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家族は職業のリターンの多寡で決めるもの?=韓愈「圬者王承福伝」3

中国名文を囓んで玩わうシリーズは、韓愈の「圬者王承福伝」(明治書院の「新書漢文大系30・唐宋八大家文読本<韓愈>」)の3回目です。それぞれの能力を生かして「器皿」の如く有用な人物となることが国家の一員たること。仕事を疎かにして怠けていると天罰を食らう。だから、自分は自分の能力に見合った左官職人の道を30年以上も続けているという。頭を使う仕事には就いていないが、何ら恥じるところはないし、いや寧ろそれなりにプライドもある。努力もしている。個人、一人の人間の在り方としては間違ってはいないでしょう。しかし、どこかしら世の中に背を向けている。それも所謂、隠者とは一風違った拗ね方だ…。


【3】
ア)、吾鏝をイ)って以て貴富の家に入ること年有り。一たび至る者有り。又往いて之を過ぐれば、則ち1)キョと為る。再び至り三たび至る者有り。而うして往いて之を過ぐれば、則ちキョと為る。之を其の隣に問えば、或いは曰わく、ウ)、2)ケイリクせらるるなりと。或いは曰わく、身既に死して其の子孫有すること能わざるなりと。或いは曰わく、死して之官に帰せるなりと。吾是を以て之を観れば、所謂食らうて其の事を怠りて、天の殃を得る者に非ずや。心を強むるに智を以てして足らず、其の才の称否を択ばずして之を冒す者に非ずや。多く愧ず可きを行い、其の不可を知って、而も強いて之を為す者に非ずや。エ)貴富守り難く、薄功にして之を厚饗する者か。抑々3)ホウスイ時有り、一去一来して、常とす可からざる者か、吾の心憫れむ。是の故に其の力の能す可き者を択んで行うなり。富貴を楽しんで、貧賤を悲しむは、我豈に人に異ならんやと。又曰わく、功の大なる者は、其の自ら奉ずる所以や博し。妻と子とは、皆我に養わるる者なり。吾能薄くして功小なり。之を有せずして可なり。又吾が所謂力を労する者は、若し吾が家を立てて力足らずんば、則ち心又労せん。一身にして二任するは、聖者と雖も能くす可からざるなりと。

1)「キョ」=墟。昔あったものが朽ち果てて、くぼみだけが残った所。「あと」とも訓む。墟曲(キョキョク=村の片隅)、墟月(キョゲツ=丘の上に出ている月)、墟巷(キョコウ=さびれた町、廃墟の街)、墟墓(キョボ=荒れ果ててまつる者もいない墓、無縁塚、墟墳=キョフン=)、墟里(キョリ=荒れ果てた村里、さびれた村落、墟落=キョラク=)、殷墟(インキョ=3000年前に殷の都があったあと、現在の河南省安陽県)、「社稷墟となる」(シャショクキョとなる=国家が滅亡すること)。

2)「ケイリク」=刑戮。刑法によって処罰すること。「戮」は「ころす」とも訓み、「死刑、殺害」といった意味。「あわせる」とも訓むが、これはむしろ「勠」の方がいい。戮笑(リクショウ=ものわらい)、戮辱(リクジョク=ひどくはずかしめる)、戮没(リクボツ=罪にして殺す、戮殺=リクサツ=)、戮力(リクリョク=協力する、勠力=リクリョク=)、殺戮(サツリク)。

3)「ホウスイ」=豊悴。物事がさかんなことと衰えること。盛衰が類義語。「悴」は「やつれる」とも訓む。憔悴(ショウスイ)、悴容(スイヨウ=やつれた顔貌)。「かじかむ」の訓みもあるので要注意。

ア)「嘻」=ああ。感嘆を表す擬声語。配当外です。「わらう」との訓みもあります。「嘻嘻」(キキ=声を出して笑うさま、心に満足するさま)、「嘻笑」(キショウ=ひひと笑う、作り笑い)。

イ)「操って」=と・って。「操る」は「と・る」。手繰り寄せて手の先で持つ。表外訓み。「とる」はほかに「采る、把る、執る、捉る、捫る、搦る、搦る、俘る、搴る、摯る、搏る、撈る、攬る、秉る、簒る、騫る」などがあります。

ウ)「噫」=ああ。胸が詰まって出る嘆息を表すことば。こちらは1級配当です。欸も「ああ」。「おくび」とも訓む。噯が類義語。音読みは「イ」「アイ」。噫噎(アイエツ=胸がつかえてむせぶ)、噫乎(ああ=胸が詰まって出る嘆息や感嘆の声を表すことば、噫嘻=ああ=)、噫気(アイキ=おくび、げっぷ)。

エ)「将」=はた。漢文訓読用法で「しかし、または、それとも、まあ」と訳す。判断を咥えて、少しの間を置き別の判断を追加する意。または「~。将…乎・邪(か)。」と用いて「~か、それとも…か」と訳す。選択の意。ここでは後者。

