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祖母の介護と仕官の途を天秤に…=李密「陳情の表」1

中国名文を囓んで玩わうシリーズは、蜀・西晋の李密(字は令伯、224~287)の手による「陳情の表」をお届けします。明治書院発行の初心者向け中国古典シリーズ、「新書漢文大系」の「8 古文真宝」(P213)によりますと、「この作品は人間としての真情を綴ったものとして三絶文の一とされる」とあります。残りの二つは諸葛亮の「出師の表」と韓愈の「十二郎を祭る文」。44歳の李密が96歳の祖母に対する思いを素直に述べる文章です。彼は西晋の泰始3年(267)、武帝に召されて太子洗馬(皇太子に仕える側近で、外出時の先導役に当たった)の官に就くよう命じられたのですが、現代語で言うなら祖母の「介護」を理由に辞退したい旨を切々と訴えます。この文章を読むことは、いわば帝の命をも凌駕する祖母への愛情を玩わうこととなりましょう。4回シリーズでお送りします。

【1】
臣ア)険釁を以て、夙にイ)閔凶に遭う。1)セイガイ六月にして、慈父ウ)かれ、行年四歳にして、エ)は母の志を奪う。祖母の劉、臣の孤弱なるをオ)れみ、カ)躬親ら2)ブヨウす。臣少くして疾病多く、九歳にして行まず、3)レイテイ孤苦にして4)セイリツに至る。既に伯叔無く、終に兄弟鮮し。門は衰えてキ)薄く、晩に児息有り。外には期功強近の親無く、内には応門五尺の僮無し。ク)煢煢としてケ)孑立し、形影相コ)む。而うして劉は夙に疾病にサ)り、常に5)ショウジョクに在り。臣は6)トウヤクに侍り、未だ曾て7)ハイリせず。

1)「セイガイ」=生孩。うまれてまもないこども、乳呑み児。「孩」は「ちのみご」。孩童(ガイドウ=2、3歳の子供、孩児=ガイジ=、孩嬰=ガイエイ=、孩孺=ガイジュ=、孩子=ガイシ=、幼孩=ヨウガイ=)、孩提(ガイテイ=幼児、孩抱=ガイホウ=、提孩=テイガイ=)、孩笑(ガイショウ=100万ドルの笑顔)。

2)「ブヨウ」=撫養。いつくしみ養うこと。撫育(ブイク)、撫字(ブジ)ともいう。「撫」は「なでる」「なぜる」とも訓む。撫恤(ブジュツ=物を恵み哀れむ)、撫掌(ブショウ=我が意を得たり)、撫綏(ブスイ=民の不安を取り除く、撫寧=ブネイ=、撫安=ブアン=)、撫髀(ブヒ=ももを叩いて喜ぶ)、撫輯(ブシュウ=なだめ和らげる、撫和=ブワ=、撫柔=ブジュウ=、撫緝=ブシュウ=)、撫弄(ブロウ=なぐさみにもてあそぶ)。

3)「レイテイ」=零丁。落ちぶれて孤独なさま。伶丁、伶仃(レイテイ)とも書く(仃は配当外です)。「零丁孤苦」は、落ちぶれて助ける者もなく、独りで苦しむこと。漢字検定では3級配当の四字熟語ですが、この李密の文章が出典です。典拠もしっかりとしており、いかにも出題されそう感がありありですね。ぜひとも覚えておきましょう。「おちぶれる」は宛字で「零落れる」。「落魄れる」ともども覚えましょう。

4)「セイリツ」=成立。一人前の人間となる。成人する。言われてみれば納得の意味ですが、書けと言われたら意外に盲点ですね。

5)「ショウジョク」=牀蓐。牀褥もOKです。寝床。「蓐」は「しとね」。蓐月(ジョクゲツ=うみづき)、蓐食(ジョクショク=寝床で采る朝食)、蓐瘡(ジョクソウ=とこずれ)。

6)「トウヤク」=湯薬。煎じ薬のこと。当時は自ら薬を煎じなければなりませんでしたから、看病する人は湯薬の技術も必須でした。

7)「廃離」=ハイリ。看病をやめて離れること。「廃」には「役目や仕事をやめる」という意味があります。

ア)「険釁」=ケンキン。罪深いこと。難しい言葉です。「釁」は「きず、欠点」。釁隙(キンゲキ=仲違い)、釁端(キンタン=仲違いの始まり)、釁咎(キンキュウ=きず、失敗をとがめること)、釁鼓(キンコ=戦勝を祈る儀式)、瑕釁(カキン=きず)。

