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教育通じ世代間のバトンを繋ごう=王融「永明十一年、策秀才文五首」4

中国名文を囓んで玩わうシリーズは、南朝斉の王融(467~493)が作成した「永明十一年、策秀才文五首」(永明十一年、秀才に策する文 五首=明治書院発行「新書漢文大系35 文選<文章篇>」)の4回目です。本日のお題は「教育・文化の振興」。迂生にすれば最も重要な問題だと考えます。

【4】
又問う。朕聞く上智の民を利するは、礼に述(したが)わず、大賢の国をア)くするは、惟れ旧に図ること罔し、と。豈飢えをイ)すには1)テイショクを期せず、溺をウ)うには2)キコウを待つ無きに非ずや。是を以て三王道を異にして共に昌え、五覇風を殊にして並に烈なり。今農戦脩まらず、文儒是れ競い、本を弃(す)て末に徇い、厥の弊滋々多し。昔宋臣礼楽を以て残賊と為し、漢主文章を鄭衛に比す。豈聖をエ)り法を無(なみ)せんと欲するか、将た以て道を既(つ)くして権するか。今士女を耕桑に専らにし、3)キョウリョに習わすに弓騎を以てし、五都復して4)ショウジョを事とし、四民富んで文学に帰せんことを欲す。其の道やオ)奚何。爾5)メンジュウすること無かれ。

1)テイショク=鼎食。多くのかなえを並べて、そのご馳走を食べること。ご馳走。富裕を表す言葉でもある。

2)キコウ=規行。枠に嵌まったおこない。杓子定規。「規」は「ぶんまわし」(=コンパス)とも訓む。規矩準縄(キクジュンジョウ=物事や行為の標準・基準)。むしろ難語。

3)キョウリョ=郷閭。村里、ふるさと。「閭」は「村の門」のことで「むらざと」とも訓む。閭閻(リョエン=むらの出入り口の門と、むらの中にある門)、閭伍(リョゴ=古代のむらの組合、五人組)、閭闔(リョコウ=むらざと、風の別名)。

4)ショウジョ=庠序。中国古代の学校。庠校(ショウコウ)ともいう。「庠」も「序」も「まなびや」。孟子に「夏曰校、殷曰序、周曰庠」とある。邑庠(ユウショウ=県の学校)、郡庠(グンショウ=郡の学校)、庠序之教(ショウジョのおしえ=学校教育)。

5)メンジュウ=面従。うわべは従っている風を装うこと。面従後言・面従腹背がもと。四字熟語問題で問われればまず答えられるでしょうが、唐突に「メンジュウ」と問われ音だけでこの漢字が浮かぶかどうかです。意外に出ないが「メンジュウ」と言えばこれしかない。この際慣れておきましょうね。

ア)彊く=つよ・く。「彊い」は「つよい」。「つよい」はほかに、「驕い、毅い、伉い、侃い、倔い、剛い、勁い、勇い、勍い、梗い、梟い、禦い、豪い、遒い、驃い、驍い」がある。音読みは「キョウ」。「つとめる」とも訓む。自彊(ジキョウ)、彊忍(キョウニン=我慢しにくいことをあえて我慢する)。「疆」(さかい)は別字です。要注意。

イ)療す=いや・す。「療やす」とも。表外訓み。病気や不快な気持ちをなおす。療飢(リョウキ=飢えをいやす)、療妬(リョウト=しっとの病気をなおす)。「いやす」はほかに、「医やす、愈やす、痊やす、瘉やす」がある。

ウ)拯う=すく・う。音読みは「ジョウ」。水中に落ちたり、災難に遭ったりした者をすくいあげること。拯救(ジョウキュウ=すくいあげて助ける、拯恤=ジョウジュツ=)。

エ)非り=そし・り。「非る」は「そしる」。みとめない、正しくないこととして退ける。非謗(ヒボウ)=誹謗、非辜(ヒコ=むじつのつみ、無辜)、非毀(ヒキ)、非笑(ヒショウ=そしりわらう、誹笑)。「そしる」はほかに、「詆る、讒る、刺る、詛る、詬る、誣る、譖る、譛る、貶る、譏る、毀る、誚る、誹る、謗る」がある。

オ)奚何=いかん。事実や状態を尋ねる疑問視。やや特殊か。通常は「奚若」。

(解釈)また、問う。朕は聞いている、最上の智者が人民の利益幸福を図る場合、必ずしも礼に順わないし、また、最高の賢者が国家を強大にする場合、必ずしも従来の旧法に則ることもしないと。言うなれば、飢餓に苦しむ者が空腹をいやすには、鼎を並べて似た美味しい豪華なご馳走を望む必要はないし、水に溺れている者を助けるには、規則正しい歩き方などをやっている場合ではないか。三王や五覇はそれぞれ政治や教化の方法を異にしているが、共に立派な功業を成し得たのはこのことによろう。今、農業も戦争も十分におさまっていないのに、文儒たちは互いに競い合い、本道を棄てて末節に走り、その弊害はいよいよ甚だしくなっている。昔、宋の臣墨翟(ボクテキ)は礼楽を卑しんで道を損なうものとみなし、漢王の宣帝は詩賦をもって鄭や衛の国々の淫声になぞらえた。これは先聖の道を非とし、法を侮るものであろうか、それとも政道を十分に極めていて、意図的にそうしたのであろうか。今、朕は、人民をして農耕や養蚕に励むようにさせて、村里の人々に弓術や騎馬を習わせ、五都を回復して学校の教えを謹み、人民はみな豊かに富み学問第一に帰せしめたいと願っている。その方法とはどのようにすればよいだろうか。真に思っていることを遠慮なく述べよ。

世の中を夷らかに治める一番の特効薬は教育でしょう。学問をする姿勢こそが国を発展に導くのです。高校無償化、子ども手当て、若年層へのばらまき施策は財政難の折には愚策に見えますが、方向は間違っていないと思います。所詮は教師の人件費などに消えて行くお金ですが、先行投資の意味合いが強いのも教育なのです。先々に花が開き、実を結ぶ。その過程が楽しい。鷹揚に構えて子供の成長を眺められる世の中がいいのです。いや、結局は無駄に終わってしまうかもしれない。それは誰にもわからない。しかし、その余裕こそが社会の饒、延いては活力を生む。だから、子供に何を教え、どんな社会人に育てるのか。これが最も重要なんです。大人の責任なんです。

子供らは手を掛けてあげればきちんと答えてくれる。正面から向き合えば、まともに応じてくれる。そんな人間を作りましょうよ。そして、彼らはそれぞれの求める幸せに向かって只管邁進すればいいのです。余計なことを考えずに。。。お為ごかしではない、自分自身の為に。藝術、文化、スポーツ、なんでもいいから好きな道に進むのもあり。科学者、起業、政治家でもなんでもいいや。いろんな奴がいて、いろんな人間がいて、社会の厚みが増す。忘れてならないのは、世代間のバトンの引き継ぎ。自分が生きた社会は先人が築き、後輩が又生きなければならないという明確な意識です。

文中の墨翟とは戦国時代の思想家、墨子のことです。孔子の儒教を「差別の愛」だとして、氾愛兼利を説き、墨家集団を率いた。

漢の宣帝が詩賦を譬えた「鄭衛」の音楽とは、国を亡ぼすような下品でみだらな音楽とされた。いずれも春秋時代の国名で、「鄭衛桑間」「鄭衛之声」「桑間濮上」「濮上之音」「桑濮之音」という成句があります。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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