スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

国民のモラトリアムから食らう「竹箆返し」=韓愈「圬者王承福伝」4・完

中国名文を囓んで玩わうシリーズは、韓愈の「圬者王承福伝」(明治書院の「新書漢文大系30・唐宋八大家文読本<韓愈>」)の4回目、最終回です。いきなり結論チックですが、左官職人である王承福さんの職業観や自己規制に満ちた処世観に共感できる部分は多々あれども、その家族観を承服するわけにはいきません。職業と家族という別次元のものを天秤に掛けており、家族よりも職業の方が「主導権」を握っているという考え方は明らかに間違っている。人間が本来持っている可能性を一方的に、あるいは逃避的に排除している点に於いて、社会の構成員としては質的な水準が劣っていると思います。

もしかしたら王さんの言辞から滲み出る虚無的な「モラトリアム」は当時の唐王朝の社会風潮を象徴しているのかもしれません。社会的な貧富の差は極端だった。富める者は富み、貧する者は貧す一方。未来が開けない社会。そんな長らく続いた頽廃的な宮廷文化が廃れ始めて、新たな変革が起ころうとしていた時代背景。当時蔓延していた「手詰まり感」は、王さんのように一人一人は立派だが社会の構成員としては弱い、萎縮する国民を数多く生んでしまったのかもしれません。王さんのような国民ばかりだったら自分たちの代で社会は滅んでしまうのに。。。

デフレ経済、少子高齢化社会、格差社会に直面する現代の日本でも、「過大に物事を望んではいけない」というネガティブな国民が増えている。家族は要らないだとか、子供は欲しくないなどと考える向きが余りにも多い。生活の苦しさ、経済性だけを考えれば確かに家族は重荷だ。食い扶持があって初めて生きていけるという単純な摂理は抗いようもありません。しかし、人間としての損得は金や職業や経済だけでないことを改めて想起する必要があると思う。「楽」とか「苦」とかを二律背反的に余りにも対比しすぎている。楽も苦も生活に付き物であると考えれば、どちらも素直に受け入れられるもので、どちらが優位劣位ではない。苦しさから逃げ、楽しさを求めるのは自然なことではあるが、それは家族を持とうが持つまいが同じことなのです。苦楽と家族の有無とリンクさせること自体はは無意味なのです。いや、寧ろ家族を持つことの方が楽も苦も熟し得ると思うべきだ。そのことを人生の先輩である我々はもっと若者に分かりやすく訴える必要があるでしょう。

韓愈もそうした点に於いて王さんの言辞を全否定も、全肯定もできずに、自分がこれから生きていく上での「戒め」として残すために、この伝記を書き記したのだと言います。今から1200年ほど前の中国で…。日本は平安王朝が始まったばかり…。

【4】
愈始め聞いて之に惑う。又従って之を思うに、1)ケダし賢者ならん。ケダし所謂独り其の身を善くする者ならん。然れども吾はア)有り。其の自ら為にするや多きに過ぎ、其の人の為にするや少なきに過ぐるを謂う。其れ楊朱の道を学ぶ者か。楊の道は、肯て我が一毛を抜いて天下を利せず。而うして夫れ人家有るを以て心を労すと為す。肯て一たび其の心を動かして、以て其の妻子をイ)わず。其れ肯て其の心を労して以て人の為にせんや。然りと雖も其の世の之を得ざるを患えて、之を失うことを患うる者、以て其の生の欲を済し、2)タンジャにして道亡く、以て其の身をウ)す者に賢ること其れ亦遠し。又其の言に以て余をエ)む可き者有り。故に余之が伝を為って自ら鑒みるなり。

1)「ケダし」=蓋し。漢文訓用法で「思うに、たぶん」と訳すとぴたりとはまる。全体を見渡して推量する意。通常は文頭、あるいは述語の前に来る。または「そもそも、一体」と訳せば、議論を起こしたり、結論を導き出す意を表す。ここでは前者。

2)「タンジャ」=貪邪。強欲でけがれている、欲が深くよこしまなさま。「貪」は「むさぼる」とも訓む。音読みでは「タン、ドン、トン」。貪位(タンイ=実力も無いのに地位を焦り求める)、貪汚(タンオ=汚職、欲深く心が汚い、貪悪=タンアク=)、貪枉(タンオウ=欲が深くて心の曲がった人)、貪猾(タンカツ=欲深くてずるい)、貪看(タンカン=むさぼり睹る、くいいるように見る)、貪競(タンキョウ=むさぼり競う)、貪残(タンザン=欲深くてむごい、貪虐=タンギャク=、貪酷=タンコク=)、貪色(タンショク=女色を非常に好む)、貪生(タンセイ=何とかして生き長らえようとする)、貪叨(タントウ=欲が深い)、貪鄙(タンピ=欲深く心が卑しい、貪卑=タンピ=)、貪夫(タンプ=欲深い人、貪夫徇財=タンプジュンザイ=)、貪冒(タンボウ=むりをしてむさぼり求める、貪墨=タンボク=)、貪暴(タンボウ=欲深くあらあらしい)、貪名(タンメイ=名声や評判をむりして求める)、貪慾(タンヨク、ドンヨク=自分の心の欲するものをむさぼり求めること)、貪吏(タンリ=欲深く、わいろをとる役人、貪官=タンカン=)、貪利(タンリ=利益をむさぼる)、貪吝(タンリン、ドンリン=欲深くケチ、貪悋=タンリン=)、貪戻(タンレイ=欲深く道理に負いている)、貪恋(タンレン=ひどく物事にひかれること)、貪狼(タンロウ=欲深なオオカミ、欲深くえげつない人)、貪見(ドンケン=物事に執着しておこす、さまざまな悪い考え)、貪著(トンジャク=度を越して物事に執着する)、貪食(ドンショク=やたらにむさぼり食う)、貪婪(ドンラン、タンラン=非常に欲深い)。

