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「記録」より 「記憶」に残る 刺客かな=陶淵明「詠荊軻」

陶淵明シリーズは、迂生の気力が衰えない限りまだまだ続行です。

ときに、NHK大河ドラマ「龍馬伝」は多くの方々がご覧になっていることでしょう。坂本龍馬と武市半平太のコントラストを上手に描いていますね。その両者の狭間で揺れる岡田以蔵も存在感たっぷり。土佐勤王党の中で「端牌」的な位置にあって、精神的支柱である半平太の甘言によって思うように操られて人殺しを重ねます。人呼んで「人斬り以蔵」と綽名され、司馬遼太郎の「龍馬がゆく」で一躍有名になった人です。一方で、龍馬とも幼馴染みであり、後に半平太の下を離れ、龍馬の引きで勝海舟の用心棒を務めます。これを演じている佐藤健クンがいい味を出していますわ。何とも悲しそうな、オドオドした大きな目。それでいて純真さは失わない奥深い輝きを放っている。まもなく折り返し地点を迎える龍馬伝の前半を盛り上げる役者の一人です。以蔵は「天誅」と称して半平太にとって思想上、立場上敵対する邪魔者を抹殺する「刺客」だったのです。

で、淵明の詩ですが、本日取り上げるのは「詠荊軻(荊軻を詠ず)」。荊軻というのは戦国時代末の刺客。燕の太子丹の依頼によって秦の始皇帝を暗殺に向かった逸話が「史記」刺客伝に詳述されています。淵明は荊軻の決意を自分の境遇に置き換えて今は我慢と自らを鼓舞する材料としています。岡田以蔵の切なさと荊軻の決意がどことなく通じるものがあるように感じました。刺客は所詮、操り人形ですからね、何とも言い難い哀しい存在です。

いつものように岩波文庫「陶淵明全集(下)」(松枝茂夫・和田武司訳注)から。第二句にある「強嬴(キョウエイ)」とは、秦王の姓を「嬴」といい大国である秦のことを指しています。合従連衡の故事で有名な小国である燕は刺客を送りこんで始皇帝の暗殺を図ろうとしていました。

燕丹は善く士を養う
志は強嬴に報ゆるに在り
百夫の良を招き集め
歳暮に荊卿を得たり
君子は己を知るものに死す
剣を提げて燕京を出づ
ア)素驥 イ)広陌に鳴き
1)コウガイして我が行を送る

1)コウガイ=慷慨。

感情が高ぶって世の中を憤る気持ち。これまで何度も登場。慷愾でもOK。「慷」も「慨」も「なげく」。悲憤慷慨(ヒフンコウガイ)、悲歌慷慨(ヒカコウガイ)は成句で覚えましょう。「康乂、口蓋、惶駭、梗概、蒿艾、笄」ではありません。

ア)素驥=ソキ。

白馬。太子以下、荊軻を見送った人々は全員が白装束でした。だから馬も白馬。この場合の「素」は「しろい」という意。熟語では、素衣(ソイ=白絹の着物、白色の着物)、素英(ソエイ=白色の花)、素影(ソエイ=白い影、雪や月明かりなど、素彩=ソサイ=)、素冠(ソカン=かざりのない白絹の冠)、素顔(ソガン=白い顔)、素肌(ソキ=白い肌)、素錦(ソキン=白地の錦)、素景(ソケイ=白い光)、素月(ソゲツ=白く明るい月)、素練(ソレン=白い絹織物)、素糸(ソシ=染色されていない白い糸)、素手(ソシュ=白く美しい女性の手)、素雪(ソセツ=白雪)、素足(ソソク=白い足)、素湍(ソタン=白波を立てている急流)、素鱗(ソリン=白身の魚)。「驥」とは「一日に千里をいくというすぐれた名馬」。驥服塩車(キフクエンシャ=立派な人物が、だれでもできるようなつまらない仕事をしていることのたとえ)、驥足(キソク=駿馬の足、優れた人物の優れた才能をいう)、驥尾(キビ=駿馬の尻)、附驥尾(キビにフす=駿馬のしりについていく、後進の者が、優れた先輩に従って物事を行い、成功すること)。

イ)広陌=コウハク。

大通り。「陌」は「みち」。街陌(ガイハク=まちなかのみち)、陌上(ハクジョウ=畦道)、陌阡(ハクセン=田畑の中のあぜみち、阡陌=センパク=)、陌頭(ハクトウ=畦道のそば、道端)。


燕国の太子丹は、士の養成を心がけていたが、そのねらいは強国秦への報復にあった。選りすぐりの勇士を招き集めて、ある年末のこと、ついに荊卿(=荊軻)を手に入れた。士はおのれをしるもののために死ぬ―。荊軻は剣を提げて燕の都を出立した。白馬が広い路上で嘶き、人々は悲壮な気持ちで荊軻を見送っているのだ。

