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仙人が鶴になって「内助の功」を啓示する?=北宋の蘇軾

今回も鶴つながりでまいります。「玄裳縞衣」(ゲンショウコウイ)という成句がありますが、「玄」は「黒」、「裳」は「もすそ、はかま」、「縞」は「白」、「衣」は「うわぎ」。文字通り鶴の高貴な姿を形容したものです。出典は北宋の官僚詩人、蘇軾(蘇東坡、1036~1101)の「後赤壁の賦」(コウセキヘキのフ)。元豊5年(1082)10月、黄州在住のころの作品。かの有名な「前赤壁の賦」に後れること約3カ月に詠まれました。「賦」というのは、形式にとらわれずに真情を詠む散文的な詩のことです。

是の歳十月の望、雪堂自り歩して、将に臨皐に帰らんとす。二客、予に従いて黄泥の坂を過ぐ。霜露 既に降り、木葉 尽く脱つ。人影 地に在り、仰いで明月を見る。顧みて之を楽しみ、行歌して相答う。

この歳の十月、望月の日、雪堂から徒歩で臨皐亭に帰ろうとして、二人の友人といっしょに、黄泥の坂にさしかかった。霜や露がもう降りて、木の葉はすっかり散り果てている。人の影が地面に映るので、ふり仰いで名月をたしかめ、たがいに見かわしてよろこびあい、歩みつつ歌をうたって唱和した。

已にして嘆じて曰く、「客有れども酒無く、酒有れども肴無し。月白く風清し。此の良夜を如何せん」と。客曰く、「今者の薄暮、網を挙げて魚を得たり。巨口細鱗、状 松江のア)に似たり。顧うに安くにか酒を得る所ぞ」と。帰りて諸を婦に謀る。婦曰く、「我に斗酒有り。之を蔵すること久し。以て子の不時の須を待てり」と。是に於て酒と魚とを携え、復た赤壁の下に游ぶ。

しばらくしてわたしはためいきをもらした。「友人がいるのに酒はなく、酒はなんとかなってもさかながない。月が白くさえ風がさわやかにわたる、このすばらしい夜もこれじゃ台無しだ」。友が言う。「今日の夕暮れ、網をあげたら魚がかかっていました。大きな口にこまかなうろこ、すがたはまるであの松江の鱸です。ところで、酒はどこで手に入れたものですかな」。帰って女房に相談すると、「わたしのところに一斗ばかりの酒があります。ずっと前から仕舞ってあるのです。あなたが急にお求めになることがあるかもしれないと思っておりました」。そこで、酒と魚をひっさげて、またも赤壁の下に遊んだのだ。

江流 声有り、断岸 千尺、山高くして月小さく、水落ちて石出づ。曾ち日月のイ)幾何ぞや。而るに江山 復た識る可からず。予 乃ち衣をウ)げて上る。エ)巉巌を履み、オ)蒙茸を披き、虎豹に踞し、虬竜に登り、栖鶻の危巣にカ)じ、馮夷の幽宮を俯す。蓋し二客は従うこと能わず。劃然として1)チョウショウすれば、草木 震動し、山鳴り谷応えて、風起こり水涌く。予も亦た2)ショウゼンとして悲しみ、3)ショウゼンとして恐れ、4)リンコとして其れ留まる可からざるなり。反りて舟に登り、中流に放ち、其の止まる所にキ)せて休む。

長江は水音をたてて流れ、切り立った崖は千尺、山は高くそびえて、月は小さく見え、水は枯れて岩石がごつごつと突出している。さてもあの日からどれだけの月日が流れたのか、江も山もまるで見おぼえがないとは。わたしはそこで裾をからげて岸に上がり、切り立つ岩を踏みしめ、からまり茂る草むらに分け入り、虎や豹に見紛う岩にうずくまり、虬や竜に似た古木にのぼって、ハヤブサの高みに懸けた巣によじのぼり、水神馮夷の水底にひそけき宮殿を見降ろした。もはや二人の友人もついてこれないようだ。空を切り裂くように口笛を吹いてみると、草木はふるえ、山と谷は共鳴して、風が巻き起り流れは涌き返った。わたしもまたもう声もたてられなくなって悲しみに襲われ、ぞくっとして恐怖を覚えた。寒気がひしと身にしみて、もはやとどまり得ないまでになった。引き返して舟に乗り、流れの中程に漂わせて、行き先は舟に任せ、そのまま休息した。

