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私情は守りつつ国家が誇れる人材たれ=李密「陳情の表」4・完

中国の名文を囓んで玩わうシリーズは、李密の「陳情の表」(明治書院「新書漢文大系6古文真宝」)の4回目、とうとう最終回を迎えました。いま私を最も必要としているのは祖母なのです。どうしても陛下の御傍に侍ることはできません。あと残りわずかの彼女の人生ですから、最期まで孝養をつくしたい。その一心があるだけなのです。どうか陛下もうしばらくだけお待ちいただくわけにはいきますまいか。

【4】
1)ウチョウの私情、願わくは養を終えんことを乞う。臣の辛苦は、独り蜀の人士、及び二州の牧伯の明知せらるる所のみに非ず。皇天・后土も実に共にア)みる所なり。願わくは陛下、愚誠をイ)矜愍し、臣の2)ビシを聴かせられんことを。ウ)わくは劉の3)ギョウコウにして、余年をエ)るを保たんことを。臣生きては当に首を隕すべく、死しては当に草を結ぶべし。臣犬馬4)フクの情に勝えず。謹んで表をオ)りて以て聞す。

1)「ウチョウ」=烏鳥。カラスのこと。ここの「烏鳥私情」(ウチョウのシジョウ)は成句、準1級配当の四字熟語でもあり、「子供が親に孝養をつくす情愛」という意味。カラスは成長したのち、親鳥に口移しで餌を食べさせる孝心のあつい鳥とされており、親孝行をしたいという自分の気持ちを謙遜した言い回しです。類義語は「烏鳥之情」「慈烏反哺」「三枝之礼」「反哺之孝」など。「反哺」は「口移し」。

中国の「本草綱目」によると、母鳥が雛をかえすと60日間子鳥に餌を口移しに与え(=哺育)、成長した子鳥は60日間親鳥に食物を咥えて与え(=反哺)、養育の恩返しをするという。梁の武帝は「孝思の賦」で「慈烏哺を反して以て親に報ゆ」と述べた(以上「成語林」の解説)。

2)「ビシ」=微志。自分の気持ちを謙遜して言う言葉。ほんのちょっとした心遣い。「微」は「わずかに」「かすかに」「ひそかに」とも訓む。微瑕(ビカ=少しの欠点)、微躯(ビク=自分を遜る言い方、微躬=ビキュウ=)、微醺(ビクン=ほろ酔い)、微行(ビコウ=貴人の忍び歩き)、微賤(ビセン=身分や地位が低いこと)、微眇(ビビョウ=文章や言葉で表現できない奥深い趣があること、微妙)、微茫(ビボウ=ぼんやり、かすか)、微恙(ビヨウ=軽い病気、微痾=ビア=)、微服(ビフク=貴人が忍び歩く際に用いる変装の服装)。

3)「ギョウコウ」=僥倖。どこまでも利益や幸せを求めること。思いもかけない分不相応な幸い。僥冀(ギョウキ=こいねがう)。

4)「フク」=怖懼。びくびくおそれる。怖慴(フショウ)、怖畏(フイ)ともいう。怖駭(フガイ=おそれおどろく)、怖悸(フキ=おそれて胸騒ぎがする)、怖殺(フサツ=ひやりとさせる、ひどくおどす)。「懼」は「おそれる」とも訓む。危懼(キク=悪いことにならないかとおそれてびくびくする)、驚懼(キョウク=はっとしてびくびくする)、兇懼(キョウク=おそれ、おそれる)、兢懼(キョウク=緊張しておそれ慎む、兢惶=キョウコウ=、兢悚=キョウショウ=)、恐懼(キョウク=おそれおののく、かしこまる)、愧懼(キク=はじおそれる、愧悚=キショウ=、愧慄=キリツ=)、懼然(クゼン=意外なものを見て唖然とする)。

ア)「鑒みる」=かんが・みる。前例に照らして善し悪しを考える、よく見て品定めする。「鑑」の異体字です。

イ)「矜愍」=キョウビン。かわいそうに思ってかばう。「矜」は「あわれむ」という意味ですが、ここは「キン」ではなく「キョウ」。すこし覚えにくですな。矜憐(キンレン)ともいう。こちらは「キン」。もしかしたら「キンビン」と読んだ方が正確なのかもしれませんが、迂生の手元の辞書には「キョウビン」となっている。??

ウ)「庶わくは」=こいねが・わくは。「どうか~したい」と訳す。自らの願望を表す漢文訓読用法。庶幾(ショキ)は「こいねがう、こいねがわくは、ちかし」とも訓む。

エ)「卒る」=おわ・る。表外訓み。しめくくる。卒去(ソッキョ)は、死ぬこと。

オ)「拝り」=たてまつ・り。「拝る」は「たてまつ・る」。宛字っぽい表外訓み。官位をいただくこと、任命されること。拝跪(ハイキ=ひざまずいて礼をする)、拝芝(ハイシ=お目にかかる、拝顔、拝面)、拝塵(ハイジン=身分の高い人にへつらうこと)、拝疏(ハイソ=上奏文をたてまつる)。

最後に来ても「蜀」が見えます。「二州」とは梁州・益州のことで、これも「蜀」を指す。「牧伯」とは「州牧方牧」の略で、「諸侯、または地方長官」をいう。「私はもともと蜀の国民でした。ですから、たとえ今は晋の国民となろうとも、蜀の人民や諸侯はずっと私の苦労、私のすることを見ているのです」。いわば李密の行動は心の中で“監視”されている。雁字搦め。自縄自縛。そうした思いから「軽軽しい行動」には踏み切れないのです。身体は売っても魂までは売らない―。譬えは悪いですが、これが「本音」ではないでしょうか。続けて「皇天・后土」を持ち出している。すなわち乾坤、天地が私の行動の善し悪しをお決めになるのです。これは「天命」なのです。いかに帝の思し召しであろうとも抗うことができず、私の力では如何ともしがたいのです。これが今の私の運命なのです。

ところが、明治書院(P213)によると、「李密は祖母の死後、晋に出仕して尚書郎・温県令・漢中太守を歴任し、『晋書』孝友伝に伝記がある」と記されています。最終的に蜀への忠誠を示したこと、祖母への愛情を前面に出したことはむしろ彼にとってマイナスではなかった。祖母の最期を看取ることができた暁には仕官の道も適ったのです。

恐らく晋の帝も感激したに違いありません。祖母への親愛の情が帝の心をも動かしたのでしょう。「かような孝養の道にも、愛国心にも満ち溢れている男なら信用できるであろう」と。ここに李密の計算はなかったと思います。「損して得取れ」とはよく言いますが、無意識のうちに彼は実践していたのです。今の世にも「三絶文」として残るのですから李密は三重の意味で幸せ者でした。そして、それは祖母の幸せでもあったのです。消えた国家、蜀にとってもそうした国民が輩出したという点において誇れるものと言えるでしょう。「出師の表」を奏した諸葛亮の遺伝子が伝播したというのは穿ち過ぎか?いずれにせよ「国家」というものは世に誇れる人材を育てることに尽きますよね。それが延いては「国力」に帰結するのですから。
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2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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