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猛虎も萎れさせる「厚顔無恥」の罠?=司馬遷「報任少卿書」12

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の12回目です。

猛虎深山に在れば、百獣1)シンキョウす。2)カンセイの中に在るに及べば、尾をア)りて食を求む、威約を積むの漸なればなり。故に地を画して牢と為せば、勢入る可からず、木を削りて吏と為せば、議対うる可からざる有り、計を鮮らかに定むればなり。今、手足を交え、木索を受け、肌膚をイ)され、榜箠(ボウスイ=むち)を受け、3)エンショウの中に幽せらる、此の時に当たりては、獄吏を見れば則ち頭は地にウ)り、4)トレイを視れば則ち正に息(テキソク=おそれて溜息をつく、喘=テキゼン=)す。何者なれば、威約を積むの勢いなれば、以て是に至るに及びて辱めずと言う者、所謂強顏なるのみ。エ)ぞ貴ぶに足らんや。

 1) シンキョウ=震恐。

  ふるえおののく。震懼(シンク)ともいう。震駭(シンガイ=ふるえおどろく)、震撼(シンカン=ふるえ動く、ふるわせ動かす)、震悸(シンキ=おののいて胸がどきどきする)、震眩(シンゲン=ふるえおののき、目がくらむ)、震悚(シンショウ=おそれてちぢこまる、震懾=シンショウ=、震慴=シンショウ=)、震天駭地(シンテンガイチ=天地をふるわせおどろかす、勢いの盛んなさまのたとえ)、震恚(シンイ=ひどく怒る、天子の怒り)、震悼(シントウ=ふるえおののくほどいたむ、天子が臣下の死をかなしむさま)、震慄(シンリツ=ふるえおののく)。

 2) カンセイ=檻穽。

  おりと、落とし穴。「檻」は「おり」「おばしま」、「穽」は「おとしあな」。檻猿(カンエン=おりに入れられたサル、自由がきかないもののたとえ)、檻檻(カンカン=車の走る時の音の形容)、檻車(カンシャ=罪人・獣などを運ぶ、おりのついた車)、檻送(カンソウ=罪人などをおりや囲いに入れて送る、檻致=カンチ=)、檻輿(カンヨ=罪人などを送るための、おりのついたこし、かついで運ぶこし)。坎穽・陥穽(カンセイ=おとしあな、穽陥=セイカン=)。

 3) エンショウ=圜牆。

  ろうや。丸く囲った部屋。圜土(エンド)ともいう。「まるい」と訓む場合は「エン」、「めぐる」と訓む場合は「カン」と聊かややこしいです。円鑿方枘(エンサクホウゼイ=物事が合わないことのたとえ)、圜視(エンシ=目を丸くして見る、驚いて見る、カンシ=ぐるりと周囲を見回す)、圜丘(エンキュウ=丸い形の丘、土を丸く盛り上げて天子が冬至に天を祀る儀式の壇とした)、圜宰(エンサイ=天のこと、圜則=エンソク=)、圜繞(カンジョウ=ぐるりと、取り囲む)。猿嘯、冤訟、炎瘴、焔硝、艶笑などの同音異義語も覚えたいところ。

 4) トレイ=徒隷。

  徒刑になっている人、服役中の囚人。

 ア) 揺り=ふ・り。

  「揺る」は「ふる」。ゆらゆらと曲線を成して動くこと。漸特殊な表外訓み。揺曳(ヨウエイ=ゆらゆらと物がゆれ動くさま)、揺唇(ヨウシン=くちびるを動かす、しゃべる、揺吻=ヨウフン=)、揺蕩(ヨウトウ=ゆらゆらと動く、揺り動かす、揺動=ヨウドウ=)、揺漾(ヨウヨウ=水が揺れ動く)、揺籃(ヨウラン=ゆりかご、転じて子供のころに育った環境、物事の発祥の時期)。

 イ) 暴され=さら・され。

  「暴す」は「さらす」。むき出しにして日にさらす。表外訓み。「曝」と同義。この意味では「バク」と読む。「さらす」はほかに、「晒す、曝す、晞す、曬す、梟す、漂す」。

 ウ) 槍り=いた・り。

  「槍る」は「いたる」。この訓みは辞書には掲載がありません。「槍」は「やり」。「搶」(ソウ、つく、つき進む)に当てた用法と見えます。「搶」は「つく、まっしぐらにつきあてる」という意味。搶攘(ソウジョウ=つきとばしたり、はらいのけたりする、乱れたさま)。

 エ) 曷ぞ=なん・ぞ。

  反語の意。どうして~か。「曷若」(いかん=どうであるか、どのようか)、「曷為」(なんすれぞ=何が故に、なんで)。



猛虎と雖も、いったん罠に掛かって檻に入れられたが最後、尾っぽをふりふり食べ物を欲しがります。脅され続けて自然の勢いでそうせざるを得ないのです。これと同じで、地面に線を引いてここが牢獄だと言われただけで、士たる者はだれもそこへ入ろうとはしません。また、木を削ってこれが獄吏だと言われれば、これに面と向かって意見を述べようとはしません。裁判ごとになる前にとるべき道がしっかりと定まっているからなのです。しかし、今のわたしは手足を組み合わされ枷をはめられ、肌膚をさらして、杖棒で打たれ、牢獄の中に幽閉されています。こういう状態にあっては獄吏を見れば地面に着くほど頭を下げて、使用人や下僕を見ても、怯えて息をひそめてしまうのです。なぜでしょう。それは脅され続けて必然の結果なのです。この時に至って、辱められていないと言うのは、世に言う面の皮が厚いというものであり、尊ぶべきものではありません。

最後のくだりは「厚顔無恥」に尽きるでしょう。身を汚され辱められたと自分を苛める司馬遷。ここでも自らを卑下しています。李陵を弁護した自分に間違いはないと自信たっぷりではあるが、不本意ながらも脅しを受けて刑に服したがために萎縮した。しかし、それでも彼は生きる道を選んだのです。獄吏に賄賂を貽ることもできず、自らの命を絶つこともできず……。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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