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隠者同士なら言葉はいらぬ 菊と廬山で乾杯だ!=陶淵明「飲酒」6

東晋の隠逸詩人、陶淵明の「飲酒」シリーズ6回目です。今回は飲酒二十首の中でも人口に膾炙していると言っていい首です。隠者の暮らしぶりを描き、隠者の要諦を述べています。折に触れて口ずさみ、是非とも暗記して暗誦できるようにしたいもの。あるいは、自分で文章を書くなどの際に引用したり、モチーフとしたりしたら楽しいのではないでしょうか。さり気なく陶淵明を引用するなんざちょっとお洒落じゃあ~りませんかぃ?

「其五」

廬を結んで1)ジンキョウに在り

而も車馬のア)しき無し

君に問う 何ぞ能くイ)ると

心遠く地自から偏なり

菊を採る 2)トウリの下

悠然として南山を見る

3)サンキ 日夕に佳し

飛鳥 ウ)相与に還る

此の中に真意有り

弁ぜんと欲して已に言を忘る


1)ジンキョウ=人境。

人の住んでいるところ、俗人が住む人間世界のこと、世間。

2)トウリ=東籬。

東側にある垣根。それじゃあ、西側にある垣根は「西籬」か?辞書には掲載がないが…。陶淵明のこの詩に詠まれたお陰で「東籬」が定着した。もしも、「采菊西籬下」と詠んでいたら…中国文学史の一頁が塗り変わっていたかもしれませんな。いやいや、「南籬」でも「北籬」でもいいんですがね。偸利、凍梨、桃李、董理、蹈履などの同音異義語も押さえておきたいところ。

3)サンキ=山気。

山の中の気、山中の空気のこと。山に立ちこめるもや・霧を指す場合もありますが、ここは前者。ただし、「やまけ」と訓んでしまうと「冒険や投機を好む心のこと」。一発当てましょう!?何を?

ア)喧しき=かまびす・しき。

「喧しい」は「かまびすしい」。わいわいとにぎやかでうるさいようす。「やかましい」もありですが、こちらは和訓。喧譟(ケンソウ=騒がしい、また、やかましく騒ぎ声、喧騒、喧噪、喧聒=ケンカツ=)、喧争(ケンソウ=騒がしく言い争う)、喧囂(ケンゴウ=やかましく騒ぐ)、喧呼(ケンコ=やかましく叫ぶ)、喧喧(ケンケン=騒がしいさま)、喧嘩(ケンカ=騒がしく言い立てる)、喧轟(ケンゴウ=騒がしく響き渡る)、喧啾(ケンシュウ=鳥などが騒がしく鳴く)、喧擾(ケンジョウ=騒ぎ乱れる、喧紛=ケンプン=)、喧静(ケンセイ=騒がしいことと静かなこと)、喧然(ケンゼン=騒がしいさま)、喧伝(ケンデン=盛んに世間に言いふらす)、喧騰(ケントウ=評判が高くなる、大評判になる)、喧呶(ケンドウ=やかましく叫ぶ)、喧鬧(ケンドウ=騒がしくてにぎやか)、喧熱(ケンネツ=熱狂して騒ぐ)、喧卑(ケンピ=騒がしくていやしい)。

イ)爾る=しか・る。

指示語。近くにある事物や前に述べた事物や事柄を示す言葉。それ、そのような。

ウ)相与に=あいとも・に。

漢文訓読語法。「いっしょに、たがいに」と訳す。「与」は「ともに」と訓み、従属する意。


結 廬 在 人 境
而 無 車 馬 喧
問 君 何 能 爾
心 遠 地 自 偏
采 菊 東 籬 下
悠 然 見 南 山
山 氣 日 夕 佳
飛 鳥 相 與 還
此 中 有 真 意
欲 辨 已 忘 言



人里に居を構えているのだが、役人どもの車馬の音に煩わされることはない。「どうしてそんなことがあり得るのだ」とお尋ねかい。いやいや、わたし自身の心が世俗から遠く離れたところにあるから、ここだって僻遠の地に変わってしまうのだよ。東側の垣根の下に咲いている菊の花を手折りつつ、ゆったりとした気持ちで、ふと頭をもたげると、南方遥かに廬山の姿が目に入る。山のたたずまいは夕方が特別にすばらしく、鳥が連れだって山のねぐらに帰って行く。この自然の中にこそ、人間のあるべき本当の姿があるのではないか。ところが、それを言葉にしようとしてもどうにもうまく表せないのがもどかしい。

この中でもっとも有名なのは「采菊東籬下、悠然見南山」の二句。不老長生の象徴である菊の花を薬として飲む陶淵明。いや、菊を浮かべて酒を飲んでいるのかもしれません。さらに南山。これも不老長生を寓意する山。現在の江西省九江県にある廬山のこと。廬山の真面目という成句が残っているように、廬山という山は見る角度、時間、場所によって、見る人の気持ちによって見え方が変化する不思議な山である――北宋の蘇軾も「題西院壁」で詠じています。酔っ払って見た南山は陶淵明の目にどのように映ったのでしょうか。

次の二句の「山氣日夕佳、飛鳥相與還」と并せて、菊の花で一杯、彼方の廬山、秋の夕暮れ、靄の中、塒に還る鳥。。。煩わしい俗世間を離れた陶淵明が、隠者の暮らしを始めた様子が活写されています。そして、最後の二句の「此中有真意、欲辨已忘言」は、陶淵明自身が説くところの隠者の心得。「真実を悟った者は言葉を忘れるのだ。孤高の人から話を聞いたって俗世間に入る者は理解できやしないのさ。本当に知りたかったらこっちへおいで。隠者と隠者なら目と目で会話ができるぞ~い」。こんな風に詼謔的な風味も感じられるくだりです。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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