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支離滅裂になっても生き抜くために飲み続けるぜぃ!=陶淵明「飲酒」21・完

陶淵明の「飲酒」シリーズの21回目、いよいよオーラスです。いつものように岩波文庫の「陶淵明全集(上)」から。第一句にある羲農(ギノウ)というのは上代いにしえの伝説の帝王である伏羲(フッキ)氏と神農(シンノウ)氏のこと。淵明のみならず当時の人々があこがれた古き良き時代を象徴しています。「飲酒」全般を通じて淵明は「今」を諦めて「古」への回帰を求めています。しかし、その心の深奥では未来への憧れ、期待、希望があることは言うまでもないでしょう。「酒」というアイテムにそのヒントが隠されているように思います。

「其二十」

羲農 我れを去ること久しく

世を挙げて真に復ること少なし

1)キュウキュウたり ア)魯中の叟

2)ビホウして其れを淳ならしむ

3)ホウチョウ 至らずと雖も

礼楽 暫く新しきを得たり

洙泗 微響をイ)

漂流して狂秦にウ)

4)シショ 復た何の罪かあらん

一朝にして5)カイジンと成れり

区区たる諸老翁

事を為して誠に殷勤なり

如何せん 6)ゼッセイの下

7)リクセキ 一の親しむ無きを

終日 車を馳せて走るも

問う所の8)シンを見ず

若し復たエ)かに飲まずんば

空しく頭上の巾に負かん

但だ恨むらくは9)ビュウゴ多からん

君よ 当に10)スイジンをオ)すべし


1)キュウキュウ=汲汲。

休まずつとめてゆとりがないさま。せかせかと動きまわるさま、気を緩めずに続けるさま。「汲」は「くむ」とも訓み、汲引(キュウイン=人を登用すること)、汲古(キュウコ=昔のことを調べる、古書を読み古人の事跡・思想などを知ることが、深い井戸の水を汲み上げることに似ていることからいう、韓愈の「秋懐」に出典のある言葉です、いかにも韓愈らしい言葉ですね)、汲索(キュウサク=水をくみ上げるなわ、つるべのなわ)、汲冢書(キュウチョウのショ=晋代、汲郡の不準という人が魏の襄王の墓を暴いた時に出てきた先秦時代の古書、竹書紀年、穆天子伝など)、汲道(キュウドウ=水をくみに行く道、汲路=キュウロ=)。

2)ビホウ=弥縫。

ほころびのすみずみを縫い繕う。失敗などを取り繕うこと。「弥」は「あまねし」の訓みがあり、「広く端まで行き渡っている」という意味があります。弥久(ビキュウ=長引くこと、ひさしきにわたる)、弥曠(ビコウ=月日をむなしく過ごす)、弥日(ビジツ=ひをわたる、日数を重ねて長引くこと)、弥天(ビテン=満天、志が高遠なさま)、弥望(ビボウ=見渡す限り)、弥漫(ビマン=一面に広くはびこる、大水の様)、弥留(ビリュウ=病気が長引いて重い)、弥綸(ビリン=あまねくおさめる)、弥歴(ビレキ=月日がたつ)、弥撒(ミサ=カトリック教会の式典)。

3)ホウチョウ=鳳鳥。

鳳凰のこと。聖人が世に出たときに、めでたいしるしとしてあらわれるという想像上の鳥。庖丁、法帖、烹調、褒寵、訪朝、放鳥ではないので要注意。

4)シショ=詩書。

詩経と書経。塗抹詩書(トマツシショ)という四字熟語がありますが、「幼児のいたずら」をいう言葉で「幼児は大切にしなければいけない詩経や書経でもお構いなしに塗りつぶしたり落書きしたりしてしまうから」。

5)カイジン=灰塵。

灰とちり。滅びてしまうもののたとえ、値打ちのないもののたとえ。「灰燼(カイジン)」だと、灰と燃えさし、燃えかす、物が焼けてすっかり滅びてしまうこと。似ていますが微妙に異なるので要注意。請灰釘(カイテイをこう=罪を犯した臣下が君主に死を願い出ること→灰釘とは棺桶を打ちつける釘のこと)。

