スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

お腹が膨れるのがいいか?己を曲げるのがいいか?=陶淵明「飲酒」11


陶淵明の「飲酒」シリーズの11回目。岩波文庫の「陶淵明全集(上)」から。貧乏に迫られて出仕したもののやはり自分には向いていないことを悟ったことを振り返っています。もはや閑居の暮らしぶりに馴染んだ淵明は、むかしの若かった己がむしろ新鮮に感じられるようになりました。あんな頃もあったんだな~、人って変われるんだなぁ~。

「其十」

在昔 曾て遠遊し

直ちに東海の隅に至れり

道路 ア)かにして且つ長く

風波 1)チュウトを阻む

此の行 誰か然らしめし

飢えの駆る所と為すに似たり

身を傾けて2)イッポウをイ)めなば

少許にして便ち余り有らん

此れ名計に非るを恐れ

3)を息めて閑居に帰れり

1)チュウト=中塗。

道のりの中ほど、物事が進行する中ほど。中途、中路(チュウロ)ともいう。

2)イッポウ=一飽。

おなかがいっぱいになって飽きるほど。

3)ガ=駕。

車駕のこと。「駕を息(や)める」と用いて、「車を停める、つまり、官途から離脱すること」。

ア)迥か=はる・か。

中間がうつろで、遠くにぽつんと見えるさま、はるかに離れたさま。音読みは「ケイ」。迥然(ケイゼン=はるかにとおいさま、ぽつんととおくに孤立するさま、迥迥=ケイケイ=)、迥抜(ケイバツ=ただ一つ高くぬきんでる)、迥遼(ケイリョウ=はるかに離れる、迥遠=ケイエン=)。「はるか」はほかに、「遥か、遥か、夐か、姚か、悠か、杳か、渺か、眇か、緬か、緲か、縹か、茫か、藐か、迢か、逖か、遐か、遼か」などがあります。

イ)営めなば=もと・めなば。

「営める」は「もとめる」。辞書には掲載がなく、特殊な表外訓みです。営魄(エイハク=たましい)。

在 昔 曾 遠 遊
直 至 東 海 隅
道 路 迥 且 長
風 波 阻 中 塗
此 行 誰 使 然
似 為 饑 所 驅
傾 身 營 一 飽
少 許 便 有 餘
恐 此 非 名 計
息 駕 歸 閑 居



昔、遠く旅に出てずっと東海の一隅までいったことがある。道のりは遥かにかつ長く、途中、風波に阻まれたものであった。何がわたしをそうさせたのか。どうやら、飢えに駆り立てられたためらしい。あのとき、全精力を傾けて腹いっぱい食べられる暮らしを求めていたら、まもなくゆとりが生じていたのではないか。けれどもわたしは、これが賢明なやり方ではないと気づき、役人勤めをやめた。そして、閑居に帰ったのである。

ここで言う東海の一隅とは「当時、曲阿の地を南東海郡と呼んでいた。淵明は四十歳の年、鎮軍将軍の幕僚としてこの地を通ったことがある」。「少許」(ショウキョ)は「少しばかり」。淵明が宮仕えをしていたのは飢えを療やす、すなわち、家族を養って食べていくためであったとはっきりと言っています。もしもその気持ちが続いていたなら、もう少し金持ちになれていたはずだ。しかし、その愚かさに気付いた彼は、すかさず役人を弭めた。そして、向かった先は田園だったのです。同じようなくだりを繰り返していますが、相当な熱き思いを込めていると読んだ方がいいでしょう。立身出世を夢見た時期は誰しもあるでしょう。それが破れたと悟った時にどういう発想が出来て、どういう行動をとれるかが勝負となるのです。しかし、四十代での転身はきついきつい。絆されるものを抱えているだけに己の気持ちだけで計れないのが辛いところ。前途の選択肢はそうは多くないのです。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
03 | 2017/04 | 05
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 - - - - - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。