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♪あの故郷へ帰ろかな~、帰ろうかなぁ~♪=陶淵明「帰去来兮辞」1

陶淵明の「飲酒」二十首シリーズもようやく折り返し地点にきましたが、まだまだ先は長いです。淵明の作品は、岩波文庫の「陶淵明全集(上・下)」の訳者の一人である松枝茂夫氏によると、「詩一二四編、文一二編、他の有名詩人に比べて決して多い数ではなく、むしろ非常に少ない方で、李白や杜甫の十分一にも達しません」(同全集・上の「陶詩のすすめ」)とあります。成る程、「陶淵明全集」と銘打っているだけあって、本当に上・下に採録されている作品が全てなんですね。これは確かに尠ない。「桃花源記」は昨年3月に弊blogの劈頭で取り上げました。そして、有名な「帰去来兮辞」ですが、まだblogでは記事にしていませんでした。大型連休中ということもあり、ここらでいったん「飲酒」をお休みして、淵明が宮仕えをやめて田舎に帰ろうと決めたときの気持ちを詠んだこの詩をじっくりと味わおうと思います。それには、なぜ彼が田舎に帰ったのかその事情も記されています。

このblogを始める前に迂生がmixi日記で連載したことがありますのでIDがある方はご参照(→)いただいてもいいのですが、お持ちでない皆さまも多いでしょうから、ここに転載しておきます。以前の芥川シリーズと同様です。ただし、改めて当時の文章を読み返してみますと、現在のスタイルとは大幅に異なっていることが分かります。多少手を入れて、今の「髭鬚髯散人之廬」仕様に改めておきます。漢字問題がなければ「らしく」ないですよね。ただし、白文と逐語訳は除きます。いまさら書き写すのはしんどいですから…ご容赦ください。

まずは、その「序」の冒頭から見ていきましょう。底本は「陶淵明全集(下)」から。

「帰去来兮辞 幷序」(帰去来序兮の辞 幷びに序)

余が家貧にして、耕植以て自ら給するに足らず。幼稚室に盈ち、缾(ヘイ)にチョゾク無し。生生の資むる所、未だ其の術を見ず。親故多く余に長吏為らんことを勧む。脱然として懐う有り、之れを求むるに途靡し。



「帰去来兮」は「早く帰ろうよ」。「兮」は配当外で「ケイ」と読む。主語や文のあとにつけて、感嘆や強調の語気をあらわす助辞。訓読では普通は読みません。音符として構成する「盻」(ケイ)は1級配当で必須です。「にら・む」が見出し語にあるので書けなくてもいいから読めるようにしましょう。

■チョゾク=儲粟。

たくわえた粟のこと。「儲」は「たくわえ」。「儲蓄」(チョチク=たくわえること)。「缾」は配当外で「水をくむための器」。小型の酒器でもある。


陶淵明の若い頃を詠じたもので、多くの乳吞み児を抱えるのに、食べ物の蓄えは乏しく、自給自足できない。親戚連中は「長吏」(チョウリ=県の役人)になれと進める。「脱然」(ダツゼン)は見出し語にないが、漢字源によると、「今までの状態から、するりと抜け出るさま」とある。病気、雑事、俗界のことを超越したような場合とあるが、ここでは思い切って苦境を抜け出ようと官吏の途を得ようとしたということでしょう。でも伝手がないととほほな状態です。

「靡」は「な・し」と訓む。ちょっと難しい。漢字源によると、「なし」と訓み、「ない」と訳すという語法があるという。否定の意。通常は「なび・く」。音読みは「ビ」で、熟語には「靡衣媮食」(ビイトウショク=無為徒食)=配当外だが四字熟語辞典には掲載、「靡然」(ビゼン)、「靡敝」(ビヘイ)、「靡曼」(ビマン)、「靡麗」(ビレイ)、「糜爛」(ビラン)がある。

さて、「帰去来兮辞」は、陶淵明が41~42歳の時(西暦で言うと405~406年とされる)に詠み、ものしたと一般には言われています。もはや誰も口にしなくなりましたが正に「アラフォー」世代ですね。孔子の言う「不惑」であるはずの40歳も、過ぎれば時が経つほどに急坂を転げ落ちるように老いる一途。親戚の勧めで仕官できたものの、少しずつ歯車が狂い出し、自分の人生こんなはずでは…、「何かが違う」と感じてしまいがちなお年頃でもあります。

出世してもせいぜいあそこまで、、、、「最終形」がはっきりと見えてしまいます。ただ、家族がいるから、家族のために食い扶持だけは繋がなければ、、、、、とは言え、自分の本当にやりたいのはこんなことではないのだ。繁文縟礼とも言うべきうざったい人間関係から脱して、田舎に帰って優游自適の生活を送りたい―。妹の死をきっかけにそれを実行に移した陶淵明。その想いが「帰去来兮」(かえりなんいざ)の詩に凝縮されているのです。

さて、「序」の続きです。

会々四方の事有り、諸侯、恵愛を以て徳と為し、家叔、余が貧苦を以て、遂にショウユウに用いらる。時に風波未だ静かならず、心に遠役を憚る。彭沢は家を去ること百里、公田の利、以て酒を為るに足る。故に便ち之れを求む。


■会々=「たまたま」。

おりしも、丁度といった意味。

■家叔=カシュク。

叔父さんのこと。

■ショウユウ=小邑。

小さなむら・県。「邑」は、地方の町やむらのこと。「小邑に用いらる」は「小さな県の役人に登用される」。「都邑」(トユウ)、「邑里」(ユウリ)、「邑宰」(ユウサイ)、「邑頌」(ユウショウ)、「邑人」(ユウジン)、「邑子」(ユウシ)、「邑入」(ユウニュウ)、「邑落」(ユウラク)、「邑犬群吠」(ユウケングンバイ)。

