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懐かしの療やしの空間で始まる「第二の人生」=陶淵明「帰去来兮辞」3

陶淵明の「帰去来兮辞」の2段目です。懐かしい我家が目に入るシーンから。(岩波文庫「陶淵明全集・下」から)

 【2段】

 乃ちコウウて、

 ち欣び 載ち奔る。

 ドウボクは歓び迎え、

 稚子は門につ。

 サンケイは荒に就き、

 松菊は猶お存せり。

 幼を携えて室に入れば、

 酒有りて(★)に盈てり。

 コショウを引きて以て自ら酌み、

 テイカて以て顔をばしむ。
 
 南窓に倚りて以てキゴウし、
 
 膝を容るるの安んじ易きを審にす。

 園は日々に渉って以て趣を成し、

 門は設くと雖も常に関せり。

 フロウきて以てリュウケイし、時に首をげてカカンす。

 雲は無心に以てを出で、

 鳥は飛ぶに倦きて還るを知る。

 エイエイとして以て将に入らんとし、

 孤松を撫でてバンカンす。


注:(★)は「缶」+「樽」の旁。配当外。「たる」と訓む。音読みは「そん」。酒を貯蔵する細長くてすわりのよい器。やきものの酒樽。



 ■コウウ=衡宇。

 門の横木と家の屋根。やや難語。「衡」は「よこぎ」。門の、二本の柱にわたした横木、冠木門。「宇」は「やね」。ここでは粗末な我家を形容している。

 ■瞻る=み・る。

仰ぎ見るニュアンスが強い。音読みは「セン」。熟語は「瞻依」(センイ)、「瞻仰」(センギョウ)、「瞻視」(センシ)、「瞻前」(センゼン)、「瞻慕」(センボ)、「瞻望」(センボウ)、四字熟語に「瞻望咨嗟」(センボウシサ)がある。対義語は「瞰」(カン、下をみる)。

 ■載ち=すなわ・ち。

表外訓み。漢文訓読の語法。2回動作を列べて「~しながら…する」と訳す。二つの動作を同時に行う意を表わすようだ。粗末な我家を瞻て、うれしくなり、そして、走り出す。いろんなことをしたい気持ちが急いて、心がはやるさまを表現している。

 ■ドウボク=僮僕。

 召使い。見出し語にある。貧乏といいながら召使いは抱えているんですな。この熟語は書けるようにしておきたい。「僮児」(ドウジ)、「侍僮」(ジドウ)、「家僮」(カドウ)、「僕僮」(ボクドウ)も押さえよう。

 ■候つ=ま・つ。

 表外訓み。見出し語にある。まちむかえること。あみんの歌は「私候つわ」がぴったりのような気が。。。

 ■サンケイ=三径。

 庭の中の三本のこみち。漢字源によると、隠者の住まいに譬えるとあり、漢の蔣詡(ショウク)が庭に三つの道(山径)をつくり、松・菊・竹を植えたという故事から。そして、このあとの「松菊は存せり」が効いてくる。

 ■コショウ=壺觴。

 酒つぼと、さかずき。「壺」も「觴」も酒好き淵明には欠かせないアイテム。「壺」は「つぼ」とも訓み、「壺中天」(コチュウのテン)、「金壺」(キンコ)、「銀壺」(ギンコ)、「茶壺」(サコ、ちゃつぼ)、「唾壺」(ダコ)、「投壺」(トウコ)、「銅壺」(ドウコ)、「漏壺」(ロウコ)、「觴」は「杯」とも訓み、「羽觴」(ウショウ)、「酣觴」(カンショウ)、「杯觴」(ハイショウ)、「濫觴」(ランショウ)。ちなみに「壺」と似た字に「壼」(コン)があるのはご存知ですね。ワ冠の下が「亞」なんですが、宮中の通路、奥、奥に仕える女性。江戸幕府で言うところの大奥。訓読みは「おく」「しきみ」で、熟語には「壼奥」(コンオウ)、「壼訓」(コンクン)、「壼範」(コンパン)がある。「壺」と「壼」はセットで覚えるべきでしょう。