時に夜将に半ばならんとし、四顧 寂寥たり。適たま孤鶴有り、江を横ぎりて東より来る。ク) 車輪の如く、玄裳 縞衣、5)カツゼンとして長鳴し、予の舟を掠めて西せり。6)シュユにして客去り、予も亦た睡に就く。一道士を夢む。羽衣翩僊として、臨皐の下を過ぎ、予に7)ユウして言いて曰く、「赤壁の遊 楽しかりしか」と。其の姓名を問うに、俛して答えず。「嗚呼噫嘻、我 之を知れり。8)チュウセキの夜、飛鳴して我を過りし者は、子に非ずや」と。道士顧みて笑う。予も亦た驚き悟む、戸を開いて之を視るに、其の処を見ず。

ときに真夜中近く、あたりはひっそりと静まり返っていた。ちょうどそのとき、一羽の鶴が江をわたって東から飛んできた。つばさは車輪のように大きく、くろいはかま・しろいうわぎのすがたで、クゥアと声を引いて鳴き、わたしの舟をかすめて西のかなたに飛び去った。まもなく友人たちは帰り、わたしもねむりに就いた。独りの道士を夢に見た。身に付けた羽衣をひらひらさせて、臨皐亭の近くを通りかかって、わたしに会釈をし、「赤壁のあそびは楽しかったですか」と尋ねる。名前を問うたが、うつむいたまま答えてくれない。「ああ、そうだったのですね。ゆうべ、鳴きながらわたしのところを飛んで行かれたのはあなたでしょう」と問いかけたが、道士は振り返って微笑み返しただけ。わたしもはっと夢からさめた。戸をあけてさがしてみたが、その姿はどこにもなかった。

漢字の問題はそれほどの超難問はありません。いずれも本番で出そうなものばかりを集めてみました。苟も漢字検定1級を志す人ならば、8割は正解してほしいところです。2)と3)の「ショウゼン」のい区別は稍難問かもしれません。

1)チョウショウ=長嘯。声を長く引き伸ばし詩歌を歌う。
2)ショウゼン=悄然。しょんぼり。
3)ショウゼン=肅然。ものさびしい。
4)リンコ=凜乎。りりしいさま。
5)カツゼン=戛然。鶴の鳴き声の形容。
6)シュユ=須臾。たちまち。
7)ユウ=揖。両手を前に組み遜る挨拶。
8)チュウセキ=疇昔。きのう。

ア)鱸=すずき。ここは淡水魚。
イ)幾何=イクバク。どれくらい、いくら。
ウ)摂げて=かか・げて。
エ)巉巌=ザンガン。ごつごつした山が険しくそぼえているさま。
オ)蒙茸=モウジョウ。雑草の生い茂るさま。「茸」は「ジョウ」。
カ)攀じ=よ・じ。
キ)聴せて=まか・せて。
ク)翅=つばさ。


「松江の鱸」は「蓴羹鱸膾」(ジュンコウロカイ)の四字熟語にもなっている「故郷を懐かしく思う心」。晋の張翰が故郷の料理である蓴菜の御吸い物と鱸の膾(なます)のおいしさにひかれて、官を辞して故郷に帰った故事を指しています。「松江」は本邦の「まつえ」ではないので念のため。。。

蘇軾が夢で出会った道士とは、道教の僧侶のことで、ここでは仙人を指していると思われます。そして、実は昨晩飛んでいた鶴の化身だったと蘇軾は考えるのですが、例の崔と李白が詠んだ「黄鶴楼」の伝説にあった黄色い鶴が乗せたのも仙人だったのです。鶴というのは仙人を乗せる神秘的な鳥と言えるでしょう。

この賦を通して全体的に言えるのは、鶴に遭ったのは何らかの前兆としてとらえられており、夢に見た道士は蘇軾に何かを伝えたかったのでしょう。ここからは勝手な妄想ですが、迂生が特に心を引かれたのは、蘇軾の妻が夫のために酒を用意していた機転のよさです。いつかあなたが言ってくるだろうと見越して隠し持っていたって言うなんざ、妻の鑑。いわば「臍繰り」もこのように効果的に使えれば、旦那も一生妻に頭が上がらんですわね。夫が友達にいいところを見せることができたのも、妻の“ナイスプレー”の御蔭と言えるでしょう。くだんの鶴も「奥様を大事になされよ。あなたは到底奥様にはかなわないのだから」と伝言しに来たのかもしれませんな。男子たる者、内助の功にこそ支えられているのはいずこの国も古来、同じかもしれません。此く言う迂生も例に漏れませんなぁ……。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
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