6)ゼッセイ=絶世。

命を絶つ、死ぬこと。子孫が絶えてしまった家。ここでは衰退する世の中のことを指す。「絶世の美人」の絶世とはちと意味が違う。「絶~」の熟語は多いですが主なものだけ。絶境(ゼッキョウ=人里離れた俗世間と交わらない所)、絶響(ゼッキョウ=芸術・芸能などの伝授が絶えることを嘆く言葉)、絶垠(ゼツギン=遠く離れたはて)、絶勝(ゼッショウ=このうえなく景色のすぐれた所)、絶色(ゼッショク=美人、美白)、絶塵(ゼツジン=世俗を離れて世間と交際しないこと、非常に速く走ること)、絶迹(ゼッセキ=交際をやめてまったく人とあわないこと)、絶地(ゼッチ=生き長らえるのができないほど危険な土地、人里離れた土地)、絶顚(ゼッテン=山などのいただき)、絶徼(ゼッキョウ=人が行ったことがないほど遠く離れた地域、絶域=ゼツイキ=)。

7)リクセキ=六籍。

「其十六」でも出てきた「六経」(リクケイ)と同義。すなわち、詩経、書経、礼記、楽記、易経、春秋の六書のこと。「籍」は「ふみ」とも訓み、「昔、紙のない頃、竹のふだに文字を書いて、それを重ねて保存したことから、文書・書物をさすようになった」。六つの書籍という意味。

8)シン=津。

渡し場。船着き場。論語「微子」に「使子路問津焉」があります。孔子の一行が諸国遊説の途次、道に迷ってしまった。その際、農作業をしていた隠者の長沮と桀溺に出会い、渡し場がどこにあるかを子路に尋ねさせたが、「仁者である孔子なら何でも知っているだろうよ」と鼻であしらわれました。この「問津」(モンシン、シンをとう)は成句となっており、「学問を修めるための方法をたずねること、また、人にものをたずねること」。

9)ビュウゴ=謬語。

まちがい、誤り。繆誤とも書く。「謬」は「あやまり」。謬説(ビュウセツ=あやまっていて正しくない説・意見)、謬計(ビュウケイ=あやまったはかりごと、謬算=ビュウサン=)、謬見(ビュウケン=あやまった意見、あやまった考え、繆見)、謬言(ビュウゲン=事実でないことを述べた言葉、隠語)、謬錯(ビュウサク=もつれて入り乱れる、筋の取り違え、まちがい)、謬舛(ビュウセン=もつれてちぐはぐになり、筋道を間違える)、謬伝(ビュウデン=言い伝えなどをまちがって伝える、真相を取り違えた噂)、謬悠(ビュウユウ=あやまっていてつかみどころがない、班詩や説が出鱈目で根拠のないこと)、謬戻(ビュウレイ=あやまって道理にもとる、道理と食い違うこと)、謬論(ビュウロン=あやまっていて正しくない論)。

10)スイジン=酔人。

よっぱらい。酔漢(スイカン)、酔士(スイシ)、酔客(スイカク)ともいう。酔翁(スイオウ=酔った老人、欧陽脩の号)、酔吟先生(スイギンセンセイ=白居易の号)。酔裏(スイリ=酔った状態にあること、酔中=スイチュウ=)、酔殺(スイサツ=ひどく酒に酔う)、酔眼(スイガン=酒に酔ったときのぼんやりした目つき、酔眸=スイボウ=)。

ア)魯中の叟=ロチュウのおきな。

孔子のこと。「魯」というのは孔子の出身地。「叟」は「ソウ」。鄒魯遺風(スウロイフウ=孔子と孟子の教え、鄒は孟子の出生地、鄒魯之学=スウロのガク=とも)。

イ)輟め=や・め。

「輟める」は「やめる」。中止する。音読みは「テツ」。輟耕(テッコウ=耕作を途中でやめる、農業をやめる)、輟耕録(テッコウロク=元末明初の陶宗儀が著した随筆、1336年成立)、輟食(テッショク=食事を途中でやめる)、輟朝(テッチョウ=病気や心労のため、また、大臣の死を悲しんで、天子が朝廷に出て政務をみることをやめること)。

