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「古の文」を復活させた「師の道」=韓愈「師説」4・完

中国名文を噛み締めるシリーズは、韓愈の「師説」(明治書院「新書漢文大系30・唐宋八大家文読本<韓愈>」など)の4回目、最終回です。前回迂生は新聞記者を引き合いに出して「師」をもっと身近に求めるべきであることを述べましたが、勿論、自らが高みに到達するための手段であるに過ぎないことは論を待たないです。「聞く」ということは手段であって目的ではありません。「師」を見つけることは一見すると能動的にも見えますが、所詮は受け身の行為。聞いたネタを記事にするのは並大抵のことではありません。この記事化するということが難しいのです。呟きを書くわけでも作文でもない。読み手がいて初めて成り立ちうる文章である事が最大のポイント。つまり、読んでもらわなければ、読まれなければ何の意味も持たない。「メディア」と言われる所以でもあります。「師」から学んだエッセンス、すなわち読者が知りたいと思うことを文章にするという「能動的な行為」。これができれば記者は一歩だけ高みに行けるのです。記者に限らない。身近な「師」から学んだことは、その次の一歩につながる。そして気づけば「道」ができている…。焦っちゃあいけません。まずは一歩から。身近なところから兀兀と…。

【5】
聖人に常の師無し。孔子は郯子(タンシ)・萇弘(チョウコウ)・師襄(シジョウ)・老耼(ロウタン)を師とす。郯子の徒は、其の賢孔子に及ばず。孔子曰わく、三人行えば則ち必ず我が師有りと。是の故に弟子は必ずしも師に如かずんばあらず。師はかならずしも弟子より賢ならず。道を聞くに先後有り、術業に専攻有りて、是の如きのみ。

ここでは、孔子の例を引き合いにダメを押します。明治書院「新書漢文大系8・古文真宝」(P51)によると、「孔子は音楽を萇弘に、琴を師襄に、礼を老子に、官制を郯子に学んだとされる」との解説があります。さらに、孔子のいう「人間で三人で行けばそのなかには必ず自分の師たり得る人がいるものだ」は、論語「述而」に出てくる謙虚なる持論です。どこにでもいるありふれた存在。弟子が師にかなわないこともないし、必ずしも師の方が弟子よりも賢いとも限らない。道を聞き知るのに先か後か、学術や事業に専門範囲があるだけ。それが師弟関係の基本であるという。

【6】
李氏の子蟠、年十七。古文を好み、六芸経伝皆通じて之を習えり。時にア)わらずして、余に学ぶ。余其の能く古道を行うを1)ヨミし、師の説を作って以て之にイ)る。

1)「ヨミする」=嘉する。よいと認めてほめる。音読みは「カ」。「めでたい、さいわい、よい」とも訓む。嘉筵(カエン=めでたい酒盛り)、嘉禾(カカ=穂のたくさん付いたりっぱな稲)、嘉卉(カキ=美しい草花)、嘉耦(カグウ=仲の良い夫婦、嘉偶)、嘉肴(カコウ=けっこうな料理)、嘉祚(カソ=幸福、嘉祉=カシ=)、嘉饌(カセン=立派なご馳走、嘉膳=カゼン=)、嘉禎(カテイ=めでたいこと)、嘉遯(カトン=人としての正しい道を行うために世を逃れること、嘉遁=カトン=)、嘉猷(カユウ=よいはかりごと、嘉謨=カボ=、嘉謀=カボウ=、嘉算=カサン=)、嘉頼(カライ=気に入って頼りにする)。

ア)「拘わらず」=かかわ・らず。「拘わる」は「かかわる」。こだわること、かかずらうこと、狭い枠に縛られること。表外訓みです。「とらえる」とも訓む。拘攣(コウレン=筋肉の収縮、道徳や官職などの制約から自由に行動できないこと)、拘泥る(こだわ・る)、拘繋(コウケイ=つかまえて、つないでおく、拘絆=コウハン=、拘縛=コウバク=)。

イ)「貽る」=おく・る。人に物を贈ること。「のこす」とも訓む。音読みは「イ」であることに注意。「よろこぶ」の「怡」も「イ」です。貽訓(イクン=祖先が子孫に残した教え、詒訓=イクン=)、貽厥(イケツ=子孫、詒厥=イケツ=、詩経にある歇後語の一種)、貽謀(イボウ=好い計画を子孫に残すこと、その計画、詒謀=イボウ=)、お分かりのように「詒」も同義で「のこす」という意味です。

最後にこの「師説」がなぜ書かれたのか理由が明らかになります。子蟠というのは、のちに科挙に及第し、白居易や元稹(ゲンジン)らと一緒に吏部省の試験にも合格し、官途に就いた韓愈の門弟です。17歳と年若いのに、時流に逆らって韓愈に弟子入りを志願しました。見上げた根性の持ち主だと韓愈はこの文章を書き留めて子蟠に贈りました。古の聖人の書いた文章を勉強し、そして私の教えを警めとして常に座右に置くように。。。

同シリーズの「30・唐宋八大家文読本<韓愈>」(P77~79)によりますと、「この説の内容は、無知、未知の事柄は先人に教えを乞うのがよいというものである。当代の人々もこれを拒否したのではなかろう。問題は、だから自ら師となろうと韓愈が宣言したことにあったと思われる」と指摘しています。「師の道」を宣揚するにとどまらず、自らを師匠呼ばわりしたことに官僚諸侯らが一斉に反発の声を上げたというのでしょう。時代に迎合する文章は書かないというのが韓愈の主張であり信念でした。形式にとらわれない内容を重視した「古の文章」を再興する運動を行いました。そして、韓愈が弟子を取ることでこうした動きは広がりました。

「師説」は韓愈の書いた文章の中でも著名な物であって、明治書院のシリーズで迂生の手元にあるだけで3つに採録されています。厳しい口調ながら、古を尚ぶ姿勢には共感できる部分が多い。古に帰れとは言わないけれど、古をもう一度振り返る必要が今の日本にはあるような気がします。
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不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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