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「春の悦び」と「己の老い先」の二律背反=陶淵明「帰去来兮辞」4

陶淵明の「帰去来兮辞」の3段を見ていきます。

 【3段】

 帰去来兮、

 請う 交わりを息めて以て遊を絶たん。

 世と我れとは相違えるに、

 復たしてをか求めんや。

 親戚の情話を悦び、

 琴と書とを楽しんで以て憂を消さん。

 農人 余れに告ぐるに春の及ぶを以てし、将にセイチュウに事有らんとす、と。

 或いはキンシャを命じ、

 或いは孤舟に棹さす。

 既にヨウチョウとして以てを尋ね、

 亦たキクとして丘を経。

 木はキンキンとして以て栄ゆるに向かい、

 泉はケンケンとして始めて流る。

 万物の時を得たるを善みして、

 吾が生の行々休せんとするを感ず。


 ■言に=ここ・に。

 語調を整える言葉で特段の意味はない。

 ■ガす=駕す。

 駕籠に乗ることで、ここでは宮仕えする意。

 ■焉=なに。

反語の副詞。「なにを~か」「どれを~か」。

 ■セイチュウ=西疇。

 西側の田。「疇」は、あぜで区切った田畑。この字も訓読みは多く(完全征服を含め)、「うね」「はたけ」「たぐい」「さき・に」「むかし」「だれ」「むく・いる」とも訓む。「田疇」(デンチュウ)、「範疇」(ハンチュウ)、「疇昔」(チュウセキ)、「疇日」(チュウジツ)、「疇諮」「疇咨」(以上チュウシ=だれかすぐれた人材はいるかね?)、「疇人」(チュウジン)、「疇生」(チュウセイ)、「疇輩」(チュウハイ=仲間)、「疇匹」(チュウヒツ)、「疇隴」(チュウロウ)。「疇隴」は書き問題で要注意だ。「セイチュウ」には「掣肘」「世胄」がある。

 ■キンシャ=巾車。

 布で美しくおおい飾った車。「巾」は「きれ」とも訓み、「巾箱本」(キンソウボン)、「巾幗」(キンカク)、「巾子」(キンシ)、「巾笥」(キンシ)、「巾箱」(キンソウ)、「執巾櫛」(キンシツをとる=人の妻になる)、「巾帽」(キンボウ)。

 ■ヨウチョウ=窈窕。

 詩経の冒頭に出典がある有名熟語です。奥ゆかしく上品なさま。美しくしとやかなさま。女性の形容でしょうね。ここでは、奥深く曲がりくねるさまで用いているようです。「窈」は、奥ゆかしい、しとやか、あでやか、「窕」も、奥ゆかしい、しとやかで美しい。しかしながら、漢検辞典は食い足りないぁ。やはり「窈窕たる淑女は、君子の好逑」(詩経・周南・関雎)などと出典例を明記すべきでしょう。漢字を覚えればそれでいいのかぁ?奚ぞ漢字の文化的背景を玩わわざるか。「ひそか、かすか」とも訓み、熟語には「窈糾」(ヨウキュウ)、「窈然」(ヨウゼン)、「窈眇」(ヨウビョウ)、「窈冥」(ヨウメイ)、「窈窈」(ヨウヨウ)。

 ■壑=たに。

 たに、みぞ。音読みは「ガク」。熟語には「壑谷」(ガッコク)、「岩壑」(ガンガ句)、「溝壑」(コウガク)、「山壑」(サンガク)、「岑壑」(シンガク)、「一丘一壑」(イッキュウイチガク)、「大壑」(タイガク)。ま、とにかく書けるようになるまで書きまくって覚えよう。「とわいちたにまたつち」で迂生は覚えているが、人それぞれでいい。。

 ■キク=崎嶇。

 山道が曲がりくねってけわしいさま。譬えて、世渡りの困難なさま。「崎」を「キ」と読むのは表外音読み。

 ■キンキン=欣欣。

 いきをはずませておおよろこびするさま。見出し語はない。「欣ぶ」は「よろこ・ぶ」。見出し語を列挙すると「欣快」(キンカイ)、「欣喜」(キンキ)、「欣喜雀躍」(キンキジャクヤク)、「欣幸」(キンコウ)、「欣然」(キンゼン)、「欣躍」(キンヤク)、「欣求」(ゴング)、「欣求浄土」(ゴングジョウド=厭離穢土)、漢字源には「欣説」(キンエツ)、「欣懌」(キンエキ)、「欣賞」(キンショウ)、「欣動」(キンドウ)、「欣慕」(キンボ)、「欣予」(キンヨ)。

 ■ケンケン=涓涓。

 ちょろちょろとわずかに水が流れるようす。小川などのようす。「涓」は水の滴や小さい流れ、また、わずか、少しという意味。完全征服には、「ちい・さい」「しずく」「わず・か」「きよ・める」の訓読みがある。熟語には「涓滴」(ケンテキ)→「涓滴岩を穿つ」(ケンテキいわをうがつ)、「涓埃」(ケンアイ)、「涓塵」(ケンジン)、「涓潔」(ケンケツ)、「涓人」(ケンジン)、「涓流」(ケンリュウ)。



世俗との交遊は謝絶するぞ。世間は乃公を理解してくれないのに今更再び仕官を求めるわけはないだろう。親戚の他愛もない雑談に大笑い。音楽と読書で心の憂さを晴らす。そして農夫がやってきていうのだ。「春が来た。さあ西方では田仕事が始まりますよ」と。幌車を出奔させ、小船に棹さし、奥深い渓を、険しい丘を征く。春だ、春だ。木々も泉も動き始めている。万物が動き始めるこの季節。嬉しい半面、乃公の人生も確実に終わりが近づいている。。。。

春の悦びを詠じる淵明ですが、同時に己の老い先も感じないわけにはいきません。つまり、限られた残りの人生を悔いなく生きようと誓ったのだと思います。さわやかな風景描写に比して最後のくだりはがくっと落としている意外性がある。さあ4段目で何を語るのでしょうか。。。。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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