燕丹善養士、 誌在報強嬴
招集百夫良、 歲暮得荊卿
君子死知己、 提劍出燕京
素驥鳴廣陌、 慷慨送我行


リズムがいい詩ですね。そのストーリー性に引き込まれてしまいます。

雄髪は2)キカンを指し
猛気は3)チョウエイを衝く
4)インセンす 易水の上
四座 5)グンエイを列ぬ
漸離は悲筑を唱う
蕭蕭として哀風逝き
淡淡として寒波生ず
商音に更々涕を流し
羽奏に壮士驚く
心に知る「去りて帰らざるも
且つは後世の名有らん」と

2)キカン=危冠。

高いかんむり。この「危」は「けわしい」とも訓み、「高くそそり立つ」の意。危岩(キガン=たかくそそりたち崩れ落ちそうな岩)、危坐(キザ=物に寄りかからずきちんと背を伸ばしてすわる、正坐、端坐)、危檣(キショウ=たかくそびえたつ帆柱)、危峨(キガ=山が高くけわしいさま)、危闌(キラン=高い所にある手すり、高欄)、危楼(キロウ=たかくそそり立った楼閣)。

3)チョウエイ=長纓。

冠の長いひも、転じて、高貴な人。ここは前者。「纓」は「ひも」。纓冠(エイカン=冠のひもを結ぶ、被髪纓冠=ヒハツエイカン=)、纓紳(エイシン=冠のひもと紳おおおび、貴族や高官をいう)、纓絡(エイラク=珠玉をつないでつくった首飾り、世の中の煩わしいかかわりあいのたとえ)。

4)インセン=飲餞。

送別の宴会。「餞」は「はなむけ」「おくる」とも訓む。餞宴(センエン=送別の小宴、餞筵とも)、餞亭(センテイ=送別の小宴を開く家)、餞別(センベツ=旅立つ人を見送ること、餞送=センソウ=、餞行=センコウ=)。

5)グンエイ=群栄。

多くのすぐれた人々。多くの英雄。群豪(グンゴウ)、群雄(グンユウ)ともいう。群后(グンコウ=諸侯)、群翔(グンショウ=鳥などがむらがり飛ぶ)、群萌(グンボウ=多くの人民)、群黎(グンレイ=多くの人民、万民)、群飲(グンイン=大勢が集まって酒盛りをすること)、群蟻附羶(グンギフセン=多くの蟻がむらがって羊肉に集まるように、多くの人が利益を得ようと集るさま)。



髪は逆立って高い冠を突き上げ、すさまじい気迫は冠の紐をはじかんばかり。易水のほとりで別れの宴を張る。荊軻を囲んで大勢の賓客が居並ぶ。高漸離が筑を打ち鳴らすと、その悲壮な音に合わせて宗意が高らかにうたった。哀しき風は蕭蕭と吹きわたり、易水の寒々とした流れは波立っていた。悲壮な商の調べに涙を流さぬ者はなく、羽の調べの激しさに荊軻は目をいからせた。「ひとたび行けば二度と帰らぬ身だが、後世に名は残ろう」と心中に期しながら。

雄髮指危冠、 猛氣沖長纓
飲餞易水上、 四座列群英
漸離擊悲築、 宋意唱高聲
蕭蕭哀風逝、 淡淡寒波生
商音更流涕、 羽奏壯士驚
心知去不歸、 且有後世名


これも迫力がある。スピード感に富んでいます。「漸離」は「高漸離」のことで、筑(琵琶に似た楽器で、竹で叩いて鳴らす)の名手。荊軻の親友であり、送別の曲を奏でたのです。「宗意」は燕の国の勇士の名。「商・羽」とは、それぞれ古代音楽の基本音(ドレミファソラシドみたいなもの)の一つ。「商」音は凄涼さ、「羽」音は感情の高ぶりをそれぞれ表すとされます。荊軻はこの送別会の席で、「風蕭蕭兮易水寒、壮士一去不復還(風は蕭蕭として易水寒し、壮士一たび去って復た還らず)」と志を述べた歌を詠じています。淵明の「蕭蕭哀風逝、淡淡寒波生」はこれを踏まえたものです。

この「易水の送別」は有名なシーンで古来、詩人が詠じています。初唐の駱賓王に次の五言絶句があります。

此の地 燕丹に別る
壮士 髪冠を衝く
昔時 人已に没し
今日 水猶寒し


車に登りては何れの時か顧みん
蓋を飛ばして秦庭に入る
6)リョウレイとして万里を越え
逶迤として千城を過ぐ
図窮って事自ら至る
豪主 正に怔営たり
惜しい哉 剣術疏にして
7)キコウ 遂に成らず
其の人 已に没すと雖も
千載 余情有り

6)リョウレイ=凌。

ふるいたつさま、勢いの激しいさま。「凌」は「しのぐ」「こえる」。凌駕(リョウガ=上回ること)、凌雲(リョウウン=雲よりも高く登るように、現実の俗世間を超越すること、凌霄=リョウショウ=、凌空=リョウクウ=)、凌煙(リョウエン=雲よりも高く飛ぶ)、凌遽(リョウキョ=おどおどして恐れおののく)、凌兢(リョウキョウ=恐れおののくさま、寒さにふるえるさま)、凌室(リョウシツ=氷を貯蔵するへや、氷室)、凌凌(リョウリョウ=澄みきっているさま)。