 ■テイカ=庭柯。

 庭木の枝、また、その枝ぶり。「柯」は「え、えだ」とも訓む。斧の柄という意味もあり「斧柯」(フカ)、木の枝では「柯条」(カジョウ)、「柯葉」(カヨウ)、「枝柯」(シカ)、「伐柯」(バッカ)、四字熟語に「毫毛斧柯」(ゴウモウフカ)、故事成語に「爛柯の楽しみ」(ランカ=囲碁)。

 ■眄る=み・る。

 音読みは「ベン」。「流眄」(リュウベン)、「顧眄」(コベン)、「一眄」(イチ弁)、「眷眄」(ケンベン、あっ、また「ケンベン」=軒冕、懸鞭、検便=があったぞ)、四字熟語は「左顧右眄」(サコウベン)、「眄睨」(ベンゲイ)、「眄視」(ベンシ)。完全征服には「ながしめ」「なが・める」「かえり・みる」もある。「ながしめ」には「睇」「倪」もある。

 ■怡ぶ=よろこ・ぶ。

気持ちが和らぐこと。音読みは「イ」。「怡怡」(イイ)、「怡悦」(イエツ)、「怡然」(イゼン)はいずれも見出し語。小文字に「怡顔」(イガン)、「怡色」(イショク)。ほかに、「怡懌」(イエキ)、「怡衍」(イエン)、「怡予」(イヨ)、「怡暢」(イチョウ)がある。「よろこぶ」と訓む漢字は多く、「悦ぶ」「歓ぶ」「説ぶ」「喜ぶ」「懌ぶ」「驩ぶ」「讙ぶ」「熹ぶ」「熈ぶ」「煕ぶ」「懽ぶ」「忻ぶ」「熙ぶ」「喩ぶ」「兌ぶ」「僖ぶ」「欣ぶ」「賀ぶ」「款ぶ」「慶ぶ」。酒樽を目の前にして熙熙とした淵明の顔が目に浮かびますね。

 ■キゴウ=寄傲。

気ままにのびのびと暮らすこと。ちょっと難しい言葉ですね。この場合の「傲」は「おごる、みくだす」よりは「何者にもとらわれず、ゆうゆうと楽しく、きままに」という意味でしょうか。この意味では「傲遊」(ゴウユウ=遨遊、敖遊)がある。

 ■フロウ=扶老。

 老いを扶(たす)けるもの。「扶」は「たすけ・る」の表外訓みがある。

 ■関す=とざ・す。

 表外訓み。とびらにかんぬきを通してしめる。漢検辞典には、意味欄④に「かんぬき、かんぬきをかけてとざす」がある。この意味では「関鍵」(カンケン=かんぬきと錠前、戸締まり)、「門関」(モンカン)、「関鑰」(カンヤク)がある。さらに、「関鍵」「関鑰」には「物事の重要な部分、枢要」という意味もあり、類義語問題で要注意でしょう。「枢要」=「カンヤク」「カンケン」。

 ■策く=つえつ・く。

表外訓み。「つえ」とも訓む。これはいささか難しく、漢検辞典には意味欄の③に「むち、また、つえ、つえをつく」がある。この意味では「扶策」(フサク)、「策杖」(サクジョウ)がある。

 ■リュウケイ=流憩。

 ぶらついて時に休息すること、あるいは、自由に好きなときに休憩すること。一般的ではない「淵明語」と言っていいでしょう。

 ■矯げる=あ・げる。

 表外訓み。高く上げるさま。首を上げて勇み立つさま。「翹」が類義語だと漢字源にはあります。「矯矯」(キョウキョウ)、「矯亢」(キョウコウ)、「矯激」(キョウゲキ)。四字熟語に「矯枉過直」(キョウオウカチョク)があるが、これは「ためる」の意義から。「首を矯げる」よりも「首を翹げる」の方がイメージしやすいんですがねぇ。

