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「九牛の一毛」「ロウギ」…自虐コメント頻々=司馬遷「報任少卿書」10

中国の名文を味わうシリーズは、司馬遷の「報任少卿書(任少卿に報ずるの書)」(明治書院の新書漢文大系・35「文選<文章篇>」の10回目です。世間の笑い者になっても、誰も私の真意など分かってはくれまい。

僕の先、1)ホウフ2)タンショの功有るに非ず。文史3)セイレキ、4)ボクシュクの間に近し。固より主上の5)ギロウする所、6)ショウユウのア)う所、7)リュウゾクの軽んずる所なり。仮令僕法に伏し誅を受くるも、A)九牛の一毛を亡うが若し。8)ロウギと何を以てか異ならんや。而して世は又能く9)シセツする者をイ)さず、特だ以て智窮し罪極まり、自ら免るる能わず、卒に死に就くと為すのみ。何ぞや、素より自ら樹立する所の然らしむるなり。人固より一死有り、或いは10)タイザンより重く、或いは11)コウモウより軽し、用のウ)く所異なればなり。


 1) ホウフ=剖符。

  割り符を二分することで、昔、天子が諸侯を封ずるとき、符を二分して一方を朝廷または役所に置き、一方をその人に与えて、任命や契約の証拠とした。「フをさく」とも訓む。

 2) タンショ=丹書。

  丹であかく書くこと、転じて天子の詔勅。天子が直々に功のある者に下す文書のことを指します。大層な名誉でしょう。

 3) セイレキ=星暦。

  天体の運行を考えて暦を作ること、また、その人。星歴とも書く。

 4) ボクシュク=卜祝。

  占い師と巫女のこと。「卜」は「うらない」。

 5) ギロウ=戯弄。

  戯れに弄ぶこと。戯玩(ギガン)ともいう。

 6) ショウユウ=倡優。

  役者、俳優。娼優とも書き、倡俳(ショウハイ)ともいう。「倡」も「優」も「わざおぎ」。

 7) リュウゾク=流俗。

  世間の俗人。

 8) ロウギ=螻蟻。

  ケラとアリ。つまらない存在。螻蟻潰堤(ロウギカイテイ=ほんの些細なことが、大きな事件や事故の原因となること)、螻蚓(ロウイン=ケラとミミズ、これも取るに足らない存在)。

 9) シセツ=死節。

  節義のために死ぬこと。諸葛亮の「前出師の表」でも「此悉貞亮、死節之臣也」(此れ悉く貞亮にして節に死するの臣なり、復習)とあったのは覚えていますか?復習してみてください。

 10) タイザン=太山。

  山東省にある名山、泰山のこと。五岳の一つ。

 11) コウモウ=鴻毛。

  オオハクチョウの毛。すなわち、非常に軽いものの譬え。「鴻」は「ひしくい」「おおとり」(オオハクチョウ)。「おおきい」との訓みもある。熟語は非常に多いので特記すべきものは、鴻恩(コウオン=大きな恩、鴻沢=コウタク=、鴻恵=コウケイ=)、鴻雁(鴻鴈=コウガン、カリ)、鴻業(コウギョウ=天下を治める帝王の大事業、鴻緒=コウショ=)、鴻鵠之志(コウコクのこころざし=オオハクチョウなど大きな鳥の気持ち、スケールの大きい名立派な志)、鴻儒(コウジュ=りっぱな学者、大学者)、鴻漸(コウゼン=徐々に昇進する様子)、鴻爪(コウソウ=人の世が変化してあてにならないこと、オオハクチョウが雪上に爪跡を残して翌年に再び来る目標とするが、次来ても残っていないから)、鴻藻(コウソウ=りっぱな文章)、鴻図(コウト=洛陽)、鴻筆(コウヒツ=大文章を書くこと)、鴻名(コウメイ=大きな名誉、立派な名前)、鴻濛(鴻蒙=コウモウ、天地の間を流れる大きな気、もやもやした大気)、鴻烈(コウレツ=大きな手柄、大功)。

 ア) 畜う=やしな・う。

  たいせつにしてかばう。かばってやしなう。表外訓み。この意味では「キク」と読むケースもある。畜養(チクヨウ、キクヨウ=家畜を飼う、大事に育てる)。

 イ) 与さず=ゆる・さず。

  「与す」は「ゆるす」。許す。特殊な表外訓み。辞書には用例が無し。「あずかる」の意味から派生したようです。

 ウ) 趨く=おもむ・く。

  足早にいく、さっさとある方向に進む。「はしる」とも訓む。音読みは「スウ」「ソク」。趨炎附熱(スウエンフネツ=時の権力者に近づき従うこと)、趨舎(スウシャ=とることと捨てること)、趨競(スウキョウ=はしり競う)、趨闕(スウケツ、ケツにおもむく=朝廷に行く)、趨時(スウジ、ときにおもむく=さっさと時機・時勢にあわせる、時勢に便乗する)、趨翔(スウショウ=日常の動作、立ち居振る舞い、趨翔閑雅)、趨蹌(スウソウ=すばやくはしるさま)、趨庭(スウテイ=家庭で子が父の教えを受けること)、趨風(スウフウ、かぜにはしる=風にのったようにはやく通り過ぎること)、趨歩(スウホ=小走りに走る)、趨利(スウリ、リにはしる=利益のある方についておこぼれを得ようとする)、趨織(ソクショク=コオロギ)、趨数(ソクソク=せわしげでわずらわしいさま)、趨趨(ソクソク=せわしげに歩くさま)。



 ■下線部A)の文字通りの意味を記すとともに、その背景にある司馬遷の思いを斟酌せよ。

(解答例) 「九牛」は九頭の牛、牛が多くいるさま、それほどに多い牛のたった一本の毛をなくすという意味で、「多くの中のごくわずかな数が無くなる程度の些細なこと、転じて、物の数に入らないことということ」。李陵を弁護した司馬遷が、たとえそこのことで死刑になろうとも物の数ではない、大勢に何の影響もないことを自虐的に表現している。その次に在る「螻蟻と何を以て異ならん」の「虫けらが死んだとてちっとも変わらない」も同じ。自分の存在をこれでもかと貶めることで、逆にそれに対する怨念の深さを表していると言えよう。「滄海一粟」や、「大海の一滴」なども同義。これまでも散々、自らを卑下し続けてきた司馬遷ですが、その「鎧」の後ろに隠されている「熱き魄の迸り」が時々顔をのぞかせる。この表現もそうした一環として捉えることができる。本当はその逆なのである。

司馬遷の“自虐プレー”はこのあともまだまだ続きます。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
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