王さんは左官職人ですから、あちこちの貴人の邸宅にも行って壁塗りの仕事をして回っている。一度訪れたことのある家屋敷に行ってみると無人になっていることがあった。また行くと今度は荒れ果てて廃墟になっていることもしばしば。家の主人はどうなったのか?刑罰で死んだ人もいれば、子孫が財産を食い潰してしまうケースも。何と死んでしまってお上から没収された人もいるという。

ここで彼は以前吐いた“決め台詞”を再び口にします。

「所謂食らうて其の事を怠りて、天の殃を得る者に非ずや」。

飯を食うだけで仕事をさぼった結果、天罰を受けたとはまさにこの人たちのことではないか。

さらにはこうした没落した人々に共通する「本質」を喝破してみせます。

その一。「心を強むるに智を以てして足らず、其の才の称否を択ばずして之を冒す者に非ずや」―。

精神修養しても知力を得られなかったのに、自分の才能にふさわしいかどうかを考えずに無理矢理進んだ人なのではないか。

その二。「多く愧ず可きを行い、其の不可を知って、而も強いて之を為す者に非ずや」―。

恥かしい行為がよくないのこと知っていたのに強引に行っていた人なのではないか。

その三。「貴富守り難く、薄功にして之を厚饗する者か」―。

高貴な身分を維持するのは難しいがために、大した手柄も無いのに法外な報酬を得ていた人なのではないか。

「豊悴時有り、一去一来して、常とす可からざる者か、吾の心憫れむ」―。王さんはしみじみと語ります。貧乏人も金持ちも同じ脆さを持っているのだ。ある時豊かさが訪れても、次の時は無くなるもの。まったく一所不定だ。何人もの没落した貴人を目の当たりにしてきた彼は、この世に生きる人間の存在の儚さを痛感して、彼らを“反面教師”として憫れみます。だから、彼は自分の持ち前で出来ることを択んだ。金は欲しいし、貧乏は悲しい。そんな当たり前の気持ちは自分だって持たないわけにはいかない。だけど、できることは限られている。左官職人は今の自分に最もふさわしい仕事なのだ。

いささか世の中を斜に構えて、自分の存在を他人事のように見ている節もありますが、「身の丈で生きることの大切さ」を肌で感じていて、それを淡々と実践している点において共感できる部分は多々あります。ところが次に彼は、「妻と子とは、皆我に養わるる者なり。吾能薄くして功小なり。之を有せずして可なり」と言うのです。仕事から得られる報酬、リターンはどうしても多寡が発生する。それらは自分だけではない、養うべき家族にも及ぶものだから、少ないリターンしか得られないのであれば「家族を持たなくてもいいのである」。今の自分には左官の職がふさわしい。しかし、得られる報酬は限定的。だから、家族は養えない。家族を持たなくてもいい。こういうロジックの流れなのです。

このネガティブさの悪循環には反発を覚えますね。彼の論理は明らかに「家族を持ちたくない」という一点から出発しています。家族が欲しいかどうかは個人の価値観でもあるから、そこに口出しするつもりはありません。しかし、最初からそのチョイスを封じ込めるために左官という職業を択んでいるとしたなら、「発想が捩れている」と言わざるを得ません。発想が逆でしょうが。家族を持つかどうかは職業で決めるものではない。仕事から得られるリターンの量で決まるものではない。家族を持とうが持つまいがそれはどちらでもいいが、仕事が左官だから家族は持たない、持てないというロジックは承認できません。家族はそんな「やわなもの」ではないでしょう。人間はそれほど「無力」ではないでしょう。

最後に王さんが言うところの「又吾が所謂力を労する者は、若し吾が家を立てて力足らずんば、則ち心又労せん。一身にして二任するは、聖者と雖も能くす可からざるなり」は、どうしても逃げ口上にしか聞こえないのです。「力」がないと「心」を労さなければならないので、無力な自分には「力」と「心」の両方を御すことは迚できないという。この二つの相乗効果を顧みることなく端から諦めているのです。家族を養うことは「能力」なのでしょうか?「能力」がないと思ったら養うことのできないものなのでしょうか?「聖人でもそれはできない」と決めてかかっているが、どうして自分以外の他人も同じだと言い切れるのでしょうか?聊か我田引水的な王さんの言辞の論理性はここにきて破綻しており、韓愈は勿論のこと、迂生も真正面から受け止めるわけにはいかなくなっています。

人の価値観にまで口出しするつもりはありません。彼の人生も蹉跌の連続だったことは理解できます。しかし、人間としての可能性を端から排除している姿勢には文句を言いたくなります。王さんにはもう一度、家族を持つことの意味を考えてほしい。いや、現代の日本人にも問いかけてみたい。自分一人ではない家族とは何だろうか。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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