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群からはぐれた鳥が逝き着いた居場所とは?=陶淵明「飲酒」5

陶淵明の「飲酒」シリーズの5回目です。岩波文庫の「陶淵明全集(上)」から。

「其四」

ア)栖栖たり 群を失える鳥

日暮れて猶お独り飛ぶ

徘徊して1)テイシする無く

夜夜 声は2)ウタた悲し

イ)響 清遠を思い

去来 何ぞ依依たる

孤生の松に値えるに因り

翮をウ)めて遥かに来たり帰る

3)ケイフウに栄木無く

此の蔭 独り衰えず

身を託するに已に所を得たり

千載 相違わざらん

1)テイシ=定止。

さだまった居場所。これはなかなかに面白い言葉です。停止、涕泗、諦思、逞志でなないので要注意。常用系の難問となりそう。

2)ウタた=転た。

時が経つにつれて程度がだんだんと激しくなるさま。ますます。これは頻出ですね。「愈」も同様の意味。「転~」の熟語は、転轂(テンコク=こしきを回す、車で荷物を運ぶ)、転丸(テンガン、たまをころばす=物事がたやすいこと、勢いの激しいたとえ)、転徙(テンシ=場所・すまいを次々変える)、転瞬(テンシュン=瞬きする間もない短い間に)、転餉(テンショウ=軍用の食糧をもちはこぶ)、転柁(テンダ=舟の向きを変える)、転眄(テンベン=ふりかえって見る、昔を反省する)、転蓬(テンポウ=風にふきとばされてころがっていくヨモギ、あちこちを転々とするたとえ)、転漏(テンロウ=水時計の目盛りが変わること、わずかな時間)。

3)ケイフウ=勁風。

つよい風。「勁」は「つよい」とも訓む。勁悍(ケイカン=つよくてあらあらしい)、勁士(ケイシ=勇気があって性質のつよい人)、勁疾(ケイシツ=つよくてすばやい、勁捷=ケイショウ=)、勁秋(ケイシュウ=万物を枯らすような風や、霜のきびしい秋)、勁駿(ケイシュン=強くてはやい馬)、勁箭(ケイセン=じょうぶなつよい矢、勁矢=ケイシ=)、勁草(ケイソウ=風などに折り曲げられないつよい草、節操の固い人物のたとえ)、勁直(ケイチョク=外からの力によって曲げられることのない強い正しさ)、勁弩(ケイド=張りが強い石弓)、勁抜(ケイバツ=つよくて他に抜きんでている)、勁兵(ケイヘイ=鋭い武器、強い兵隊、勁卒=ケイソツ=)、勁旅(ケイリョ=つよい軍隊)。

ア)栖栖=セイセイ。

息を弾ませて忙しそうなさま。せかせか。棲棲とも。不安げな様子でもあります。

イ)響=レイキョウ。

しきりに鳴く声。「」は「はげしい」。疫(レイエキ=たちの悪い病気、悪疫)、階(レイカイ=災いのもと、禍端)、鬼(レイキ=疫病神)、色(レイショク=いかりで顔つきをきびしくする)、風(レイフウ=激しい風、烈風)、民(レイミン=人民を苦しめること)。

ウ)斂めて=おさ・めて。

「斂める」は「おさめる」。たるんだものを引き締める、散在したものをまとめる。音読みは「レン」。斂手(レンシュ=手を出さない、かかわりを持たずに何もしないこと)、、斂衽(レンジン=すそがばらつかないようにしてひざまずく、みなりをきちんと整える)、斂迹(レンセキ=挙動を引き締めてつつしむ)、斂葬(レンソウ=死体を土中に葬りおさめる)、斂足(レンソク=足を引き寄せて、小刻みに進むさま)、斂眉(レンビ=まゆを寄せて顔をしかめること)、斂殯(レンヒン=死体を棺に入れて安置すること)、斂容(レンヨウ=乱れた姿を引き締めて整える、態度を引き締めて居住まいを正す)。

栖 栖 失 群 鳥
日 暮 猶 獨 飛
徘 徊 無 定 止
夜 夜 聲 轉 悲
 響 思 清 遠
去 來 何 依 依
因 値 孤 生 松
斂 翮 遙 來 歸
勁 風 無 榮 木
此 蔭 獨 不 衰
託 身 已 得 所
千 載 不 相 違



群にはぐれた鳥が日が暮れてもただ一羽、まだ不安げに飛んでいる。さまよって落ち着くところもなく、鳴き声は毎晩ひとしお悲しげだった。しきりに鳴くその声は清遠の地に思いをはせているのか。行きつ戻りつして去りがたくしていたが、幸い一本松をみつけ、ようやく羽をすぼめてはるばる飛び帰ってきた。冬の寒風に吹きさらされて、木々はみな葉を落としてしまったが、この松の葉かげのみは常緑を保っている。安住の地を得たからには、もはやいつまでもここを離れはしないだろう。

群れからはぐれた鳥は当然ながら陶淵明自身のこと。。塵俗に塗れた宮仕えの生活に飽き飽きした彼は、あちこちさまよったが、漸くにして身を落ちつける場所を見つけたのです。「翮」(カク)は「(鳥の)つばさ」。もう飛び廻る必要のない鳥にはもはや必要のない代物です。周りが葉を散らす中で「常緑」と喩えて永遠に変わらない居場所、それが故郷の田園だったのです。そこはやさしく迎え入れてくれると同時に、心の起伏を起こさせることがない安寧の地。。第十一句にある「已得所」は、彼自身が隠遁生活に入ったことを寓意しています。陶淵明の「帰去来兮辞」を思い起こします。どうして彼が田園に帰ったのか。その背景や心情については、もう一度復習したいところですな。
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Author:char
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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