴かれるということ)、四表(シヒョウ=四方の果て、国の外の地域のこと)。

3)ボウボウ=茫茫。

広々としてはてしないさま。「茫」は「こころがうつろでぼんやりしたさま、はてしもなくうつろにひろがったさま」。茫然(ボウゼン=ぼんやりして我を忘れるさま、遠く広がっているさま)、茫漠(ボウバク=遠く広がっていてどこまで続いているか分からないさま)、茫昧(ボウマイ=ぼんやりとしていてよく分からないさま)、茫洋(ボウヨウ=広々として果てしのないさま、気持ちが定まらずぼんやりとしているさま)。


迢迢百尺樓、 分明望四荒
暮作歸雲宅、 朝為飛鳥堂
山河滿目中、 平原獨茫茫
古時功名士、 慷慨爭此場


そびえたつ百尺の高楼に登ってみた。四方の果てまではっきりと望むことができる。ここは、夕方には帰ってきた雲がここに集い、朝方は飛ぶ鳥の会する場所となる。山河はことごとく眼底に収まり、平原はただ果てもなくひろがる。古代には功名心にもえる男たちが、悲壮な決意でこの地を争ったのだ。

一旦 百歳の後

相与に北邙に還る

4)ショウハク 人の伐るところと為り

高墳 互いに5)テイコウ

ア)頽基 遺主無く

遊魂 何れの方にか在る

栄華は誠に貴ぶに足るも

亦た復た憐れみイ)む可し


4)ショウハク=松柏。

松と柏(ヒノキ・コノテガシワなどのヒノキの類の総称)、転じて節操・長寿のたとえ、いずれも常緑樹で色を変えないことから)。論語「子罕」に有名な「知松柏之後彫也」があります。「松柏之寿」(ショウハクのジュ=長寿)、松柏摧為薪(ショウハクくだかれてたきぎとなる=いつまでも緑の変わらない松や柏も、長い間には薪にされてしまう、不変と思われる物も、いつかは竟に滅びることのたとえ、出典は「古詩十九首」)。「松」がらみの熟語は、松位(ショウイ=大夫のこと、秦の始皇帝が風雨を避けた松に、五大夫の位を授けた故事から)、松籟(ショウライ=松風の音、松韻=ショウイン=、松濤=ショウトウ=)、松菊(ショウキク=俗世間からはなれて閑居した人のたとえ、淵明の「帰去来兮辞」に「三径就荒、松菊猶存」がありましたね!)、松喬(ショウキョウ=昔長生きした仙人、赤松子と王子喬、転じて隠遁者、長寿者)、松江鱸(ショウコウのロ=呉淞江で獲れるスズキに似た美味の魚)、松子(ショウシ=松毬ショウキュウ、まつぼっくり)、松炬(ショウキョ=たいまつ)、松蘿(ショウラ=松の木に絡まるツタ、女蘿=ジョラ=)、松露(ショウロ=松の葉におく露、日本ではマツタケに似た香りのいいキノコをいう)、松醪(ショウロウ=松から取れるあぶらをまぜて醸した酒)。

5)テイコウ=低昂。

低くなったり高くなったりする。「昂」は「あがる」「あげる」「あおぐ」「たかまる」「たかい」「たかぶる」「こうじる」とも訓む。昂昂(コウコウ=頭を高くもたげて進むさま、意気揚々としたさま)、昂然(コウゼン=意気の盛んなさま)、昂騰(コウトウ=高騰)、昂奮(コウフン=興奮)、昂揚(コウヨウ=高揚)。

ア)頽基=タイキ。

くずれおちたお墓。「頽」は「くずれる」とも訓む。「基」は「墓石」などを数える単位語で、墓石そのものを指している。頽檐(タイエン=くずれた軒端)、頽岸(タイガン=くずれかかった岸)、頽年(タイネン=心身が衰える年齢、いまの迂生、頽齢=タイレイ=)、頽波(タイハ=物事の勢いが衰えてすたれるたとえ)、頽風(タイフウ=暴風、悪い風俗)、頽陽(タイヨウ=夕日、入り日、落日)。

イ)傷む=いた・む。

心配すること。辛く思うこと。表外訓み。傷懐(ショウカイ=心にショックを受ける、悲しみ嘆いてそのことを心配すること)、傷嗟(ショウサ=いたみなげく、かなしみなげく、傷歎=ショウタン=)、傷魂(ショウコン=非常に悲しむこと、傷心、傷神)、傷悴(ショウスイ=悲しんでやつれること)、傷悼(ショウトウ=悲しみなげくこと、傷悲=ショウヒ=、傷愴=ショウソウ=)、傷目(ショウモク=目をいたませる、見て悲しく思うこと、めをいたましむ)。「いたむ」はほかに、「惨む、悼む、惻む、俑む、怛む、恫む、悵む、悽む、惆む、愴む、慇む、戚む、疼む、癆む、軫む、輓む」があります。

一旦百歲後、 相與還北邙
松柏為人伐、 高墳互低昂
頹基無遺主、 遊魂在何方
榮華誠足貴、 亦復可憐傷



しかし、そうした功名の士も生涯を終えれば、ひとしく北邙山に帰る身となる。聳え立つ松と柏はやがて切り倒されるし、高く盛られた墓も高いのや低いのやさまざまに変わり果てる。欠け崩れた墓石は喪主もなく、死者の游魂はいずこに消えたのやら。栄華は確かに値打ちはあるのだろうが、死後このようになると思えば、憐れにもまた痛ましいではないか。

「北邙」(ホクボウ)というのは、洛陽東北の山地。漢・魏・晋の王侯貴族の多くが埋葬されている場所です。中原逐鹿、国盗り物語が展開されたものの、英雄たちが生きられる時間はせいぜい100年。淵明の詩ではよく登場する言い方ですね。永遠の命とも思われた松柏も切り倒され、高く盛られた墓だってその高さは時間と共に変わるのです。漂う魂は身分を問わず同じ道をたどり、生きている間の栄達など死んでしまえば何の価値もないさ。現世では思うような仕途を歩めなかった淵明の心の叫びが再び聞こえます。だから、さっさと見切りをつけて田園に帰ったのだよ。ざまぁみろ、我が昔の友よ~。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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