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蒙毅のボーンヘッドに非難集中=蘇軾「秦の始皇・扶蘇の論」2

中国の名文・美文を囓んで玩わうシリーズは、蘇東坡(蘇軾)の「秦の始皇・扶蘇の論」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」)の2回目です。秦の始皇帝を取り巻く長男次男の確執、取り巻きの家臣の勢力争いが激しく、始皇帝の死を契機に一気に爆発し、秦朝そのものの没落へと一直線に進んでいく。国家の廃頽はいつどこで起きるかは分かりません。

【2】
蘇子曰わく、始皇、天下の軽重の勢を制し、内外をして相形せしめ、以て1)カンを禁じ乱に備う。密なりと謂う可し。蒙恬は三十万人に将として、威北方に震い、扶蘇其の軍を監す、而も蒙毅2)イアクに侍して謀臣たり。大カン賊有りと雖も、敢えて其の間に3)ヘイゲイせんや。

不幸にして道に病む。山川に祈祠せしむるに、尚お人有るなり。而も蒙毅を遣わす。故に高・斯、其の謀を成すを得たり。始皇の毅を遣わし、毅の始皇病んで、太子未だ立たざるを見、而も4)サユウを去れるは、皆以て智と言う可からず。

然りと雖も、天の人の国を亡ぼすや、其の5)カハイ必ず智の及ばざる所に出ず。聖人の天下を為むる、智をア)んで以て乱を防がず、其の乱を致すの道無きを恃むのみ。始皇乱を致すの道は、趙高を用うるに在り。

1)カン=奸(姦)。よこしま。道理を犯す行為。悪事。「奸賊(姦賊)」は「悪者、悪漢」。姦兇、姦凶ともいう。

2)イアク=帷幄。戦場で幕を張り巡らし作戦計画をたてる場所。「帷」も「幄」も「とばり」。帷帳(イチョウ)、帷幕(イバク)ともいう。

3)ヘイゲイ=睥睨(俾倪)。横目でにらむ。「睥」も「睨」も「にらむ」。

4)サユウ=左右。そばにいて仕える近臣、侍臣。傍づき。主君や皇帝のそばを指す。

5)カハイ=禍敗。思いがけない災難や失敗のこと。禍災、禍殃(カオウ)、禍害(カガイ)、禍患(カカン)ともいう。「禍」は「わざわい」とも訓む。禍泉(カセン=わざわいのもと、つまりは酒のこと)、禍胎(カタイ=わざわいを引き起こすもの)、禍機(カキ=わざわいの起こるきっかけ)、禍咎(カキュウ=わざわいととがめ)、禍簒(カサン=簒奪によって生じるわざわい)。「わざわい」はほかに、「殃い、凶い、厄い、夭い、妖い、孼い、害い、慝い、氛い」などがあります。


ア)恃んで=たの・んで。頼りにすること。「恃む」は「たのむ」。音読みは「ジ」。恃気(ジキ=勇気をたのむ)、恃頼(ジライ=たのみとする、恃憑=ジヒョウ=)、恃力(ジリョク=勢力や権力をあてにする、ちからをたのむ)、矜恃(キョウジ=プライド)。

(解釈)蘇軾はこう考える。始皇帝は天下の形勢のささいなものから重大なものまで一切を統御し、国の内外の連絡を密にさせて、不正を取り締まって反乱に備えた。これは緻密な計画だったと言える。蒙恬は三十万人を率いて北方に威勢を轟かせ、扶蘇はその軍隊を監督し、また蒙毅は天子のそばに仕えて参謀となっていた。極悪人がいたとしても、この隙を狙おうと企てることができたろうか。

だが、始皇帝は不幸にして旅先で病気になった。その際、山川の神に祈らせるにはまだほかにも人がいたはずだ。それなのに始皇帝はあろうことか蒙毅を派遣した。だから趙高と李斯がその陰謀を成功させることができたのだ。始皇帝が蒙毅を派遣したことと、始皇帝が病気になったとき、皇太子もまだ立てられていないのに蒙毅が帝のそばを離れ去ったこととは、どちらも知恵のある者の対応とは言えまい。

とは言え、天が人の国を滅ぼさんとするときは、その災難と失敗たるや必ず人間の知恵の及ばぬところから起こってくるものである。だから聖人が天下を治めるときには、自分の知恵をあてにして世の乱れを防ぐようなことをせずに、世の乱れを招くようなやり方をしないことを頼みとするものである。実に始皇帝が世の乱れを招いた過程を見ると、趙高を登用したところにその要因が胚胎していたのである。

文章規範の「背景」(P136)によると、「冒頭部は全篇の基礎となる事実の要約である。それを受けて天下の形勢を語る。形勢は磐石かに見えた。しかし意外にも早く、それは始皇の旅先での病とともにやってきた」との解説が見えます。実は始皇帝は自らの死を察知して「自分が死んだら蒙恬に軍隊を任せ、都に戻って会葬する」ことを長男の扶蘇に命じる手紙を認めていました。ところが、その手紙を使者に渡さないうちに死んでしまい、趙高はその手紙を隠して、逆に扶蘇と蒙恬の謀反が発覚したと偽って、扶蘇に対して自殺を命じる詔書を偽造したのです。そのため、扶蘇は自殺に追いやられ、蒙恬は偽造を疑って自殺を承服しなかったため、捕らわれて誅殺されてしまいました。

第二パーツで蘇軾は、始皇と蒙毅の不明さを論じていますが、同書によると「趙高を信任している始皇は、もとより不明のそしりは免れないのであって、改めてとりあげられるべき筋のものではない。むしろここは、平生から趙高・李斯の言動を熟知しているはずの蒙毅が、なぜ巡幸の一行にとどまるべく知恵を巡らすことができなかったのか、という一点に非難が集中されるべきであろう」と解説は論じています。

蒙毅のボーンヘッド。しかしながら、歴史にはなぜ?という疑問が付き纏うものです。「たられば」を言ってしまえば限がない。人間のドラマには、後世人の想像力を越えたエピソードや葛藤があるのでしょう。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
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