ア)「譏」=そしり。非難、ケチをつけること。「とがめる」とも訓む。音読みは「キ」。譏呵(譏訶)=キカ、きつくそしりしかる、非難して責めること、譏議(キギ=過失や欠点を挙げて非難する)、譏嫌(キゲン=そしりきらうこと)、譏察(キサツ=罪などを細かくとがめて調べる)、譏讒(キザン=告げ口する、そしり)、譏刺(キシ=きつく相手の欠点をつく)、譏揣(キシ=人の長所・短所を非難してもみくしゃにする)、譏誚(キショウ=とがめてけなす)、譏排(キハイ=非難して退ける)、譏評(キヒョウ=事物の欠点などを挙げて批評する)、譏諷(キフウ=遠回しにそしる)、譏謗(キボウ=きつくそしる、悪口をいう、譏誹=キヒ=)。「そしり」「そしる」はほかに「毀、誚、誹、謗、詆、讒、刺、詛、詬、誣、譖、譛、貶、非」もあります。いずれも送り仮名「り」「る」が付くケースも多い。

イ)「畜わず」=やしな・わず。「畜う」は「やしなう」。大切にしてかばう。また、かばってやしなう。表外訓み。この意味の音読みは「キク」。畜養(キクヨウ=かばってやしなう、大事に育てる)。「やしなう」はほかに「牧う、嘔う、豢う、鞠う、頤う、飼う、餔う」がある。

ウ)「喪す」=ほろぼ・す。やや特殊な表外訓み。見放す、見捨てる。喪亡(ソウボウ=ほろびる、喪滅=ソウメツ=)。「ほろぼす」はほかに、「亡ぼす、剪ぼす、剿ぼす、勦ぼす、殱(殲)ぼす、翦ぼす、誅ぼす」がある。

エ)「警む」=いまし・む。「警める」は「いましめる」。はっと身を引き締めさせ、用心させる。表外訓み。警飭(ケイチョク=油断をいましめる)、警抜(ケイバツ=油断が無く賢い)。「いましめる」はほかに、「撕める、箴める、縛める、誡める、鐫める、飭る」。

韓愈は言う。恐らく王さんは「賢者である」と。しかし、全面的に賛成できない部分がある。「彼が自分の為にすることが多いのに比して、彼が人の為にすることが少なすぎる」と断じます。ここで古代中国・春秋戦国時代の有名な利己主義である「自愛説」を唱えた学者、「楊朱」を引き合いに出します。楊朱の道理によると、一本の毛でさえ、自ら抜いて天下の利益になることはしないという。そして、妻子を持つことを心を労する厄介なことだと思う。人の為に何かをするという発想がないのです。己の欲望の赴くままに行動することを是とするのです。

現代の日本社会もそうかもしれません。戦後、経済発展一本鎗で進んできただけに、経済が倒け始めると、その対症法に手詰まりが生じている。若者が家族に魅力を感じなくなっている。仕事に夢を抱かなくなっている。自分が楽しければそれでいい。「どうせ」が口癖。投げ槍。心の荒み。教育が間違っていたとしか言わざるを得ません。アメリカの個人主義や利己主義に癆れ過ぎました。喜びを見出すべきポイントを誤った。ここで滅私奉公とは言わないが、改めて家族のつながりを考える好機が到来したと考えてみてはどうでしょうか。

韓愈は一方で、王さんの言辞には一定の真理があるとして肝に銘じておきたいと言います。栄達を索め、求めては失うまいと、飽くなき欲望を貪り邪な道に入り込んで、剰え身を滅ぼしてしまう奴らよりは王さんの方がよほど優れている。現実からは逃避傾向にある王さんだが、人の道から外れているのではないから、まだ立て直す可能性はあるということでしょう。

明治書院(P52)によると、「『愈始めて聞く……』と始まるこの部分は、正史の列伝に倣っての論賛部である。韓愈は、王承福が「人の為にする」ことが少なすぎる事が気に入らないと言う。それもさることながら、本心は最後の部分にある。名誉と富貴を捨て、左官を生業とし、身の丈で生きる王承福。韓愈は王承福の口を借りて、地位を得た者の在り方を問い質しているのである」とあります。

暴利をしゃぶり尽くし、人民を顧みず自分らの安佚だけに関心を寄せる官僚、諸侯ら。彼らは破滅への「竹篦返し」をモラトリアムに陥った人民から食らうことになります。政治家は国民によって選ばれ、国民によって落とされる。政治家が勝手に没落するのは構わないが、国家が衰退し、消えて行くのは許せるのか。明日を夢観ない国民が今日を生きることはできるのでしょうか?
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

profile

char

Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

calendar
10 | 2017/11 | 12
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 - -
recent entry
recent comment
category
monthly archive
search form
RSS links
links
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。