イ)「閔凶」=ビンキョウ。父母に死なれる不幸。父母の死。「閔」は「いたむ、あわれむ、なやむ、やむ、やまい」とも訓む。閔傷(ビンショウ=あわれみいたむ)、閔惜(ビンセキ=心こまやかにあわれみおしむ)、閔勉(ビンベン=刻苦勉励、黽勉)、閔閔(ビンビン=心を砕くさま)、閔閔然(ビンビンゼン)。

ウ)「背かれ」=そむ・かれ。「背く」は「そむく」。背中を向けて離れ去る意から転じて、現世に背を向けて死去する。

エ)「舅」=しゅうと。キュウでもOK。妻の立場から、夫の父親を指す。この場合は李密の父方の祖父を指す。後家になったので無理矢理嫁に出され、家から追い出されたのです。

オ)「愍れみ」=あわ・れみ。「愍れむ」は「あわれむ」。音読みは「ビン」。「憫」と同義で、熟語もほぼ共通しています。憐愍(レンビン=あわれむこと)、愍察、愍傷、愍笑、愍然、愍黙、愍凶、愍惻はいずれも「憫」と入れ替えが可能です。

カ)「躬親ら」=みずから。宛字訓みですが、「躬」も「親」もそれぞれ一字で「みずから」と訓みます。必須です。

キ)「祚」=さいわい。天が授ける幸福のこと。「さいわいする」と動詞で訓むこともあります。もともとは、「初代の人が切り開いて、後世に伝えた国の福運。祖先から伝わる王朝の君主の位」の意。音読みは「ソ」。熟語では、漢祚(カンソ)、元祚(ガンソ=天子が位をついだ元年)、祚胤(ソイン=長く子孫まで幸福を授かること)。践祚(センソ=皇太子が天子の位に就くこと)。

ク)「煢煢」=ケイケイ。孤独で頼ることころのないさま。一人ぼっち。「煢」は「ひとり」「ひとりもの」とも訓む。煢独(ケイドク=身寄りのない独り者)、煢釐(ケイリ=夫と死別した妻、未亡人、やもめ)。

ケ)「孑立」=ケツリツ。一人ぼっちでいること。孤立したさま。「孑」は「ただ一つ残ったさま、ひとりぼっちのさま」。子供の右腕を切り取ったさまの象形文字。逆に左腕がないのは「孒」(ケツ、キョウ)。二つセットでなぜかしら「孑孒」(ケッキョウ、ぼうふら)。孑遺(ケツイ=わずかののこり)、孑孑(ケツケツ=小さいさま)、孑身(ケッシン=単身、独身)、孑然(ケツゼン=ひとりぼっち)。

コ)「弔む」=あわれ・む。表外訓み。やや難しいので余裕があれば。弔恤(チョウジュツ=人の死をいたみあわれむ、弔愍=チョウビン=)、弔賻(チョウフ=香典)。

サ)「嬰り」=かか・り。「嬰る」は「かかる」。病気などにかかること。「罹る」が一般的ですが、こちらも覚えましょう。音読みは「エイ」。嬰疾(エイシツ、やまいにかかる=病気に取りつかれる)、嬰城(エイジョウ=城壁をめぐらし、中に立て籠る)、嬰鱗(エイリン=君主の機嫌を損ねる)、嬰児(エイジ=みどりご)。

明治書院によると、李密は「生後半年で父と死別、4歳で母と生別した。母方の祖母劉氏の手で育てられた」とあります。なんとも孤独感たっぷりの幼少期を送りました。まさに「御祖母ちゃん子」でした。しかも、生まれつき虚弱体質で外出も儘ならない寂しい少年期でしたが、成人後も家庭的に恵まれた人生とは言えませんでした。親戚も兄弟もすくなく、晩年になり漸く息子もできたが、召使すら雇える身分ではなかった。薄倖の人生と言っていいでしょう。そのうえ、追い討ちを掛けるように、大恩の深い、親愛なる祖母が病に伏せってしまいました。

少し観点を変えて漢字学習の視点で眺めてみると、物凄い語彙の嵐と言えましょう。この文章を極めるだけでも漢検1級合格に近づくのは勿論のこと、漢字の奥深さに引きずり込まれてしまいますね。嵌るわ。そして、音読してみてくださいな。聊か大仰ではありますが、その哀切たるリズムの響きに胸が打たれないわけにはいかないでしょう。
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Author:char
不惑以上知命未満のリーマンbloggerです。
言葉には過敏でありたい。
漢検受検履歴
2006.3  漢字学習スタート
2006.6  2級合格
2006.10 準1級合格
2007.10 1級合格①
2009.2 1級合格②

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