ウ)逮ぶ=およ・ぶ。

そこまで届く。表外訓み。逮及(タイキュウ=とどくこと)、逮夜(タイヤ=夜になる)。「およぶ」はほかに、「曁ぶ、覃ぶ、趙ぶ、迄ぶ」がある。

エ)快か=すみや・か。

稍特殊な訓み。「はやい」の訓みもある。もたもたしない、速度がはやい。

オ)恕す=ゆる・す。

自分に引き比べてみて、他人を寛大に扱う。また、同情して相手を咎めずにおくこと。音読みは「ジョ」。寛恕(カンジョ=心が広くて大目に見ること、寛舒=カンジョ=)、恕思(ジョシ=思いやる、思いやりの気持ち)、宥恕(ユウジョ=ゆとりをもってゆるす、大目に見る、宥貸=ユウタイ=、宥免=ユウメン=)。


羲 農 去 我 久
舉 世 少 復 真
汲 汲 魯 中 叟
彌 縫 使 其 淳
鳳 鳥 雖 不 至
禮 樂 暫 得 新
洙 泗 輟 微 響
漂 流 逮 狂 秦
詩 書 復 何 罪
一 朝 成 灰 塵
區 區 諸 老 翁
為 事 誠 殷 勤
如 何 絕 世 下
六 籍 無 一 親
終 日 馳 車 走
不 見 所 問 津
若 復 不 快 飲
空 負 頭 上 巾
但 恨 多 謬 誤
君 當 恕 醉 人



伏羲氏・神農氏の時代ははるか昔のこととなり、世の中が淳朴な姿に立ち帰ることはほとんどなくなった。かつて魯の国に孔子が現れて、せっせとほころびをつくろい、淳朴の世に返そうとした。そのために鳳が舞う太平の世こそ来なかったが、しばらくは礼・楽は面目を一新した。しかし、せっかく水と泗水の間に生じたその学風も途絶えてしまい、時代はただよい流れて血迷った秦の時代になった。いったい、「詩経」や「書経」にどんな罪があるというのか。焚書によってそれらはたちまち灰塵と化してしまったのである。

それでも漢初にくそまじめな老学者たちが出て、学問伝授の仕事を実に懇切丁寧にやった。だが、もはや衰世のもとでは、六経のどの一つも世人の心に訴えなくなってしまった。名利を追い求めて終日、車を走らせる者はいても、孔子の一行が渡し場を尋ねたような光景はたえて見られない有様だ。これでは、さっさと酒でも飲まぬことには、あたまの頭巾に対して申し訳がたたないではないか。あなたを前にさんざ世迷い事を並べ立てたが、所詮は酔っ払いの戯言に過ぎず、平にご容赦願いたい。

孔子は羲農の世に帰ろうと儒学を唱えました。おかげで、世の「綻び」を繕い、鳳凰は現れないまでも一時的な「太平の世」を作ることができました。「洙泗」は魯国内を流れる二つの川、洙水(シュスイ)と泗水(シスイ)のことで、孔子はこの辺りで学を講じたとされます。ところが、淵明によれば、秦の始皇帝が現れ、詩経や書経の経典を焼いてしまった。所謂、焚書坑儒です。これが「灰塵」で、孔子の教えが一時途絶えてしまった。始皇帝憎し。七めんどくさい儒教の教えは世の人から敬遠され、儒教復興の兆しはあるものの、論語の教えは古臭い古臭いと喧伝され、人々の間に「活力」を齎さなくなってしまいます。「問津」という向上心を象徴する言葉も死語と化してしまう。だから……、淵明が持ちだすのは酒です。陶淵明伝によると、淵明は仕込んだ濁醪が醗酵すると、葛の頭巾を脱いで酒を漉し、またそれを頭に付けるほど、全身で酒を飲んだといいます。「空負頭上巾」とはそれを指しています。酒を飲まずしてこの浮世を過ごすことはできない。一見、酒に逃げ込んでいるかのようです。淵明は酒のことを「忘憂物」とも称しました。憂さを忘れるために酒を飲む。真面目に儒学などを勉強して役人になっても、所詮はコネクションがものをいい、身分制度で雁字搦め。こうした世の無情に憤りを覚えた挙句なのです。酒を飲むのはあくまで仮の姿ではあります。生きるために酒を追い求めた。とはいえ、酔っ払いはじめると言っていることが支離滅裂になってくるのを覚えて、淵明は二十首を終えます。

斯く言う迂生も何を言いたいか考えがまとまらず筆を置きます。長かった「飲酒」は獲麟で~す。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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