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人民の「塗炭の苦しみ」で造営された大宮殿=杜牧「阿房宮の賦」7

中国名文を噛みしめて玩わうシリーズは、杜牧の「阿房宮の賦」(明治書院「新書漢文大系9・文章規範」、岩波文庫「杜牧詩選」)の7回目です。杜牧は、豪奢な阿房宮を建築する陰で塗炭の苦しみを嘗めた人民の存在に思いを馳せます。

【10】
棟を負うの柱をして、1)ナンポの農夫より多く、ア)に架するのイ)をして、機上の工女より多く、釘頭の磷磷たるは、庾に在るの2)ゾクリュウより多く、3)ガホウの4)シンシたるは、周身の5)ハクルより多く、直欄横檻は、6)キュウドの城廓より多く、管絃の7)オウアたるは、市人の言語より多からしむ。

1)「ナンポ」=南畝。南向きで日当たりのよい田圃。転じて、田畑。「畝」は「うね」。「詩経」の「豳風(ヒンプウ)七月」の詩に出てくる言葉。農地は一般に日当たりがよく作物の成長の速い南面に作られたからとあります(岩波文庫P82)。

2)「ゾクリュウ」=粟粒。穀物の粒。この場合の「粟」はアワに限定されず、広くもみつきの穀物を指す。

3)「ガホウ」=瓦縫。瓦と瓦との継ぎ目(合わせ目)。瓦の排列状況によって屋根の上に出来上がる線を指しています。縫ったように見えるというのでしょう。

4)「シンシ」=参差。入り乱れて交錯するさま。ばらばらでふぞろいに並んでいるさま。「シン」も「シ」も表外音読み。読み問題では基本ですね。もうそろそろ書けるようにしようねという意図です。参差錯落(シンシサクラク=不揃いなものが入り混じっているさま、参差不斉=シンシフセイ=ともいう)。

5)「ハクル」=帛縷。きぬのいとすじ。「帛」は「きぬ」、「縷」は「いとすじ」。縷述(ルジュツ=いとのようにこまごまことばをつらねる、縷言=ルゲン=、縷説=ルセツ=、縷陳=ルチン=)、縷切(ルセツ=肉などをいとのように細かく切ること)、縷縷(ルル=こまごまと話すさま)、縷縷綿綿(ルルメンメン=話が長くて絮いこと)。

6)「キュウド」=九土。中国大陸全土。九州、九垓(キュウガイ)ともいう。

7)「オウア」=嘔啞。やかましい音・声の形容。子供の話す声、鳥の声、調子外れの音楽などについていう。「嘔」は「はく」「うたう」とも訓む。嘔軋(オウアツ=物がきしる、また、その音)、嘔啞嘲哳(オウアチョウタツ=洗練されていない、調子の狂った聞き苦しい音、白居易の琵琶行に出典がある)、嘔嘔唖唖(オウオウアア=車のきしる音の形容)、嘔吟(オウギン=詩歌などを節をつけてうたったり、よんだりする、謳吟=オウギン=)、嘔血(オウケツ=血を吐く)、嘔泄(オウセツ=胸がつかえてはくことと、下痢をすること、嘔瀉=オウシャ=)、嘔吐(オウト=食べた物を吐きだすこと、えずく、嘔逆=オウギャク=)。「啞」は「おし」(差別語に注意)。啞咽(アエツ=しゃくり泣く)、啞嘔(アオウ=子供のかたことの声)、啞啞(アクアク=笑う声、「アア」と読めば、カラスの鳴き声)、啞子(アシ=発語のできない人、啞者=アシャ=)、啞子夢(アシのゆめ=自分ではよく知っているのにうまく言い表せないことのたとえ)、啞然(アゼン=あきれてものが言えないさま、「アクゼン」と読めば、わあっと笑うさま)、啞咤(アタ=人の声の騒がしいさま)、啞鈴(アレイ=体操用具の一種)。

ア)「梁」=はり。うつばりも正解か。二本の支柱で屋根を支える材。梁木壊(リョウボクやぶる=梁の木が折れる、転じて、賢人の死ぬこと)、梁上君子(リョウジョウのクンシ=泥棒)、梁塵(リョウジン=梁の上の塵、「梁塵を動かす」は歌が上手いこと)。

イ)「椽」=たるき。丸い形をした、屋根を支えるために棟から軒に渡す材木。垂木とも書く。音読みは「テン」。椽桷(テンカク=たるき全般、「桷」は四角いたるき)、椽大之筆(テンダイのふで=たるきのように大きな筆、転じて、堂々とした立派な文章のこと)。椽大之筆を揮いたいものです。常に自戒です。

明治書院によって、解釈を試みます。阿房宮の棟木を支えている柱の数は、田畑にたって働く農夫の数よりも多い。梁にかかっている垂木の数は、機のそばで働く女工の数よりも多い。くぎの頭はきらきらとして、その数は倉の中の穀物の粒よりも多い。瓦のつなぎ目はさまざまな綾を描いて、その数は身にまとう絹糸よりも多い。縦横の欄の数は全国の城廓よりも多い。楽器の鳴り渡る響きは町の人々の話し声よりも大きい。そんな大宮殿をどうして造営しなければならなかったのか?

ここの構文は「使負棟之柱~多於市人之言語)と「使役」(「~をして…しむ」と訳す)となっている。その前段にある莫大な浪費の結果、次のようになるという意味です。「工女」は「女工」のことで女性労働者、機織り工女です。「磷磷」(リンリン)は配当外で「宝玉が光り輝くさま。きらら」。「庾」は配当外で「こめぐら」。「周身」(シュウシン)は「全身、からだじゅう」という意。「直欄横檻」(チョクランオウカン)は面白い表現で縦横無尽に入り組んだ欄干のこと。「欄」も「檻」も「おばしま」。「市人」は「商業専用区域に集まる人々(市は町の中でも最もにぎやかなところ)」。

人民の幸福を蔑ろにし、宮殿だけを飾り立てた始皇帝批判が展開されているのです。しかし、「此の世の春」は長くは続かない。そして、そのツケは自らが破滅という形で払うしかないのです。。。
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2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
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