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政権交代は単なる「創業」に過ぎず=蘇軾「秦の始皇・扶蘇の論」11・完

中国の名文・美文を囓んで玩わうシリーズは、蘇東坡(蘇軾)の「秦の始皇・扶蘇の論」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」)の11回目、最終回です。長々と連載しましたが、実際にはそれほど長いものではありません。一気に読めば分かりやすいのでしょうが、聊か細切れで「冗長感」も否めない絮さが生じたかもしれません。

蘇軾の論を借りて迂生なりの現代日本の政治について見解を最後にまとめてみます。

【11】
夫れ法を以て天下を毒する者は、未だ反って其の身及び其の子孫に中たらざるもの有らず。漢武・始皇は、皆殺に果なる者なり。故に其の子扶蘇の仁の如きは、則ち寧ろ死するも請わず。戻太子の1)カンの如きは、則ち寧ろ反するも訴えず。訴えの必ず察せられざるを知ればなり。戻太子は豈に反を欲する者ならんや。計、2)ブリョウより出ずるなり。故に二君の子たる者は、死と反と有るのみ。

李斯の知は、蓋し以て扶蘇の必ず反せざるを知るに足らん。吾又表して之を出だし、以て後世人主の殺に果なる者を戒む。

1)カン=悍。気が強く荒々しいこと。旁の「旱」(ひでり)は「からからにかわいていること」ですので、心がそうした状態にある、つまりはうるおいがなくむき出しの性分であることを言う。「あらい」「あらあらしい」「つよい」「おぞましい」などとも訓む。訓読み問題で要注意の漢字です。悍驕(カンキョウ=気が荒くわがままである)、悍室(カンシツ=気の荒い妻、悍妻=カンサイ=)、悍馬(カンバ=気が荒く、荒々しい馬、あばれ馬)、悍婦(カンプ=気の荒い女)、悍勇(カンユウ=気が荒く、勇ましい)、悍吏(カンリ=荒々しく心根の悪い役人)、悍戻(カンレイ=荒々しくて道理にはずれている、乱暴である)、潑悍(ハッカン=短気を起こしやすいさま)、精悍(セイカン=顔つきや動作・性質が激しく鋭い)。

2)ブリョウ=無聊。「ムリョウ」とも読む。こだわりがあって楽しまない、なんとなく気が晴れない、味気なさ、たいくつであること。事が割り切れずに不愉快なさま。「聊」は「いささか」とも訓む。聊爾(リョウジ=かりそめに、ふとした思い付きで)、聊頼(リョウライ=たよりにする、寥頼=リョウライ=)、聊浪(リョウロウ=何ということなくぶらつく、気ままにぶらつく)。

(解釈)そもそも法律によって天下に毒を与えた者で、自身やその子孫が逆にその毒にあたらなかった者はいない。漢の武帝と始皇は、どちらも思い切って人を殺した人物であった。だからその子供が、扶蘇のようなおとなしい人の場合は、死を選ぼうとも、再下付のような要求はしなかった。だが戻太子のような気の荒い人の場合は、反逆の道を選ぼうとも、無実を訴えはしなかった。訴えたところで調べてはもらえないことが分かっていたからである。戻太子が反逆を望む人物であったわけがない。不安から起こった計画だったのである。だからこの二人の君主の子供となった者には、死か反逆かの道しかなかったわけである。

李斯の知恵は、扶蘇が絶対に反乱を起こさないことを見抜くに十分であったろう。だから私はまた、このことをはっきり表し、それによって後世の君主の思い切りよく人を殺す人たちに警告するのである。

明治書院の「背景」(P146)によると、「厳しすぎる法律、死刑の乱用が扶蘇を萎縮させ、李斯らの計略をまんまと成功に導いた。それは始皇自らの手で、自らの大業を一炊の夢に導いたことにほかならない」と結んでいます。

秦が天下統一を果たしたのに、始皇帝が死んでわずかの間に滅亡した。扶蘇という有能な天子がいたのにもかかわらずその命脈は短かった。国家は成立した途端に滅亡の芽を孕むのである。「創業は易く守成は難し」―。これは「貞観之治」と称され、天下太平を謳歌した唐代中期、時の太宗が臣下の魏徴に尋ねて得た答えです。「貞観政要」に記されています。恐らく秦の始皇帝・扶蘇の歴史も含意されていたものでしょう。

蘇軾も同じことを言っているのですが、その滅亡の芽は商鞅の「新法」にあったのだと喝破します。「恐怖政治」と言ってもいいでしょうか。それを基に李斯が策略を仕掛けたのです。王安石も同じことを始めた。厳しい法律によって委縮させて言うことを聴かせる。いわば守旧派の抵抗ですね。自民党と民主党の対決です。新しい勢力は古い勢力を駆逐するのです。蘇軾は守旧派の代表となった。どっちがいいのかは分かりませんね。「白」か「黒」かという単純なものではないでしょう。既得権が剝奪される側は抵抗しますよね。儒教でいう宥恕の政治とか何とか理屈を捏ねていますが、要は自分らの立場が危ういということに尽きる。

何も人民に媚びることはないですが、やはり教育がセットだということは繰り返しておきます。為政者が人民を手懐けようと思えば教育こそ疎かにするべきではないのです。

民主党が子ども手当てや高校教育の無償化などの新規施策を打っていますが、間違った方向だとは思わない。現時点では金の「ばらまき」の側面しか見えませんが、子供の成長に社会が手を差し伸べ、そして、その子供が社会の成長に恩返しをする。そうした「好循環」の流れがしっかりと意識できれば、国民は痛みにも耐え抜く覚悟ができると思います。一方的に苛辣な法律を制定するのではなく、それこそ宥恕の政治も実施し、国民一丸となって進む体制を作ってほしいと思います。明日への希望を繋ぐことができる。それが国家としての存在価値でしょう。

「創業は易く守成は難し」は、まさに民主党にこそ当て嵌まるのではないでしょうか。政権交代は単に「創業」でしかないですからね。「守成」はこれからが本番です。あっさり「転覆」しないように手は打たなければならないのですが、鳩山、小沢じゃあ持たないでしょうな。さっさと次にバトンを渡すべきですね。

少し論理の飛躍があることをお許しください。少し疲れ気味です。。。。あくまで漢字学習blogであるので、全くの門外漢である法律論を展開するのは無理がありました。。。失礼しました。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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