7)キコウ=奇功。

人並み外れたてがら。すぐれた功績。奇行、奇巧とは微妙に違うので要注意。冀幸、希覯、綺縞、貴倖、輝煌、熙洽などの同音異義語もついでに押さえておきましょう。この場合の「奇」は「めずらしい、非凡な」という意。奇贏(キエイ=思いがけない商売上の利益)、奇警(キケイ=人並み外れてさといこと)、奇勝(キショウ=めずらしくてすぐれた景色)、奇絶(キゼツ=すぐれていてめずらしい)、奇挺(キテイ=ぬきんでてすぐれている)、奇穎(キエイ=才能が人にぬきんでてすぐれている)。



車に乗った荊軻はもはや二度と振り返らなかった。車蓋を飛ばして秦の領内に入る。まっしぐらに万里を越え、うねりの続く道に千城を過ぎた。(荊軻は秦の宮殿に乗りこんだ)持参した地図の巻き物を広げ終えたところで、隠してあった匕首が現れたから、さすが豪胆な始皇帝も恐れおののく。だが惜しいかな、荊軻の剣法は未熟なレベルであったため、かれの非凡な計略も最終的には失敗に終わってしまったのである。荊軻はすでにとらえられ死んでしまったが、その悲壮な志は千年後もなお人々の心に強い印象をあたえている。


登車何時顧、 飛蓋入秦庭
淩越萬裏、 逶迤過千城
圖窮事自至、 豪主正怔營
惜哉劍術疏、 奇功遂不成
其人雖已歿、 千載有餘情



「飛蓋」とは、馬車の屋根を飛ばすくらいの速い勢いで急行させること。「逶迤」(イイ)は「うねうねと続くさま」。「図窮」とうのは、燕国が秦に割譲すべき土地の地図を荊軻が始皇帝に示すシーン。ここに間かに匕首を隠しており、地図を見せる口実で近づいて暗殺を企てたのです。「怔営」は「驚き恐れること」。

所詮は「操り人形」の悲哀とでも言えましょうか。すんでのところまで首尾よく行ったのに、最後の肝心なところで剣の技量が劣っていたため、荊軻は始皇帝に一太刀を浴びせることができませんでした。そして、殺されてしまいます。もう二度と戻るまいと誓ってのことですから本望でしょう。翻って、岡田以蔵。彼は江戸で剣術修行をして「免許状」を取得していますから、相当な腕前だったに違いありません。勝海舟の護衛でも見事に殺し屋を葬っています。以蔵も結局は土佐藩に捕らえられ、死刑となります。最後は信頼した半平太に裏切られて……。

このように刺客は哀しい。幸せになった刺客を迂生は知りません。しかし、刺客は人の生死の境目で生きているから美しいのです。記録より記憶に残る。それが刺客なんです。淵明の「詠荊軻」を読んでいて不図、その切なさが岡田以蔵と重なったものですから、無理やりですが絡めてみました。皆さんも「龍馬伝」で岡田以蔵に注目してみてください。
そして、淵明が詠んだ荊軻のことにも思いを馳せてみてください。
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Re: ようこそおいで下さいました

レッドさま。こちらこそはじめまして。

コメントありがとうございます。

岡田以蔵と荊軻というのは本当に思いつきで、こじつけでしたが、それらを演じた佐藤健と劉助?(リウ・イエ)という俳優さんと並べてblogを書かれた方がいらっしゃるというだけで何だか嬉しくなってしまいます。

> 『荊軻傳奇』という中国のドラマ

興味津津ですね。どこかのチャンネルで見られないのかしら…。観たい観たい。

> 操り人形の悲哀というものを踏まえつつも、生と死のあわいで自らの生を燃焼させようと足掻く「刺客」というものの在りようには、やはり惹かれてやみません。

う~む、素晴らしい。ですが、もし身近にそういう人がいて、惹かれてしまうとデインジャラスですよ~。でもスリリングでもあるか。楽しい楽しい。

また、お暇が御座いましたら偶には覗いてみてください。

レッドさまのblogも覗かせていただきます。

こんにちは。

はじめまして。
『荊軻傳奇』という中国のドラマで荊軻を演じた、劉燁(リウ・イエ)という俳優さんメインのブログをやっている者です。
「詠荊軻」について検索していてこちらに辿り着きました。詳細なご解説、ありがとうございます。漢詩については門外漢なものですから、とても勉強になりました。

たまたまですが、『龍馬伝』の佐藤健くんの岡田以蔵とリウ・イエの荊軻を並べた記事を少し前に書いておりまして(かなりみーはーな視点ではありますが・笑)、その点でも非常に共感しつつ読ませていただきました。
「刺客は人の生死の境目で生きているから美しい」
というのはほんとうに仰る通りかと思います。
操り人形の悲哀というものを踏まえつつも、生と死のあわいで自らの生を燃焼させようと足掻く「刺客」というものの在りようには、やはり惹かれてやみません。
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char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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