■彭沢=ホウタク。

地名で県の名。今の江西省湖口県の東にある。「彭」は、さかんなさま。「彭彭」(ホウホウ)は見出し語にあり、物事が盛んなさま、また、多くて盛大なさま。音符として「澎」(ホウ、注=「ボウ」ではない)があり、「澎湃」(ホウハイ=滂湃)は必須熟語。書けるようにすること。遠くの勤務は嫌だけど、彭沢なら家から百里(50キロ)なら通勤できるということですか。電車が存るならいいが、当時は馬か。何時間かかるのだろう?俸禄としてもらっている米は、酒を為るのに十分なものだと言っています。流石は酒好き陶淵明。家族の食い扶持だけでなく己の欲望もちゃっかり視界に入れていますね。


少日に及んで、ケンゼンとして帰らんの情有り。何となれば、質性自然にして、キョウレイの得る所に非ず。飢凍切なりと雖も、己に違えば交々病む。嘗てジンジに従いしも、皆口腹に自ら役す。是に於てチョウゼンとしてコウガイし、深く平生の志に愧ず。猶お望む、イチジンにして当に裳を斂めてショウセイすべしと。


■ケンゼン=眷然。

「健全」「喧然」「顕然」が浮かぶが、「自分自身をかえりみた」という意味。「しばらくして自分を内省すると帰りたいなぁという思いがわいてきた」。「眷顧」(ケンコ)も似た意味。「眷」は「かえりみ・る」とも訓む。この意味では見出し語に「眷恋」(ケンレン)があるが、四字熟語の「ケンレンカイカク」は。。。。「牽攣乖隔」なので注意しようね。さらに、この漢字には、意味は違うが「眷属」「眷族」(以上ケンゾク)もあるので注意しようね。

■歟=か、や。

推測・反語・感嘆の助辞。音読みは「ヨ」。これでも1級配当なので一応注意しておこう。本番では出ないとは思うが。

■キョウレイ=矯励。

自分の悪い点をなおそうとして務め励むこと。「矯」とも書く。

■ジンジ=人事。

役人生活のこと。むかし若い頃、29歳の時、陶淵明は初めて仕官したことがある。それを指している。あのときも「口腹」、すなわち糊口を凌がんためだったと。

■チョウゼン=悵然。

うらみ嘆くさま。がっかりするさま。「帖然」「佻然」「輒然」「超然」「兆膳」ではない。「悵悵」(チョウチョウ)や「悵恨」(チョウコン)が類義語。「惆悵」(チュウチョウ)、「凋悵」(チョウチョウ)もある。「悵」は「いた・む」と訓むことに注意しよう。

■コウガイ=慷慨。

世の中の不正などを憤り嘆くこと。「惶駭」「郊外」「蒿艾」「笄」「口蓋」「梗概」「公害」「鉱害」ではない。四字熟語に「悲憤慷慨」(ヒフンコウガイ)。「慷」は「なげ・く」と訓む。ここでは、己の志と違うことをやっている自分に腹が立ち、愧じているのです。

■イチジン=一稔。

一度の収穫期、すなわち一年のこと。「稔」は「みのる」「とし」で、粢が一回みのる期間のこと。渠が任官したのは異動の時期でその歳の収穫が終わった直後のことなのでしょう。だから、せめて次の収穫期まであと1年辛抱して俸禄の米をもらえば、ということでしょう。

■裳を斂める=ショウをおさめる。

旅支度を整えること。「裳」は「もすそ」とも訓む。したばかまのこと。「斂」は「レン」。「斂める」は見出し語で、集めて一箇所にまとめる、また、取り入れる、しまう。衣服をまとめることですね。あるいは、袴の裾をからげること。「ととのえる」とも訓む。「斂手」(レンシュ)、「斂衽」(レンジン=すそがばらつかないようにしてひざまずく)、「斂迹」(レンセキ)、「斂葬」(レンソウ)、「斂足」(レンソク)、「斂眉」(レンビ)、「斂殯」(レンヒン)、「斂容」(レンヨウ)。

■ショウセイ=宵逝。

夜逃げ。給料を貰ってしまえばさっさとトンズラするさ。ところが、、、、


いで程氏妹、武昌にる。情はシュンホンに在り、自ら免じて職を去る。仲秋より冬に至るまで、官に在ること八十余日。事に因って心に順い、篇に命じて『帰去来兮』と曰う。乙巳の歳の十一月なり。


■尋いで=つ・いで。

表外訓み。漢検辞典に記載はないが、漢字源によると、接続詞で「それに引き続いて、まもなく」とある。「尋繹」(ジンエキ=手づるをたぐって真理を尋ね求める)は覚えておこう。

■喪る=みまか・る。

宛字チックな訓み。「みまかる」は通常、「薨る、身罷る」。死ぬの尊敬表現ですが、程氏に嫁いだ妹に敬意を表している。

■シュンホン=駿奔

シュンポンとも。駿馬のように速く走ること、つまり妹の葬式に駆けつけるということです。任官期間はたった80日あまり。妹の死を「好い訳」にして自らの志にしたがって行動することにしたのです。「いざかえりなん」。


以上、「序」はここまで。「飢凍切なりと雖も、己に違えば交々病む。」というくだりは、身につまされますね。縦令、ひもじい思い、家族のためという一心で仕事を頑張っていても、それが自分の意思にそむいていることであるならば、次第に体が、いや、心が蝕まれて行く。鬱。。。。現代に通用しますね。しかし、世の中に楽しい仕事なんてないよ、淵明さんよ。自分を「殺す」ことも必要さ、時にはね。本篇は次回にて。。。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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