 ■カカン=遐観。

 はるか遠くをながめやること。「遐」は「とお・い」「はる・か」とも訓む。対義語は「邇」(ちかい)。熟語には「遐域」(カイキ)、「遐齢」(カレイ=加齢、長寿)、「遐登」(カトウ)、「遐異」(カイ)、「遐遠」(カエン)、「遐棄」(カキ)、「遐挙」(カキョ)、「遐荒」(カコウ)、「遐邇」(カジ)、「遐陬」(カスウ)、「遐想」(カソウ)、「遐年」(カネン)、「遐念」(カネン)、「遐福」(カフク)、「荒遐」(コウカ)、「升遐」(ショウカ)、「昇遐」(ショウカ)、「登遐」(トウカ)。「カカン」は書けるかな?「下瞰」「舸艦」「華翰」「下澣」「下浣」「果敢」「花冠」がある。

 ■岫=みね。

 漢検辞典には「くき」が見える。「くき」は山のほらあなのことだが、この場合は山のいただきがふさわしいか。いや、ほらあなから雲が出てくるのはありだから、どっちでもいいか。音読みは「シュウ」。熟語に「雲岫」(ウンシュウ)、「高岫」(コウシュウ)、「山岫」(サンシュウ)、「岫雲」(シュウウン)。

 ■景=ひ。

 「景」には「ひかげ、ひかり」という意味がある。

 ■エイエイ=翳翳。

 ほの暗いかげの生じるさま。物事の本質が奥深くにあって知りにくいさまという意味もある。「翳」は訓読みが多く「かざ・す」「かげ・る」「かげ」「かす・む」のほか、完全征服に「かげ・り」「かざ・し」「くも・り」もある。熟語には「暗翳」(アンエイ)、「陰翳」(インエイ)、「雲翳」(ウンエイ)、「底翳」(そこひ)、「蒙翳」(モウエイ)、「翳然」(エイゼン)、「翳薈」(エイワイ)、「掩翳」(エンエイ)、「黶翳」(エンエイ)。「エイエイ」は「洩洩」「泄泄」「盈盈」「英英」「営営」がある。

 ■バンカン=盤桓。

 あちらこちらを歩きめぐること。徘徊。また、ぐずぐずして先に進まないこと。「磐桓」「槃桓」とも書く。「盤」はここでは、「わだかまる、曲がりくねる、めぐる」という意。この意味では「盤踞」(バンキョ)、「盤根錯節」(バンコンサクセツ)、「盤曲」(バンキョク)、「盤屈」(バンクツ)、「盤紆」(バンウ)、「盤牙」(バンガ)、「盤珊」(バンサン)、「盤峙」(バンジ)、「盤陀」(バンダ、ハンダ)、がある。このほか、「盤」は「おおざら、たらい」の意味もあり、「盤饌」(バンセン)、「盤餐」(バンソン)、「盤纏」(バンテン)などもある。


この段では、懐かしい我家に戻った淵明が、自分の思うが侭に生活を始める様子を詠じています。。。乃公がいない間に、庭は蕪れかけているけれど松や菊はまだある。召使いが、可愛い我が子が、そして酒が一杯入った樽も迎えてくれる。家族らに囲まれて手酌しながら庭の木の枝ぶりをながめれば、顔は思わずほころぶ。窓に倚りかかり寛いでいると、膝を伸ばせば壁にぶつかりそうな狭い家でも気持ちの休まるのはやはり自分の家だからとしみじみ。自分が戻ってからは日増しに庭は生気を取り戻し、門には鍵を掛けて世俗との交わりは絶っているのだ。老体ながら杖をついて歩き回るのも息むのも自由さ。遠くの景色をゆったりと眺めれば、雲が峰から湧き出て、塒に帰る鳥の姿が目に入る。あたりがほの暗くなって夕日が沈まんとしたその時、わが身と重なる一本松をこのままいつまでも撫でていたい気持ちになってくるのだ。あぁ、これこそ私が望んでいた生活。。。第二の人生の始まりさ。

本当に楽しそうに嬉々と暮らす淵明の姿が髣髴としますね。

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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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